継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
これは私が記録した、四十七本目の違和感《いわかん》である。
語ったのは、桐生修一。元刑事。
電話ではなく、今回は、直接、訪ねてきた。
手帳のほかに、古い写真の束を、抱えていた。
「今回は、現場に、行った」
桐生は、そう言った。
椅子には、座らなかった。
「記録する。それだけだ」
立ったまま、写真を、机に、置いた。
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——以下は、桐生が語ったことの記録である。
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二十五年前の、連続失踪事件。
被害者は、全員、最後に、同じ言葉を、残していた。
「時間が、逆に、進んでいる」
三日前、当時の捜査資料を、読み返した。三十六話で話した、あの記録保管室の補足——「被害者の証言の日付と、観測者の記録が始まった日の日付が一致」という一行が、引っかかっていた。「別件ファイル」は、見つからなかった。調べるなら、現場しかない。
あの日、俺は、ここで、一度だけ、石を、見ている。二十五年前。事件直後の現場検証で、見つけた、古い、墓石だった。「個人の墓だろう。事件とは無関係だ」と、上司に、片付けられた。「桐生修一」と、表に、彫られていた。当時の俺は、それを見て、すぐに、目を、逸らした。
裏は、確認していない。
理由は、覚えていない。
見たくなかった、のかもしれない。
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今日、現場に、足を運んだ。
建物は、もう取り壊され、雑草が、腰の高さまで伸びた、空き地に、なっていた。
二十五年前の写真を、頼りに、石の、位置を、絞った。
雑草を、踏み分けながら、進んだ。
長靴の中まで、汗で、湿っていた。
足元に、硬いものが、あった。
しゃがんで、確かめた。
苔に、覆われた、石だった。
表面に、触れた。
冷たかった。
雑草の根が、絡みついていた。
苔を、手で、こすった。
爪の間に、苔が、入り込んだ。
少しずつ、字の、形が、見えてきた。
「桐生修一」
二十五年前の写真と、見比べた。
字の、位置も、大きさも、同じだった。
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石を、両手で、ひっくり返した。
重かった。
持ち上げる前に、一瞬、躯が、止まった。
理由は、わからない。
二十五年間、誰も、見ていない、面だった。
苔は、表より、薄かった。
陽に、当たっていなかった、分だけ、色が、違った。
指で、こすると、すぐに、文字が、現れた。
「享年三十二歳」
「五年前に事故死」
「安らかに眠れ」
彫りが、深かった。
一文字ずつ、刃の跡が、はっきり、残っていた。
墓石屋の、機械彫りではない。
手で、彫った、跡だった。
苔は、ほとんど、ついていなかった。
二十五年、ここに、あったとは、思えない、彫りだった。
傷口のように、生々しかった。
風が、止んでいた。
虫の声も、止んでいた。
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計算が、合わなかった。
俺は、今、五十二だ。
二十五年前、この事件を、担当したとき、二十七だった。
三十二だったのは、その、五年後。
二十年前だ。
どの数字も、この場所の、どの記憶にも、当てはまらない。
俺の名前が、彫られているのに、俺の人生の、どこにも、対応する場所がなかった。
幼少期の記憶は、今も、少しずつ、薄れ続けている。
だが、年齢の、計算自体は、間違えていない、はずだった。
正直、薄気味悪かった。
写真と、見比べて、何度も、数字を、読み直した。
携帯で、今日の、日付も、確認した。
変わらなかった。
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二十五年前、この場所で、俺は、呟いたことがある。
被害者の証言を、読んだ、直後だった。
「俺は、もう、死んでるのか」
あのときは、半分、軽口だった。
誰かに、聞かせる、つもりも、なかった。
答えは、出なかった。
今日も、出なかった。
ただ——あのときより、近づいた、気がした。
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俺は、手帳を、取り出した。
自分の名前の墓を、前に、して。
書いた。
日付。場所。石の、寸法。彫りの、深さ。苔の、付着量。
それだけを、書いた。
ペン先が、紙に、こすれる音だけが、続いた。
震える手では、なかった。
ただ、いつもより、少し、長く、かかった。
書き終えて、石に、もう一度、触れた。
冷たさは、変わらなかった。
それだけだ。
——桐生の語りはここで終わった。
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桐生は、手帳を、閉じた。
写真の束から、何枚かを、抜き出して、机に、並べた。
二十五年前の、表の写真。
今日、撮った、表と裏の写真。
私は、一枚ずつ、手に取って、見た。
「享年三十二歳」
数えるまでもなく、わかった。
三十二。
私の、今の、推定年齢と、同じ、数字だった。
「五年前に、事故死」
五年前。
それは——私が、最初の違和感を、記録した、年だった。
確認するため、引き出しから、一冊目のノートを、取り出した。
表紙を、めくった。
最初の、ページの、日付を、見た。
写真の、彫り跡の、日付と、見比べた。
同じだった。
一日も、違わなかった。
写真を、机に、戻した。
手が、少し、冷たかった。
私は、何も、言わなかった。
桐生も、それ以上、何も、言わなかった。
窓の外で、誰かの、足音が、通り過ぎた。
部屋の中は、蝋燭の、燃える匂いだけが、残っていた。
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「あんたも、何か、気づいたか」
桐生が、言った。
私は、頷かなかった。
頷けなかった。
「そうか」
桐生は、それだけ、言って、写真を、手帳に、挟んだ。
「俺は、調べ続ける」
立ち上がり、扉に、向かった。
——消えてしまう前に、と、三十六話でも、桐生は、言っていた。
振り返らずに、桐生は、出ていった。
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私は、桐生の話を、記録した。
四十七本目の蝋燭に、火を、つけた。
棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。
三十八話から、十話、連続だった。
棚の、右端には、まだ、何も、立っていない、燭台が、五十三本分、並んでいた。
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帰り道、桐生から、電話が、あった。
深夜、近い、時間だった。
雑音が、混じっていた。
「俺の話を、記録してくれ」
「理由は、わかった」
「俺は——お前のために、記録していたんだ」
それだけ、言って、電話は、切れた。
かけ直しても、繋がらなかった。
その、一言の、意味は、まだ、わからなかった。
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残り、五十三本。
あなたが今、自分の年齢を、静かに、確かめてみてほしい。
何歳か。それは、いつから、そう数えているのか。
数え始めた、最初の日を——覚えているだろうか。
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【次回予告】
百物語 第四十八話:写らない自分【観測者】
第三十五話以来、観測者が自ら語り部となる回。
「写っていない日」と「7つの声が黙る日」の相関が、初めて記録される。
蝋燭の炎は、十一話連続で、右に揺れるか。