継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
今回も、語り部は、いない。
記録したのは、五十本の記録、そのもののことだ。
第五十一話:繋がる違和感
朝、机の上を、見た。
七台の画面は、暗くなっていた。
昨夜の一文は、七台とも、まだ、残っていた。
「あなたが見ているものと、私たちが見ているものが、同じになってきた」
返信は、しなかった。
返す言葉が、なかった。
代わりに、確かめることにした。
私が見ているものが、何なのかを。
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蝋燭は、五十本、灯っていた。
炎は、どれも、動いていなかった。
蝋の溶ける匂いだけが、部屋に、あった。
窓の外は、晴れていた。
普通の、朝だった。
私は、棚から、ノートを、下ろした。
一冊目から、順番に。
五十本の記録を、最初から、読み返した。
読み終える頃には、窓の外が、暗くなっていた。
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年表は、三十三話のとき、一度、作った。
あのとき、私は、途中で、手を、止めた。
浮かんだ問いを、打ち消して、紙を、しまった。
今回は、新しい紙を、床に、広げた。
並べ方も、変えた。
前は、記録した順に、書き写した。
今回は、それぞれの記録の中で、出来事が起きた日を、拾って、日付の順に、並べ直した。
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一本目。時計が逆行した、男の一日。
十本目。白紙のページを持ち帰った、美咲の一日。
十五本目。誰も覚えていない席を見ていた、凛の一日。
どの記録も、主人公の、一日を、記録していた。
その一日の日付を、五十個、拾った。
膝をついて、床の紙に、書いた。
日付を一つ書くたびに、ペン先の音が、静かな部屋に、響いた。
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並べ終えて、気づいた。
日付が、繋がっていた。
一本目の男の一日の、翌日が、二本目の記録の日だった。
二本目の翌日が、三本目だった。
隙間が、なかった。
五十個の日付が、五十日、連続していた。
三度、数え直した。
三度とも、同じだった。
記録した順番と、日付の順番も、同じだった。
私は、日付を選んで、記録を集めたことは、一度も、ない。
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偶然と、書きかけて、手を、止めた。
細部を、照合した。
十四本目の記録は、男が、頭痛とともに、夕方を迎えて、終わっている。
十五本目の凛は、その翌朝、頭の右側に、鈍い痛みが残っていた、と、話していた。
十七歳の少女に、前日の男の頭痛が、続いていた。
四十本目の記録は、由香の、夜勤明けの朝で、終わっている。
四十一本目の千尋は、その日の朝、自分の手から、消毒液の匂いがした、と、話していた。
千尋は、病院に、行っていない。
痛みと、匂いが、日付の境目を、越えていた。
人から、人へ。
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赤ペンで、日付と日付を、繋いだ。
線は、枝分かれ、しなかった。
戻りも、しなかった。
途中で、赤ペンの、インクが、掠れた。
私は、同じ色の、新しいペンで、続きを、引いた。
引き終えた線の、どこでペンを替えたのかは、もう、分からなかった。
五十個の点が、一本の線に、なった。
一本の、道だった。
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私は、ペンを、置いた。
紙から、顔を、離して、立ち上がった。
年表を、上から、見下ろした。
立って見ると、線は、床の端から端まで、届いていた。
私は、線に沿って、歩いた。
紙を踏まないように、日付の横を、一日ずつ、辿った。
五十歩で、線の先端に、着いた。
先端は、昨日の日付で、止まっていた。
私は、その、少し先に、立っていた。
部屋には、五十本の炎と、私だけが、いた。
五十本の記録は、五十の、別々の話の、はずだった。
語ったのは、七人。
主人公は、もっと、多い。
だが、日付の順に、読み直すと、別の読み方が、できた。
一人の人間の、五十日間の、記録。
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そう読んだ場合、その人物は、五十日のあいだ、毎日、別の名前で、目を覚ましたことになる。
ある日は、時計が逆行する、会社員として。
翌日は、別の、誰かとして。
十七歳の女子高生の翌朝に、五十代の元刑事の朝が、続いている。
顔も、年齢も、性別も、職業も、日ごとに、変わる。
変わらないのは、日付の連続と、体に残る、痛みや、匂いだけだった。
そんな五十日間を、生きられる人間は、いない。
いない、はずだった。
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私は、この読み方を、崩す材料を、探した。
一箇所だけ、見つかった。
一本目の男と、十本目の美咲。
二人は、同じ日の朝に、目を、覚ましていた。
男は、自宅の寝室で。
美咲は、取材先の、ホテルの一室で。
部屋の間取りも、窓の向きも、違う。
五十日の中で、その一日だけが、二回、あった。
読み間違いを、疑った。
二つの日付を、指で押さえて、何度も、見比べた。
同じだった。
私は、二冊のノートを、床に、開いて、並べた。
朝の描写を、見比べた。
「薄い曇りで、雨上がりの、土の匂いがした」
一本目にも、十本目にも、その一文が、あった。
一字一句、同じだった。
読点の位置まで、同じだった。
書き取ったのは、私だ。
ただし、別々の日に、別々の人間の、声からだ。
同じ朝を、別の場所で、二人が、迎えていた。
そして、寸分違わぬ、同じ言葉で、語っていた。
気づくと、私は、二冊を、閉じて、離れた場所に、置き直していた。
二冊を、隣り合わせに、して、おけなかった。
理由は、自分でも、分からなかった。
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一人の五十日間、という読みは、この一点で、崩れる。
別々の五十人、という読みは、日付の連続と、痛みの引き継ぎで、崩れる。
どちらの読みも、成立しない。
どちらの読みも、否定できない。
私は、両方を、年表の余白に、書いた。
見えない糸が、五十人を、繋いでいるのか。
誰か一人が、五十日を、五十人分、生きたのか。
糸なら、どこかに、結び目が、あるはずだった。
一人なら——その一人は、今、どこに、いるのか。
書き終えても、どちらかを、消す線は、引けなかった。
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私は、五十一本目の蝋燭に、火を、つけた。
炎が、右に、揺れた。
十四話、連続だった。
五十一本の炎は、高さも、揺れ方も、互いに、よく、似ていた。
床の年表に、蝋燭の光が、届いていた。
赤い線が、光の中を、通って、私の膝の前まで、伸びていた。
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年表の、五十一日目の欄は、まだ、空白だった。
私は、そこに、今日の日付を、書き込もうとした。
日付は、分かっていた。
ペン先が、紙に触れる前で、止まった。
動かそうとした。
動かなかった。
手は、震えて、いなかった。
ただ、その欄にだけ、書けなかった。
空白の欄は、五十一本の光が、いちばん、届く場所に、あった。
【次回予告】
百物語 第五十二話:親友のメモ
親友のメモ「見つけた。真実を。でも、もう遅い」。
七年目に、その意味が、ようやく分かった。
「遅い」のは、失踪を止めることでは、なかった。