継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
五十七本目は、記録を、止めたことから、始まった。
深夜、ノートを、閉じようとして、手が、止まった。
五十六本の違和感を、書いてきた。
書くたびに、何かが、起きた。
美咲が消え、凛が老い、桐生が墓を見つけ、陸が数式を解き、由香が夫と再会した。
順番は、いつも、同じだった。
まず、私が、書く。
それから、何かが、起きる。
逆では、なかったか。
一度も、疑ったことが、なかった。
五十三話で、陸が言いかけて、止めた言葉があった。
五十五話で、切れ端に残っていた文字があった。
「だから、忘れろ」
忘れろと言われても、書くことは、やめなかった。
だが、書くことそのものを、疑ったことは、一度も、なかった。
書いたから、起きたのか。
起きたから、書いたのか。
答えは、出なかった。
出ないなら、確かめる、しかなかった。
ペンを、置いた。
ノートを、閉じた。
いつもは、そのまま、蝋燭に、火を、灯す。
五十七本目の蝋燭を、見た。
芯を、指で、押さえた。
火を、点けなかった。
机の上に、五十六本分の、燃え跡が、並んでいた。
その隣に、火の点いていない、五十七本目が、立っていた。
「少し、休んでみよう」
誰にともなく、そう、口に、出した。
時計を、見た。
午前二時、十七分だった。
────────────────
最初の一時間は、何も、変わらなかった。
部屋の、時計の音。
外を、通り過ぎる、車の音。
自分の、呼吸の音。
いつも通りに、聞こえていた。
二時間目に、入ったころ、気づいた。
時計の音が、少し、遠い。
音量が、下がったわけでは、なかった。
輪郭が、薄く、なっていた。
窓を、開けてみた。
外の音も、同じだった。
風の音、誰かの、話し声、犬の、鳴き声。
聞こえては、いた。
ただ、どれも、一枚、膜を、隔てたようだった。
朝が、来た。
いつも通り、顔を、洗い、コーヒーを、淹れた。
味は、していた。
濃さも、いつも通りだった。
カップの、熱さだけが、指に、伝わってこなかった。
飲んでいる、という感覚が、薄かった。
自分の、呼吸に、耳を、澄ませた。
吸う音、吐く音。
いつもより、平らだった。
感情の、動きを、試した。
腹の底に、力を、入れてみた。
それらしい、感触は、来なかった。
ただ、平らだった。
昼過ぎ、窓の外を、人が、通った。
いつもなら、何か、思うことがある。
今日は、何も、思わなかった。
これまで、記録しなかった日は、一日も、なかった。
平らな感覚が、初めてなのか、いつもあって、気づかなかっただけなのか。
それも、分からなかった。
夕方、蝋燭の並びを、また、見た。
五十七本目だけが、火を、持たなかった。
その一本だけ、部屋の中で、少し、浮いて見えた。
────────────────
二十四時間が、経った。
午前二時、十七分。
部屋は、静かだった。
自分の、脈の音だけが、はっきり、聞こえた。
スマートフォンが、震えた。
一件。
すぐに、また、震えた。
続けて、四件。
画面に、六つの、名前が、並んでいた。
美咲、凛、桐生、陸、由香、千尋。
六人、全員から、届いていた。
暗い部屋の中で、画面の光だけが、白かった。
一件ずつ、開くつもりだった。
指が、動く前に、通知の一覧で、文面が、見えてしまった。
文面が、同じだった。
一字一句、同じだった。
「あなたが、止まると、私たちも、止まる」
「どうか、続けて」
一つずつ、開いて、確かめた。
美咲の画面にも、同じ文字。
凛の画面にも、同じ文字。
桐生も、陸も、由香も、千尋も、同じだった。
句読点の、位置まで、同じだった。
改行の、位置まで、同じだった。
送信時刻を、確認した。
六件とも、同じ、時刻だった。
秒数まで、揃っていた。
手が、震えた。
寒くは、なかった。
一人ずつ、電話を、かけようとした。
指が、画面の上で、止まった。
かければ、答えが、来る。
答えが、来たら、もう、確かめられなくなる。
止めたのが、正しかったのか、間違っていたのか。
分からないまま、確かめたく、なかった。
電話は、かけなかった。
────────────────
ノートを、開いた。
蝋燭に、火を、灯した。
五十七本目の炎が、右に、揺れた。
二十話、連続だった。
書いた。
止めたこと。
平らになった、二十四時間のこと。
六人から、同じ文面が、同じ時刻に、届いたこと。
「私が、記録しなければ、彼らは、存在しないのか」
書きながら、その問いだけは、書かずに、おいた。
五十一本目は、書けなかった。
五十二本目は、閉じようと思う前に、閉じていた。
五十三本目は、書かない、と、自分で、選んだ。
今日のは、違った。
起きたことは、全部、書いた。
ただ、その先に続く、一つの問いだけを、選んで、書かなかった。
書けば、答えを、探し始めてしまう。
答えを、探せば、また、記録を、止めたくなる。
止めれば、また、同じことが、起きる。
堂々巡りだと、分かっていた。
分かっていて、それでも、次の夜も、同じ問いを、抱えたまま、蝋燭に、火を、灯すのだろうと、思った。
────────────────
書き終えて、ページを、めくった。
止めていた、二十四時間の欄が、あった。
空白の、はずだった。
自分が、何も、書いていない、はずの欄だった。
そこに、文字が、あった。
見覚えの、ある字だった。
自分の、字だった。
驚いた。
ペンを、握る手を、確かめた。
同じ手が、書いたはずの、文字だった。
読んだ。
内容は、今日、起きたことと、ほとんど、同じだった。
平らな感覚のこと。
六人から届いた、同じ文面のこと。
だが、細部が、違った。
自分が、気づかなかった、時計の音の変化まで、書かれていた。
そして、時刻が、違った。
自分が、スマートフォンを、確認するより、前の、時刻が、書き込まれていた。
インクの、乾き方は、他のページと、変わらなかった。
古い記述には、見えなかった。
紙の、繊維の、荒れ方も、今日、書いた、ほかのページと、同じだった。
つまり、この記述は、古いものではなく、今日、この二十四時間の、どこかで、書かれたものだった。
自分が、記録していない時間に、誰かが、記録を、続けていた。
ノートを、閉じた。
閉じても、その一文が、目の裏に、残っていた。
蝋燭の、炎を、見た。
五十七本目の炎の、隣に、影が、一つ、多かった。
────────────────
残り、四十三本。
何かをやめてみたことが、あるだろうか。
日課でも、習慣でも、ただの当たり前でも。
やめた瞬間、何かが、変わった気配を、感じたことは。
それとも——ただ、自分の方が、何も、感じなくなっていただけ、かもしれない。
評価・ブックマーク・コメントで感想をお聞かせください。
────────────────
【次回予告】
百物語 第五十八話:カウントダウンゼロ
九ヶ月近く「5」のままだったカウントダウン動画が、一晩で「0」になった。
高坂陸は、死ななかった。
代わりに一時間、記憶が消え、気づくと知らない部屋の真ん中に、立っていた。
行ったことのない部屋のはずなのに——棚の配置も、蝋燭の本数も、全部、知っていた。