継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、四十八本目の違和感《いわかん》である。

今回は、語り部が、いなかった。

記録したのは、私自身のことだ。


第四十八話:写らない自分

朝、コートのボタンを、留めた。

一番上から、順番に。

五つ、あった。

いつもと、変わらなかった。

鍵を、手に、取った。

重さも、温度も、変わらなかった。

靴を、履いた。

玄関の、姿見に、向いた。

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手が、映っていた。

コートの袖口から、出た、手首から先だけが。

ただ、その先——袖も、前身頃も、肩も、顔も——映っていなかった。

鏡の向こうに、玄関の壁が、そのまま、あった。

私が立っているはずの、場所に、私が、いなかった。

目を、細めた。

手の輪郭が、少し、滲んでいた。

まるで、熱気のゆらぎが、手だけを、薄く、包んでいるように。

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指を、一本ずつ、折った。

鏡の中でも、一本ずつ、折れた。

動きは、一致していた。

映っているのは、確かに、私の手だった。

映っていないのは、それ以外の全部だった。

鏡の面に、顔を近づけた。

吐く息が、小さく、曇りになった。

曇りだけが、そこに、残った。

曇りが、消えた後も、何も、映らなかった。

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外に、出た。

空は、曇っていた。

風は、なかった。

自分の足音が、一歩ずつ、ちゃんと、鳴っていた。

アスファルトの色は、変わっていなかった。

私が踏むたびに、音が出た。

歩道の、水たまりに、私が、映っていなかった。

水面には、空と、電線と、向かいのビルの壁が、映っていた。

私の足が、縁ぎりぎりを、通り過ぎた。

水は、揺れなかった。

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コンビニに、寄った。

水と、ノートを、買うためだった。

自動ドアが、開いた。

センサーが、私を、感知した。

入った。

蛍光灯の、白い光が、床に、反射していた。

私の足元にも、反射は、あった。

ただ、そこに、私の影が、落ちていなかった。

上を見ると、蛍光灯が、ちゃんと、灯っていた。

光は、届いている。

影だけが、ない。

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レジカウンターの横に、防犯カメラの、モニターがある。

小さな、灰色の、画面だ。

店内を、鳥瞰気味に、映している。

いつもは、素通りする。

今日は、立ち止まった。

自分が、映っているかどうか、確かめるためだった。

確かめなければ、気のせいで、済んだかもしれない。

それでも、立ち止まった。

画面と、自分の足元を、交互に、見た。

どちらにも、私は、いなかった。

カウンターが、映っていた。

陳列棚が、映っていた。

私が立っているはずの、床の、タイル模様が、映っていた。

私は、映っていなかった。

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画面の中に、もう一人、人間がいた。

レジの内側に、立っていた。

茶色いボブカットの、制服の、女性だった。

その人が、画面を、見ていた。

画面を通して、私が立っている場所を、見ていた。

目が、合った。

——正確には、その人の視線が、画面から、私のいる場所へと、ゆっくりと、移動した。

顔が、青くなった。

実際に、私の顔を、見た。

また、少し、青くなった。

口が、開いた。

「あなた、今——」

声が、止まった。

「画面に、映ってない」

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それが、森下千尋の、声だった。

四十一話と、四十二話で、語ってもらった、語り部だった。

制服の、胸のネームプレートに、名前が、あった。

見覚えが、あった。

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千尋は、画面を、一秒、見た。

私を、三秒、見た。

また、画面を、一秒、見た。

「今日、何か……あった、んですか」

私は、首を、振った。

「映ってない、んですけど……」

声が、囁きに、近くなっていた。

「本当に、映ってない、んですけど」

三回、そう言った。

最後の一回は、私に言っているのか、自分に言っているのか、分からなかった。

千尋は、もう一度、画面を、見た。

それから、カウンターの後ろの壁を、見た。

壁に、カメラが、ついていた。

カメラは、私の方を、向いていた。

「映ってる、はずなんですけど」

千尋が、呟いた。

私に向けた言葉では、なかった。

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私は、水とノートを、カウンターに、置いた。

千尋は、バーコードを、読み取った。

手が、少し、震えていた。

千尋の手が、だ。

「ありがとうございました」

千尋は、そう言った。

声の、温度だけが、変わっていた。

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外に出て、ノートを、開いた。

時刻と、場所を、書いた。

防犯カメラの、画面の、大きさを、書いた。

映っていなかったことを、書いた。

千尋の顔が、青くなったことを、書いた。

「画面に、映ってない」という一言を、引用符付きで、書いた。

千尋は、私が映っていないことを、見た。

気のせい、という言い訳が、今日で、使えなくなった。

第三者が、見た。

それだけが、確かだった。

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帰宅して、過去の記録を、読み返した。

写らなかった日が、何日か、あった。

今日が初めてでは、なかった。

その日の記録を、一枚ずつ、繰った。

四十四話の前後。四十六話の翌日。もっと前にも、あった。

ページを繰るたびに、年月日と、その日に起きたことが、目に、入った。

写らなかった日の記録は、他の日より、文字が、少なかった。

何かを書こうとして、書けなかったのかもしれない。

あるいは、書く手が、なかったのかもしれない。

理由は、わからなかった。

ただ、共通する一行が、あった。

気づいていたかもしれない。

つなげていなかっただけかもしれない。

「七つの声が一斉に黙った」

写らなかった日は、全て、その一行のある日だった。

一日も、ずれていなかった。

声が黙る日に、私は、映らなくなる。

どちらが原因で、どちらが結果なのかは、わからなかった。

わかったのは、パターンがある、ということだけだった。

そして——そのパターンに、今日の私も、含まれていた。

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私は、四十八本目の蝋燭に、火を、つけた。

棚の、左端の、一本目の炎が、右に、揺れた。

三十八話から、十一話、連続だった。

棚の右端に、五十二本分の、空の燭台が、並んでいた。

蝋燭の炎が、揺れるたびに、壁に、影が、伸びた。

誰かの影のように、見えた。

誰の影か、は、わからなかった。

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部屋の中に、私の影が、落ちていた。

影は、映っていた。




あなたが今日、鏡を見たなら——

そこにあなたが映っているのを、あなた以外の誰かが、確認しただろうか。

「気のせい」という言葉が使えるのは、一人でいるうちだけだ。

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【次回予告】
百物語 第四十九話:カウントダウン
削除できない動画のカウントダウンが、10を切った——高坂陸が、また来た。
数値が減るたびに、陸の記憶が一日分ずつ、消えていく。
消えた記憶の場所には、別の誰かの体験が、流れ込んできた。
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