継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、四十六本目の違和感《いわかん》である。

四十六本目は、私自身の、ノートの中に、あった。


第四十六話:ノートの主

休みの日だった。

 

雨ではなかった。

 

取材も、約束も、入っていなかった。

 

私は、書棚の整理を、することにした。

 

一冊目から、四十五冊目まで。

 

年ごとに、束ねて、棚に、並べていく。

 

革の色褪せかたも、表紙の角の丸まりかたも、年代によって、違う。

 

四十五冊。

 

両手で、抱えると、ちょうど、腕の中に、収まる重さだった。

 

棚に、並べ終えて、私は、少し、満足を、覚えた。

 

埃を、布で、拭いた。

 

背表紙に、年号だけを、書いた、紙を、一冊ずつ、貼っていった。

 

ここまで、書き続けてきた。

 

その厚みだった。

 

 

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十八冊目を、棚に戻す前に、何気なく、開いた。

 

第十話の、ページだった。

 

芦川美咲の、取材記録だった。

 

午後の、光が、ページの、上を、ゆっくりと、移っていった。

 

読み進めて、半分ほどのところで、手が、止まった。

 

 

「白いノートの、奥に」

 

 

そこまでが、私の、いつもの字だった。

 

右に、傾く、私の、書き癖の、まま。

 

 

「みさき、という、文字が」

 

 

そこから、字が、変わっていた。

 

インクの、濃さが、違った。

 

文字の、大きさが、違った。

 

傾きも、違った。左に、傾いていた。

 

一文の、途中から。

 

句点を、挟んでもいない、その、ただ中から。

 

ペン先を、置き直した、跡も、なかった。

 

 

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私は、十八冊目を、もう一度、最初から、読んだ。

 

変わり目は、もう一箇所、あった。

 

第十話の、変わり目とは、別の、変わり目だった。

 

私は、四十五冊、すべてを、机に積んだ。

 

電気を、つけ直して、一冊ずつ、開いた。

 

ページの、すべてに、目を、通した。

 

筆跡が、変わる箇所に、鉛筆で、薄く、印を、つけていった。

 

一冊につき、三十分は、かかった。

 

三日、かかった。

 

印は、最終的に、二百箇所を、超えた。

 

数えるたびに、数字が、少しずつ、増えていった。

 

筆跡そのものは——並べて、見比べると、七種類に、分かれた。

 

 

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引き出しに、しまっていた、葉書や、メモを、取り出した。

 

語り部たちから、これまでに、受け取ったものだった。

 

美咲から、取材協力の、礼状。

 

桐生から、現場の、簡単な、見取り図。

 

陸から、解析結果の、メモ。

 

由香から、夜勤明けの、短い、手紙。

 

千尋から、レジの、シフト表の、端に、書かれた、一言。

 

凛からは、進級祝いに、もらった、メモが、あった。

 

一枚ずつ、ノートの、筆跡と、見比べた。

 

筆圧、はねの角度、句読点の、打ち方。

 

六種類が、それぞれ、一致した。

 

美咲の、筆跡。

 

凛の、筆跡。

 

桐生の、筆跡。

 

陸の、筆跡。

 

由香の、筆跡。

 

千尋の、筆跡。

 

残る、一種類だけが、誰のものとも、一致しなかった。

 

 

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印をつけた、変わり目の、ページを、もう一度、見直した。

 

第四十二話の、消毒液の、匂いを、書いた、箇所。

 

その、直前の、行で、筆跡が、変わっていた。

 

第四十四話の、二つの声を、書いた、箇所。

 

その、直前でも、変わっていた。

 

四〇四号室の、鏡の、視線を、書いた、箇所も、同じだった。

 

レコーダーの、再生時間が、止まった、箇所の、直前も、確かめた。

 

そこも、同じだった。

 

すべての、変わり目を、確認した。

 

書く者が、変わる、その、直前には、いつも、五感の、違和感が、記録されていた。

 

匂い。

 

声。

 

鏡の中の、視線。

 

機器の、表示の、停止。

 

それが、すべての、変わり目に、共通していた。

 

偶然とは、思えなかった。

 

 

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私は、ノートを、まとめて、陸の、もとへ、持っていった。

 

陸は、ページを、ひととおり、確認した。

 

長い時間、何も、言わなかった。

 

 

「データとしては、面白いです」

 

「でも——専門家に、見てもらった方が、いいと、思います」

 

「大学に、心当たりが、あります」

 

 

それだけ、言った。

 

 

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三日後、鑑定の、結果が、届いた。

 

七種類の、筆跡の、比較図。

 

A4の紙、十二枚。

 

封を、開けるのに、いつもより、時間が、かかった。

 

写真を、一枚ずつ、机に、並べた。

 

比較図には、傾きの角度が、数字で、添えられていた。

 

右に十二度。左に九度。ほぼ垂直。

 

七つの、数字が、並んでいた。

 

専門家の、所見は、最後の、一枚に、書かれていた。

 

 

「七種類は、いずれも、同一人物による、筆跡の変動と、判断される」

 

「精神状態や、年齢の変化で、筆跡が変わることは、ある」

 

「だが、ここまで、明確に、七つの型に、分かれる例は、珍しい」

 

 

それだけだった。

 

専門家は、七種類が、一人の、人間の、筆跡だと、判定した。

 

語り部たちの、筆跡と、一致していた、六種類も、含めて。

 

私は、十二枚を、何度も、並べ直した。

 

角度の数字を、声に、出して、読み上げてみた。

 

順番を、変えても、結論は、変わらなかった。

 

 

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私は、所見を、何度も、読み直した。

 

読んでいるあいだに、ある考えが、ゆっくりと、形になっていった。

 

私は、記録しているつもりで——

 

七人分の、記録を、している。

 

その考えが、腑に落ちるまで、しばらく、時間が、かかった。

 

落ちたあとも、机の前から、しばらく、動けなかった。

 

十二枚の、比較図を、一枚ずつ、重ねて、揃えた。

 

紙の、角を、揃えるだけの、動作に、いつもより、長く、時間を、使った。

 

 

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四十六本目の蝋燭に、火を、つけた。

 

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

 

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

 

三十八話から、九話、連続だった。

 

棚の、右端には、まだ、何も、立っていない、燭台が、五十四本分、並んでいた。

 

 

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鑑定書を、ノートの、最後に、挟んだ。

 

挟みながら、最も、新しい、変わり目を、確かめた。

 

ページの、端から、数えて、四枚前だった。

 

今日、書いた、はずの、ページだった。

 

そこに、何を、書いたか、覚えていなかった。

 

字を、もう一度、見た。

 

右に、傾いていた。今、私が、この行を、書いている、傾きと、同じだった。

 

同じ、傾きの字が、同じ、傾きの字を、見ている。

 

ページの隅に、いつも、書いている、時刻の、覚え書きが、なかった。

 

いつ、これを、書いたのかさえ、分からなかった。

 

誰が、書いたのかも、分からなかった。

 

 

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残り、五十四本。

 




あなたが今、よく知っている人の筆跡を、思い浮かべてほしい。

家族。友人。毎日のように言葉を交わす、誰か——

その人の字と、あなた自身の字が、「同一人物のものです」と言われたとき、否定できるだろうか。

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【次回予告】

百物語 第四十七話:未解決の真相

25年前の事件現場へ行くと、そこに自分の名前を刻んだ墓があった——桐生修一が、また来た。

墓石の裏には、「享年三十二歳」と彫られていた。

「五年前に、事故死」と。
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