継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

54 / 60
これは私が記録した、五十四本目の違和感である。

五十四本目は、水瀬凛が、また、持ち込んだ。


第五十四話:空席の少女が話しかけてくる

カフェだった。

 

いつもの、窓際の席。

 

凛は、先に、座っていた。

 

テーブルの上に、何も、なかった。

 

注文を、していなかった。

 

いつも手にしているスマホも、出ていなかった。

 

店員が来ると、凛は、水だけで、いいです、と、言った。

 

「先生。棚の蝋燭、今、五十三本ですよね」

 

私は、頷いた。

 

「じゃあ、五十四本目、持ってきました」

 

凛は、両手を、膝の上に、置いていた。

 

指が、白くなるほど、組まれていた。

 

私は、ノートを、開いた。

 

 

────────────────

 

 

(凛の語り)

 

 

先生、あの席、覚えてますか。

 

三年B組の、いちばん後ろの、窓際。

 

半年前に、机ごと、消えた席です。

 

みんなが、もともとなかった、って言った、あの場所です。

 

あれから、私、あの床を、見ないように、してました。

 

床の文字も、確かめてません。

 

でも、先週の、木曜日。

 

日直で、遅くまで、残ってたんです。

 

日誌を書く、ペンの音だけが、してました。

 

書き終わって、顔を上げたら、教室には、私しか、いませんでした。

 

西陽が、床まで、届いてました。

 

黒板に、消し残しの、チョークの線が、ありました。

 

グラウンドから、金属バットの音が、聞こえてました。

 

普通の、放課後でした。

 

 

────────────────

 

 

あの場所に、机が、ありました。

 

椅子も、ありました。

 

 

────────────────

 

 

半年ぶりでした。

 

そして、誰かが、座ってました。

 

白髪でした。

 

肩まである、まっすぐな、白髪。

 

長さも、毛先の揃い方も、私と、同じでした。

 

色だけが、白でした。

 

窓の外の、バットの音が、いつの間にか、止んでました。

 

 

────────────────

 

 

逃げよう、と、思いました。

 

思っただけで、足は、動きませんでした。

 

椅子が、鳴りました。

 

一呼吸、あって。

 

その人が、ゆっくり、振り返りました。

 

 

────────────────

 

 

おばあさん、でした。

 

七十年ぶん、くらい、老いてました。

 

でも、目の形が、私でした。

 

鼻の高さが、私でした。

 

耳の形が、私でした。

 

朝、洗面所で見る顔を、そのまま、七十年、置いておいたら、こうなる、っていう顔でした。

 

息を、しているのか、分かりませんでした。

 

肩が、上下して、いませんでした。

 

 

────────────────

 

 

「座って」

 

声も、私でした。

 

低くなった、私の声でした。

 

机を、五つ、挟んでるのに、耳のすぐ横で、聞こえました。

 

私、座りませんでした。

 

立ったまま、聞きました。

 

誰、ですか。

 

その人は、答えませんでした。

 

代わりに、こう、言いました。

 

「あなたは今、正しいところにいる」

 

「でも、そこから、一歩、踏み出したら——戻れない」

 

 

────────────────

 

 

一歩って、どこへ、ですか。

 

聞いた瞬間、その人が、笑いました。

 

笑った顔で、分かったんです。

 

目尻の、皺の寄り方。

 

仏壇の写真の中の、お父さんの、笑い方でした。

 

私の顔なのに、笑うと、お父さんに、なるんです。

 

 

────────────────

 

 

「お父さんに、会いたいでしょ」

 

「あっちに行ったら、会えるよ」

 

優しい、言い方でした。

 

学校の誰よりも、優しい、言い方でした。

 

「ただし——ここには、戻れない」

 

 

────────────────

 

 

気づいたら、私の右足が、半歩、前に、出てました。

 

出した覚えは、ないです。

 

下がるより、先に、出てたんです。

 

 

────────────────

 

 

窓から、西陽が、入ってました。

 

埃が、光の中で、舞ってました。

 

その人の、まわりだけ、埃が、止まってました。

 

舞わずに、空中で、止まってました。

 

私が、動いても、埃は、動きませんでした。

 

私、それを見て、やっと、足を、引けました。

 

下がった私に、その人は、もう、興味がないみたいでした。

 

顔を、教室の、後ろのドアのほうへ、向けました。

 

誰も、いないドアです。

 

そして、言いました。

 

「聞いてる人が、いるね」

 

 

────────────────

 

 

気がついたら、廊下を、走ってました。

 

昇降口で、上履きが、手から、二回、落ちました。

 

電車の中でも、家に着いてからも、ずっと、考えてました。

 

怖かったのは、あの顔じゃ、ないんです。

 

「会えるよ」って、言われたとき。

 

私、一瞬、行き方を、聞きそうに、なったんです。

 

口が、開きかけてたんです。

 

 

────────────────

 

 

家で、お父さんの写真を、見ました。

 

仏壇の、笑ってる写真です。

 

目尻の皺が、あの人と、同じでした。

 

それから、洗面所で、鏡を、見ました。

 

私の目尻に、皺は、まだ、ありません。

 

でも、笑ってみたら、皺の、寄りはじめる場所が、同じでした。

 

その夜も、布団に入ったら、声が、来ました。

 

いつもの、あの声です。

 

私、その夜は、何も、話しませんでした。

 

声は、待ってました。

 

朝まで、待ってる気配が、しました。

 

 

────────────────

 

 

で、昨日、金曜日です。

 

教室に入ったら、あの席、まだ、ありました。

 

机も、椅子も。

 

私にだけ、見えてるんだと、思ってました。

 

違いました。

 

前の席の子が、あの席に、鞄を、置いたんです。

 

置いてから、首を、かしげました。

 

「ここ、誰の席だっけ」

 

まわりの子も、見に来ました。

 

「あの席、いつから、あったっけ」

 

誰も、答えられませんでした。

 

半年前、みんな、言ったんです。

 

もともと、なかったよ、って。

 

今は、誰も、そう、言いません。

 

いつからあったのかを、誰も、思い出せないだけです。

 

 

(凛の語り、終わり)

 

 

────────────────

 

 

凛は、語り終えると、グラスの水を、見た。

 

口は、つけなかった。

 

「先生」

 

凛は、私のノートを、見ていた。

 

「私、まだ、ここに、いますよね」

 

私は、頷いた。

 

凛は、今日も、頷き返さなかった。

 

鞄を、肩に、かけて、店を、出ていった。

 

窓越しに、後ろ姿が、見えた。

 

改札のほうへ、歩いていった。

 

普通の、後ろ姿だった。

 

私は、それが見えなくなるまで、見ていた。

 

 

────────────────

 

 

家に、帰った。

 

凛の話を、ノートに、書き写した。

 

「聞いてる人が、いるね」

 

その一行で、ペンが、一度、止まった。

 

老いた凛が、顔を向けたのは、誰もいない、教室のドアだった。

 

だが、この話を、いま、聞いた者なら、ここに、いる。

 

私は、その先を、書かなかった。

 

 

────────────────

 

 

五十四本目の蝋燭に、火を、灯した。

 

炎が、右に、揺れた。

 

十七話、連続だった。

 

火をつけたまま、十五本目の蝋燭を、見た。

 

凛が、最初の話を、持ってきた夜の、蝋燭だ。

 

炎が、他の蝋燭より、わずかに、低かった。

 

芯の長さは、同じだった。

 

蝋の減り方も、同じだった。

 

炎だけが、低かった。

 

昨日までは、気づかなかった。

 

いつから低いのかは、分からなかった。

 

 

────────────────

 

 

残り、四十六本。




あなたの近くにも、いつも空いている場所が、ひとつ、ないだろうか。

教室の隅。職場の椅子。電車の、いつもの席——

「もともと空いている」と、いつから、思っていたのか。

思い出せるだろうか。

評価・ブックマーク・コメントで感想をお聞かせください。

────────────────

【次回予告】
百物語 第五十五話:観測者の起源

自分が、なぜ、記録を始めたのか——観測者は、思い出せないことに気づく。
最初のノートの一頁目、「これは私が記録した、一本目の違和感である」の、その前の頁が、切り取られていた。
切り口は、外からではなく、内側から。残った紙の端に、文字の一部が、残っていた——「……だから、忘れろ」。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。