継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
五十三本目は、私が、部屋の外へ、持ち出した。
年表を作った夜から、七日が、経っていた。
五十一日目の欄は、空白のままだった。
私は、年表から、五十個の日付を、書き写した。
日付と日付の、間隔を、数えた。
三日。二日。四日。二日。
五十個の日付から、四十九個の、数字が、出た。
意味は、分からなかった。
ただ、拍子が、あった。
声に出して読むと、どこかで聞いた拍子に、なった。
どこで聞いたのかは、思い出せなかった。
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高坂陸に、数字だけを、送った。
四十九個の数列。それ以外は、何も、書かなかった。
何の数字かを知らずに、見てほしかった。
返信は、二時間後に、来た。
「これ、どこで拾った数列ですか。うちに来られますか」
何のデータかは会ってから話す、と、返した。
陸の部屋に行くのは、初めてだった。
大学の近くの、古いアパートだった。
画面が、三つ、並んでいた。
三つとも、数字と、折れ線で、埋まっていた。
机の端に、空き缶が、四本、立っていた。
座布団を、一枚、出してくれた。
画面の光で、部屋は、青かった。
「三日、寝てないんですよ、これ」
陸の声は、弾んでいた。
数字の話をしている間、部屋は、ただの、研究室だった。
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「まず、乱数かどうかを、調べました」
「乱数じゃないです」
「これは、設計された数列です。偶然じゃない。何かの、アルゴリズムです」
画面に、折れ線が、出た。
「それから、周期があります。山が来る間隔が、七の倍数なんです」
「七番目。十四番目。二十八番目。きれいに、七で、割れます」
七、という数字には、聞き覚えが、あった。
口には、出さなかった。
「あと、一箇所だけ、規則から外れる場所が、あります」
「ここです。間隔が、ゼロ。同じ日に、二回、何かが起きてます」
陸が指した点の、日付を、私は、知っていた。
二冊のノートを、隣り合わせに、置けなかった日だ。
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「で、ここからが、本題です」
「この波形、どこかで見た気がして。三日かけて、探しました」
「地震。心拍の揺らぎ。ネットワークの遅延。株価。全部、違いました」
陸は、そこで、画面を、九十度、回した。
「縦にすると、見やすいんですよ」
折れ線が、縦になった。
見えた瞬間に、分かった。
線は、額から、始まっていた。
鼻の高さが、あった。
唇のへこみが、あった。
顎で、線は、終わっていた。
横顔の、輪郭だった。
誰の横顔かは、分からなかった。
気づくと、私は、画面から、上体を、引いていた。
椅子が、床で、短く、鳴った。
陸は、何も、言わなかった。
三秒、置いて、画面を、元に、戻した。
「……続けます」
戻したあとも、陸の目は、しばらく、画面の端に、残っていた。
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「重なったのは、これです」
古い、論文だった。
英語で、書かれていた。
紙を写真に撮って、取り込んだような、画像だった。
一九七〇年代の、医学の論文だという。
「題名は——」
陸は、読みかけて、止まった。
「……訳は、あとで、送ります」
図が、一枚、あった。
折れ線が、二本、重なっていた。
「同じ、一人の患者の、データだそうです」
「一本が、前。もう一本が、後」
「何の前と後かも、書いてあるんですけど」
陸は、そこで、缶に、口をつけた。
空の缶だった。
「……訳が、出てこないです」
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「先生。そろそろ、教えてください。この数列、何のデータですか」
私は、答えた。
「私の記録だ。五十本の記録の、日付の、間隔だ」
陸の手が、一度、止まった。
それから、キーを、二つ、叩いた。
私の数列の折れ線が、論文の図の上に、重なった。
山と、山が、合った。
谷と、谷が、合った。
四十九個の間隔が、一つも、外れなかった。
論文の二本の線は、互いに、ほとんど重なっていた。
そこに、私の線が、乗った。
三本の線が、一本に、見えた。
五十年前の、知らない患者の、頭の中の拍子と。
私の机の上の、五十個の日付が。
同じ形を、していた。
私は、論文の、刊行年を、確かめた。
千九百七十四年。
私が、生まれる前だった。
「これ、怖いですね」
陸は、そう言いながら、拡大を、続けた。
手が、止まっていなかった。
「……すみません。止まらないんです」
倍率が上がっても、線は、重なり続けた。
どこまで拡大しても、ずれは、出なかった。
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陸は、キーから、手を、離した。
「論文の図は、一人の人間の、前と後のデータです」
「前と後で、同じ形だから、同じ一人だと、分かる。指紋みたいな、ものです」
「先生の数列が、この形だってことは、つまり」
「この記録を、した人は——」
陸は、そこで、止まった。
私は、続きを、待った。
待ちながら、続きを待っていない自分にも、気づいていた。
陸は、口を、開けたまま、閉じた。
「……なんでも、ないです」
換気扇の音だけが、部屋に、あった。
陸は、論文のファイルを、閉じた。
閉じてから、もう一度、開いて、また、閉じた。
「訳、やっぱり、送らないかも、しれません」
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帰り際に、一つだけ、聞いた。
「動画の数字は」
「五のままです。三週間、動いてません」
「減ってる間は、次が、読めました。今は、読めません」
陸は、それだけ、言った。
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夜道を、歩いた。
歩きながら、陸が止めた続きが、頭の中で、埋まった。
埋めようと、したのでは、ない。
勝手に、埋まった。
短い、続きだった。
言葉は、喉の、手前まで、来ていた。
口には、出さなかった。
すれ違う人は、いなかったのに、出さなかった。
飲み込んでも、なくならなかった。
家に着くまで、ずっと、喉の同じ場所に、あった。
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部屋に戻って、私は、五十三本目の蝋燭に、火を、つけた。
炎が、右に、揺れた。
十六話、連続だった。
一本目と、十本目は、今夜も、同じ拍子で、揺れていた。
見ているうちに、思い出した。
数列を、声に出して読んだときの、拍子。
どこで聞いたのか思い出せなかった、あの拍子は、これだった。
四十九個の数字は、この部屋の拍子で、並んでいた。
自分の息は、確かめなかった。
ノートに、今日のことを、書いた。
数列のこと。周期のこと。横顔のこと。論文のこと。
陸が止めた続きは、書かなかった。
手は、止まらなかった。
私が、書かなかった。
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残り、四十七本。
あなたの一日も、数字を残している。
歩数。起きた時刻。既読をつけた時刻——
それを、いつか、日付の順に並べて、縦にして、眺めてみてほしい。
そこに、知らない横顔がいないと、言い切れるだろうか。
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【次回予告】
百物語 第五十四話:空席の少女が話しかけてくる
誰も覚えていない、あの空席の少女が——水瀬凛の前で、ついに顔を上げた。
その顔に、凛は、見覚えがあった。毎朝、鏡で見ている顔——より、ずっと、先の。
「あなたは今、正しいところにいる。でも——そこから一歩踏み出したら、戻れない」