継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
語ったのは、高坂陸。大学生。
「まず、状況を整理させてください」
いつもの前置きで、陸は椅子に座った。
いつもは開くノートPCを、今日は膝の上に置いたまま、両手で押さえていた。
「countdown.mp4、覚えてますか。五で止まっていたやつです」
覚えていた。四十九本目の夜から、ずっと五のままだった。
「昨日の夜、動きました。五、四、三、二、一——一晩で、一気に」
スマートフォンを、差し出した。
画面には、数字が一つだけ。
「0」
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——以下は、陸が語ったことの記録である。
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正直に言うと、あまり驚きませんでした。
数字が動いたのは深夜二時過ぎで、通知が来たときは、もう慣れていました。
九ヶ月近く、五のままだったんです。データとしては「停止」に分類していました。
だから、動いたこと自体が、むしろ興味深かった。
数字が減っていく間隔も、記録しました。五から四まで、四十二分。四から三まで、十九分。三から二、二から一、一から零。間隔が、だんだん短くなっていた。
加速している。そのこと自体は、面白いデータだと思いました。
「まあ、死ぬとは思えないんですよね」
ログを取りながら、そう考えていました。
死を予告する動画があるなら、もっと直接的な作り方をするはずです。
顔も声もない、ただの数字。技術的に見て、脅す気があるとは思えない。
そう結論づけて、寝ようとしました。
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0になった瞬間のことは、あまり、覚えていません。
頭の中で、プツン、と何かが鳴った。それだけは分かります。
音というより、感触に近い。耳の奥ではなく、もっと内側でした。
次に気づいたとき、足元の床が、違いました。
さっきまでいたはずの、自分の部屋の床ではない。
木目が細かい。冷たい。素足の裏で、それが分かりました。
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知らない部屋でした。窓の位置も、天井の高さも、見覚えがない。
空気が、湿っていました。蝋の焦げる匂いが、鼻の奥に、じかに触れるくらい濃い。
なのに、棚の並びが分かる。
机の上に、蝋燭が並んでいる。何本あるかも、数えなくても分かりました。
五十七本。芯が黒く焦げているものと、そうでないものの境目まで。
隅に、革のノートがある。表紙の色、角の擦れ方。何年も、見てきたもののように。
行ったことがない場所です。断言できます。ログにも、記録にも、残っていない。
なのに、体の方が、先に知っていました。この部屋の温度も、床の硬さも、初めてという感じが、しませんでした。
「ここは……」
続きを言おうとして、声が、出ませんでした。
代わりに、喉の奥から、意味のない音が漏れました。
膝が、勝手に折れました。壁に手をついて、なんとか立った。
手のひらが、じっとりと、濡れていました。
口の中に、金属のような味がありました。
「……待って。待ってください。待って——」
いつもの自分の言い方じゃなかった。誰かに向けたわけでもない。
ただ、口が、勝手に、それを繰り返していました。
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気づいたら、自分の部屋にいました。
時計を見ました。一時間、経っていました。
その一時間の記憶が、どこにもありません。
事実だけは、確認できました。スマホの歩数計。位置情報のログ。心拍のデータ。
歩数計は、七千歩を超えていました。座って動画を見ていただけの人間の数字ではない。
位置情報のログは、途中で三十分近く、記録が飛んでいました。空白の後、部屋とは別の座標に、飛んでいた。
心拍数が、その一時間だけ、異様に高い数値で記録されていました。
でも、何をしていたかという記憶は、一切、ない。
床の木目も、五十七本の蝋燭も、革のノートも——覚えているのに、そこにいた記憶がない。
見た、というより、知っていた。最初から知っていたものを、確認しに行っただけのような感覚でした。
こういうとき、いつもなら、仮説を三つは立てます。今回は、一つも立てられませんでした。
夢だと言われた方が、まだ楽です。でも、歩数計の数字が、それを許してくれません。
俺は、なぜ、あの部屋を知っているんでしょうか。
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——ここまでが、陸の記録である。
私は、答えなかった。
木目の細かい床にも、辞書のような厚い本にも、心当たりはある。
五十七本という数字も、芯の焦げ方も、聞いた瞬間に、頭の中で正確に像を結んだ。
だが、それを陸に伝える理由が、見つからなかった。
ペンを、握った。いつもより、指に、力が要った。
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陸は、スマートフォンをしまいながら、立ち上がった。
「今日は、これで」
いつもより、声が小さかった。
扉の前で、一度、振り返った。
「……水瀬さんに、今度、聞いてみようと思います。怖いって、何なのか」
答えを待たずに、扉が閉まった。
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私は五十八本目の蝋燭に、火を灯した。
炎が、一度、右に揺れた。
二十一話、連続だった。
蝋が、いつもと違う崩れ方をしていた。芯の周りからではなく、外側の縁から、先に溶けていた。
countdown.mp4の「0」を、ノートに書き写した。
残りは、四十二本。
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その夜遅く、陸から、もう一件、メッセージが届いた。
「部屋を出て、周りを確認しました。俺のアパートじゃありません。大学の近くでした」
「ここ、あなたのアパートから六キロ、離れてます」
「歩いてきた記憶が、ないんです」
行ったことのない場所なのに、なぜか、知っている——そんな感覚に、覚えは、ないだろうか。
記憶には、ない場所。
なのに、体だけは、迷わず、歩けてしまう。
それを、初めて訪れた、と言い切れるだろうか。
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【次回予告】
百物語 第五十九話:消えた人々
五十八本の記録の中で、名前だけが残っていた人々を、数えてみることにした。
三十一人のうち、二十九人が、もう、連絡が、つかない。
最後に交わしたのは、電話か、文字だけだった。
顔を見て、話した記憶が——一つも、なかった。