継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
語ったのは、高坂陸。大学生。
「まず、状況を整理させてください」
陸は、いつものようにそう言った。
部屋に入るなり、いつもの癖で、蝋燭の数を数えていた。
「四十八本、ですよね。今日で四十九本目」
そう確認してから、椅子に座った。
ノートPCを開く手つきも、いつも通りだった。
ただ、画面をこちらに向ける前に、一度だけ、深く息を吸った。
「今回は——データとして、扱いきれませんでした」
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——以下は、陸が語ったことの記録である。
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第三十八話の続きです。
あの動画が「場所は」で止まった三日後、新しいファイルが来ました。
ファイル名は「countdown.mp4」。
再生すると、画面いっぱいに、数字だけが表示された。
「10」
それだけでした。俺の顔も、声もない。
ただの数字。
毎晩0時、数字が一つ減る。
最初は、よくあるカウントダウン演出だと思いました。
技術的には、簡単に作れる。
ログを取って、様子を見ることにしました。
タイムスタンプ、ハッシュ値、ファイルサイズの推移。
すべて記録しました。
数字が9になっても、8になっても、構造としては変わらない。
そう思っていました。
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9になった朝のことです。
目が覚めて、いつものように昨日のことを思い出そうとした。
出てこなかった。
正確には、出てくることは出てくる。
昨日、何を食べたか。誰と話したか。授業に出たか。
事実としては、答えられる。
スマホの履歴を見れば、わかることだから。
でも、「自分が、それを、やった」という感じが、ない。
誰かの一日を、後から読んでいるような感覚でした。
試しに、もっと細かいところを思い出そうとした。
午後の講義で、隣に座っていたのは誰だったか。
席順の写真を確認すれば、答えは出ます。
でも、その人の声も、空気の匂いも、出てこない。
「事実」と「体験」が、別の場所に保存されているような感じでした。
ノートにも、書きました。「9日目、体験の記憶が一日分、欠落」と。
書きながら、自分の字が、いつもより硬いことに気づきました。
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論理的に考えると、ありえない話です。
だから、検証しました。
写真のタイムスタンプ。送信履歴。コンビニのレシート。
全部、昨日の俺の行動と一致していた。
矛盾は、ない。
ただ、それを「自分の記憶」として、思い出せない。
事実だけが、データとして、そこにある。
体験の手触りだけが、抜けている。
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カウンターは、まだ9のままでした。
その夜、もう一度、昨日のことを思い出そうとした。
机に向かって、目を閉じて。
何も浮かばない——はずでした。
代わりに、別のものが、流れ込んできました。
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蝋燭が、見えました。
何本も。横一列に並んで、炎だけが揺れている。
暗い部屋でした。俺の部屋じゃない。
まるで水の底から見上げているように、炎の輪郭がゆっくり滲んでいた。
蝋の溶ける匂いがしました。匂いがする視点、というのが、もう変です。
風はないのに、空気の流れだけが、肌でわかる。室温は、低い。
俺は——いや、「俺」という言い方が、正しいのかどうか。
その視点の中に、俺がいました。
椅子に座って、ノートPCを開いている、俺。
肩の角度。画面を見る目の細め方。指の止まり方まで、正確でした。
部屋の隅から、その俺を見ている感覚でした。
蝋燭を眺めながら、机に向かう誰かの目を通して。
その目は、俺の手の動きも、画面の光も、全部、知っていた。
初めて見る景色なのに、何年も見続けてきたような既視感がありました。
机の上のノートの表紙まで、見えました。
ページの端が、毛羽立っている。何度も開いた跡でした。
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その感覚の中で、声が聞こえました。
「これは私が記録した、四十九本目の違和感である」
俺の声では、ない。
聞き覚えのある——あなたの、声でした。
声は、続けませんでした。
ただ、一度だけ、その視点が、こちらを向いた気がしました。
俺を見ている俺を、俺が、見ていた。
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数秒で、消えました。
気づくと、俺は自分の部屋で、PCの画面を見ていた。
countdown.mp4は、まだ「9」のままでした。
手の震えを確認しました。震えてはいなかった。
手元のノートを確認すると、いつの間にか一行、書き足されていた。
「気づくのが、早い」
俺の筆跡でした。
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俺の記憶が、一日分、消える。
その場所に、別の記憶が、入ってくる。
俺のものじゃない記憶。
あなたの記憶かもしれない記憶。
データとしては、説明がつきます。
容量が空いた分だけ、別のデータが書き込まれる。
それだけのことです。
でも——
俺の記憶が全部消えたあと、残るのは何なんでしょうか。
別の誰かの記憶で満たされた、俺の体、なんでしょうか。
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——ここまでが、陸の記録である。
私は、答えなかった。
蝋燭を眺めながら誰かに見られている感覚には、覚えがある。
それが、いつのことだったかは、思い出せない。
陸の「気づくのが早い」という一行が、誰に向けた言葉なのかも、わからなかった。
ノートの表紙の毛羽立ち方を、机の上で確かめた。
同じだった。
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陸は、PCを閉じた。
立ち上がりながら、言った。
「次、9が8になったら、また来ます」
少し、間があった。
「来られたら、ですけど」
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扉が、閉まった。
私は四十九本目の蝋燭に、火をつけた。
炎が、一度、右に揺れた。
十二話連続だった。
countdown.mp4の「9」という数字を、ノートに書き写した。
残りは、九日。
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四日後の夜、陸から短いメッセージが届いた。
「カウンター、5になりました。動画も、更新されてます」
文面は、いつもより短かった。
添付された画像には——
俺の顔ではなく、全員の顔が、映っていた。
観測者。美咲。凛。桐生。由香。千尋。そして、陸。
七つの顔が、横一列に並んでいた。
蝋燭の炎と、同じ並びだった。
全員が、カメラを見て、頷いていた。
この一週間のうち、自分が確かに経験したと言える夜を、静かに、数えてみてほしい。
昨日。おととい。三日前。四日前——
数え終わって、「全部、自分のものだ」と、言い切れるだろうか。
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【次回予告】
百物語 第五十話:3回目の客
同じ客が、三回目に来た。
その顔は——千尋自身だった。
「諦めないで」
レジの画面に、一行だけ表示された。