継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、四十九本目の違和感である。

語ったのは、高坂陸。大学生。


第四十九話:カウントダウン

「まず、状況を整理させてください」

陸は、いつものようにそう言った。

部屋に入るなり、いつもの癖で、蝋燭の数を数えていた。

「四十八本、ですよね。今日で四十九本目」

そう確認してから、椅子に座った。

ノートPCを開く手つきも、いつも通りだった。

ただ、画面をこちらに向ける前に、一度だけ、深く息を吸った。

「今回は——データとして、扱いきれませんでした」

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——以下は、陸が語ったことの記録である。

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第三十八話の続きです。

あの動画が「場所は」で止まった三日後、新しいファイルが来ました。

ファイル名は「countdown.mp4」。

再生すると、画面いっぱいに、数字だけが表示された。

「10」

それだけでした。俺の顔も、声もない。

ただの数字。

毎晩0時、数字が一つ減る。

最初は、よくあるカウントダウン演出だと思いました。

技術的には、簡単に作れる。

ログを取って、様子を見ることにしました。

タイムスタンプ、ハッシュ値、ファイルサイズの推移。

すべて記録しました。

数字が9になっても、8になっても、構造としては変わらない。

そう思っていました。

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9になった朝のことです。

目が覚めて、いつものように昨日のことを思い出そうとした。

出てこなかった。

正確には、出てくることは出てくる。

昨日、何を食べたか。誰と話したか。授業に出たか。

事実としては、答えられる。

スマホの履歴を見れば、わかることだから。

でも、「自分が、それを、やった」という感じが、ない。

誰かの一日を、後から読んでいるような感覚でした。

試しに、もっと細かいところを思い出そうとした。

午後の講義で、隣に座っていたのは誰だったか。

席順の写真を確認すれば、答えは出ます。

でも、その人の声も、空気の匂いも、出てこない。

「事実」と「体験」が、別の場所に保存されているような感じでした。

ノートにも、書きました。「9日目、体験の記憶が一日分、欠落」と。

書きながら、自分の字が、いつもより硬いことに気づきました。

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論理的に考えると、ありえない話です。

だから、検証しました。

写真のタイムスタンプ。送信履歴。コンビニのレシート。

全部、昨日の俺の行動と一致していた。

矛盾は、ない。

ただ、それを「自分の記憶」として、思い出せない。

事実だけが、データとして、そこにある。

体験の手触りだけが、抜けている。

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カウンターは、まだ9のままでした。

その夜、もう一度、昨日のことを思い出そうとした。

机に向かって、目を閉じて。

何も浮かばない——はずでした。

代わりに、別のものが、流れ込んできました。

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蝋燭が、見えました。

何本も。横一列に並んで、炎だけが揺れている。

暗い部屋でした。俺の部屋じゃない。

まるで水の底から見上げているように、炎の輪郭がゆっくり滲んでいた。

蝋の溶ける匂いがしました。匂いがする視点、というのが、もう変です。

風はないのに、空気の流れだけが、肌でわかる。室温は、低い。

俺は——いや、「俺」という言い方が、正しいのかどうか。

その視点の中に、俺がいました。

椅子に座って、ノートPCを開いている、俺。

肩の角度。画面を見る目の細め方。指の止まり方まで、正確でした。

部屋の隅から、その俺を見ている感覚でした。

蝋燭を眺めながら、机に向かう誰かの目を通して。

その目は、俺の手の動きも、画面の光も、全部、知っていた。

初めて見る景色なのに、何年も見続けてきたような既視感がありました。

机の上のノートの表紙まで、見えました。

ページの端が、毛羽立っている。何度も開いた跡でした。

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その感覚の中で、声が聞こえました。

「これは私が記録した、四十九本目の違和感である」

俺の声では、ない。

聞き覚えのある——あなたの、声でした。

声は、続けませんでした。

ただ、一度だけ、その視点が、こちらを向いた気がしました。

俺を見ている俺を、俺が、見ていた。

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数秒で、消えました。

気づくと、俺は自分の部屋で、PCの画面を見ていた。

countdown.mp4は、まだ「9」のままでした。

手の震えを確認しました。震えてはいなかった。

手元のノートを確認すると、いつの間にか一行、書き足されていた。

「気づくのが、早い」

俺の筆跡でした。

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俺の記憶が、一日分、消える。

その場所に、別の記憶が、入ってくる。

俺のものじゃない記憶。

あなたの記憶かもしれない記憶。

データとしては、説明がつきます。

容量が空いた分だけ、別のデータが書き込まれる。

それだけのことです。

でも——

俺の記憶が全部消えたあと、残るのは何なんでしょうか。

別の誰かの記憶で満たされた、俺の体、なんでしょうか。

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——ここまでが、陸の記録である。

私は、答えなかった。

蝋燭を眺めながら誰かに見られている感覚には、覚えがある。

それが、いつのことだったかは、思い出せない。

陸の「気づくのが早い」という一行が、誰に向けた言葉なのかも、わからなかった。

ノートの表紙の毛羽立ち方を、机の上で確かめた。

同じだった。

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陸は、PCを閉じた。

立ち上がりながら、言った。

「次、9が8になったら、また来ます」

少し、間があった。

「来られたら、ですけど」

────────────────

扉が、閉まった。

私は四十九本目の蝋燭に、火をつけた。

炎が、一度、右に揺れた。

十二話連続だった。

countdown.mp4の「9」という数字を、ノートに書き写した。

残りは、九日。

────────────────

四日後の夜、陸から短いメッセージが届いた。

「カウンター、5になりました。動画も、更新されてます」

文面は、いつもより短かった。

添付された画像には——

俺の顔ではなく、全員の顔が、映っていた。

観測者。美咲。凛。桐生。由香。千尋。そして、陸。

七つの顔が、横一列に並んでいた。

蝋燭の炎と、同じ並びだった。

全員が、カメラを見て、頷いていた。





この一週間のうち、自分が確かに経験したと言える夜を、静かに、数えてみてほしい。

昨日。おととい。三日前。四日前——

数え終わって、「全部、自分のものだ」と、言い切れるだろうか。

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【次回予告】
百物語 第五十話:3回目の客

同じ客が、三回目に来た。
その顔は——千尋自身だった。
「諦めないで」
レジの画面に、一行だけ表示された。
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