継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
語ったのは、森下千尋。コンビニ夜勤バイト。
千尋が来たのは、いつもの夜勤明けだった。
制服の上に、上着を、羽織ったままだった。
椅子に座るなり、そう言った。
「また、来ちゃいました」
いつもの、軽い調子だった。
だが、コーヒーを受け取る手が、少しだけ、遅かった。
「聞いてほしい話が、あって」
「四十一話の、続きなんです」
そう言って、千尋は、少し、笑った。
「いや、続きって言うか——似た話、なんですけど」
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——以下は、千尋が語ったことの記録である。
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先月の、話です。
あの、3回来た客のこと、覚えてますか。
あれから、ずっと、考えてたんです。
「もう、終わりにしよう」って、誰に、言ったんだろう、って。
答えは、出ないまま、普通に、シフトを、こなしてました。
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そしたら、また、来たんです。
今度は、別の人でした。
背格好は、正直、あんまり、覚えてません。
制服姿の、私の頭が、そっちに、向いてなかったから。
その頃は、まだ、「またか」くらいにしか、思ってなかったんです。
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1回目は、普通でした。
肉まんを、ひとつ。
「肉まん、ください」
レジを、打ちました。何も、気になりませんでした。
深夜の、いつもの、時間でした。
会計を、終えて、その人は、すぐ、出て行きました。
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2回目は、3日後でした。
同じ人でした。多分。
「あ、また、来た人だ」くらいにしか、思いませんでした。
同じ、肉まん。同じ、言い方。抑揚まで、同じでした。
「肉まん、ください」
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「その時点じゃ、まだ、何とも思ってなかったんです」
「よくあることだから」
「で、3回目が、来たんですよ」
千尋は、そう言って、笑った。
「もうね、これ、笑うしか、ないな、って」
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3回目は、昨日でした。
深夜二時。店には、私一人。
蛍光灯の音が、細く、鳴ってました。
冷蔵ケースのモーターが、いつも通り、低く、回ってました。
外は、しんとしてて、車の音一つ、しませんでした。
自動ドアが、開く音。
顔を、上げました。
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一瞬、意味が、分かりませんでした。
背丈が、同じでした。
茶色いボブの、髪型も、同じでした。
コンビニの、制服も、同じでした。
胸の、名札まで、確認しました。「森下」と、書いてありました。
疲れた、目の色まで、同じでした。
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「あれ、って、思って」
「でも、目が、離せなくて」
自分を、鏡で見るときの、感覚に、似てました。
でも、鏡じゃ、なかった。距離が、あって、動いてて、こっちを、見返してました。
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相手も、こっちを、見てました。
疲れた、目でした。
私が、深夜二時に、レジ越しに、見ている、あの目と、同じでした。
自分の、影を、正面から、見ているような、感覚でした。
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その人は、肉まんの棚に、向かいました。
歩き方まで、同じでした。
肉まんを、ひとつ、取って、レジに、来ました。
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「ありがとうございます、って、言おうとしたんです」
声が、出ませんでした。
喉のところで、止まって、そのまま、消えました。
何度も、息を、吸い直しました。それでも、出ませんでした。
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向こうの、口が、動きました。
音は、しませんでした。
でも、読み取れました。
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「諦めないで」
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それだけでした。
お金を、差し出してきました。
百円玉、二枚。五十円玉、一枚。十円玉、三枚。
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「見た瞬間、鳥肌が、立ちました」
私の、財布の中と、同じだったんです。
枚数も、種類も、並び方まで。
さっき、休憩室で、財布を、開けたときに、見た、そのままの、配列でした。
手のひらの上で、二枚、一枚、三枚と、順番まで、揃ってました。
数え間違いようが、ない、並びでした。
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レジを、打とうとして、手が、止まりました。
顔を、上げると、もう、いませんでした。
自動ドアが、閉まる音だけ、聞こえました。
外に、人影は、ありませんでした。
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レジの、画面を、見ました。
いつもは出ない、表示が、一行だけ、出てました。
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「これが最後の繰り返し」
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「終わるのが、ループなのか」
「私なのか」
「分からなくて」
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千尋は、そこで、言葉を、切った。
しばらく、黙っていた。
それから、少し、笑った。
泣きそうになりながら、笑って、「わかった」と、答えた。
——それは、あの、店で、答えられなかった、返事だった。
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——ここまでが、千尋の記録である。
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私は、何も、言わなかった。
「諦めないで」という言葉が、誰から誰に、向けられたものなのか、確かめる、術は、なかった。
硬貨の並び方まで一致するという偶然を、私は、信じない。
信じないが、否定する材料も、ない。
四十一話の、記録を、読み返した。
「もう、終わりにしよう」と言った、あの、灰色のパーカーの男。
今回の、相手とは、姿が、違う。
だが、言葉の、向かう先は、同じ場所を、指しているような、気が、した。
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千尋は、立ち上がった。
「次、また、来たら」
少し、間が、あった。
「今度は、ちゃんと、聞こえるように、返事します」
そう言って、店に戻る足取りで、部屋を、出て行った。
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扉が、閉まった。
私は、五十本目の蝋燭に、火を、つけた。
炎が、右に、揺れた。
十三話、連続だった。
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蝋燭の、列を、見た。
半分を、越えた。
残る燭台は、あと、五十。
まだ、何も、立っていない、右端の、列は、暗いままだった。
蝋の溶ける匂いが、部屋に、満ちていた。
五十本と、五十本。
同じ数の、光と、闇が、机の上に、並んでいた。
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その、直後だった。
机の上で、スマートフォンが、一斉に、鳴った。
一台ではなかった。
私が、預かっている、七台すべてが、同時だった。
画面の光が、七つ、同時に、部屋を、照らした。
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美咲、凛、桐生、陸、由香、そして千尋。
七人全員から、同時に、同じ、一文が、届いていた。
文字化けも、送信時刻のずれも、なかった。
七つの画面が、七つとも、同じ、明るさで、光っていた。
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「あなたが見ているものと、私たちが見ているものが、同じになってきた」
【次回予告】
百物語 第五十一話:繋がる違和感
1話から50話の「主人公たち」の行動を時系列で並べると、
一人の人物の50日間の記録になった。