継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
今回も、語り部は、いない。
記録したのは、消えていった、人々のことだ。
五十八本の記録の中に、語り部ではない人々が、何人も、いた。
一本目の、逆行する時計を見た男に、公園で、種明かしを、した老人。
二本目の、誰もいない部屋の、足音を聞いた、少女。
十九本目の、深夜の、常連客を、覚えていた、店主。
四十三本目で、美咲が、取材した、消えた同僚たち。
古いノートを整理していて、その名前の一つに、指が、止まった。
一人ずつの顔を、思い出そうとした。
はっきり浮かぶ、顔もあった。
輪郭しか、残っていない、顔もあった。
礼を、まだ、伝えていなかった。
そのことに、今更、気づいた。
そう、思っただけだった。
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一本目の、老人から、始めた。
名刺は、なかった。
住んでいた、公園の名前だけを、頼りに、探した。
平日の午前、公園には、犬を連れた人が、何人か、いるだけだった。
管理事務所の窓口に、聞いた。
「その名前の、常連さんは、いませんね。ベンチも、去年、撤去しています」
写真は、なかった。記憶を頼りに、似顔絵を、描いて、見せた。
「見覚えが、ないです」
近くの、喫煙所にいた、別の常連にも、聞いた。
首を、横に振られた。
別の手がかりを、探した。
見つからなかった。
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二本目の、少女に、移った。
住所は、記録に、あった。
区役所に、電話で、問い合わせた。
個人情報を理由に、断られた。
正当な理由があれば、住民票の除票は、閲覧できると、言われた。
理由を、聞かれた。
答えられなかった。
代わりに、地図アプリで、その番地を、確かめた。
表示されたのは、更地に、建つ、新しい駐車場だった。
十九本目の、店主。
店は、あった。看板も、看板の文字の、色褪せ方まで、記憶と、同じだった。
だが、店主は、代替わりしていた。
「先代は、五年前に、引退しました。連絡先は……分かりません。年賀状も、去年、返ってきましたし」
一人、確かめる、たびに。
また、一人。
同じことが、続いた。
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部屋に戻り、紙を、出した。
名前を、左に、並べた。
右の欄に、確認できたことを、書く欄を、作った。
書くことが、なかった。
一件確かめるたびに、空欄が、一つ、増えていった。
十人。二十人。
五十八本の記録に、語り部以外で、名前が、一度でも出た人物を、数えた。
三十一人、いた。
うち、二十九人が、住所も、連絡先も、たどれなかった。
リストを作るのに、三日、かかった。
親族に行き着いた数件も、答えは、同じだった。「もう、何年も、連絡を取っていません」
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残る、二人だけは、確かめが、取れた。
一人は、電話で、話せた。
もう一人は、メッセージが、返ってきた。
会って、確認したいと、伝えた。
書きながら、指が、止まった。
三十一人のうち、二十九人は、会う前から、消えていた。
この二人は、まだ、消えていない。
会いに行けば、確かめられる。
会いに行けば——確かめた瞬間、この二人も、同じ、三十一人目に、なるかもしれない。
行かなければ、何も、分からないままだった。
行けば、分かると同時に、失うかもしれなかった。
結局、二人とも、理由も告げずに、断った。
会わずに、済んだ。
代わりに、写真を、探した。
古いスマートフォンを、充電し直してまで、探した。
一緒に写った写真、通話の録音、何でもいい、直接会った証拠が、欲しかった。
会った、という記録は、結局、一件も、なかった。
三十一人、全員、最後に、私に、何かを伝えた手段は、電話か、文字だった。
顔を、見て、話した記録が、一つも、ない。
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紙を、見下ろした。
三十一人分の空欄が、部屋の光の下で、並んでいた。
ふと、思いついた。
語り部の、七人は、どうだろう。
美咲の、記事は、ある。署名記事が、七年分。
陸の、大学の、在籍記録も、ある。休学の届出まで、残っている。
凛の、通う高校も、実在する。
由香の、勤務先の、病院も、電話帳に、載っている。
桐生の、元の、勤め先も、確認できた。
千尋の、コンビニも、今日も、開いている。
存在した、証拠は、ある。七人とも、確かに、ある。
だが、私と、直接、会っている写真は。
映像は。
第三者が、同じ部屋に、いたという証言は。
自分のスマートフォンの、写真フォルダも、遡った。
七人との、集合写真は、一枚も、なかった。
誰かに撮ってもらった、という記憶さえ、なかった。
バックアップの、クラウドも、調べた。同じだった。
一枚も、なかった。
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七人とも、私とは、電話か、対面のはずだった。
対面の、記憶は、確かに、ある。声も、匂いも、覚えている。
だが、その場に、私以外の、第三者が、いたという記録は、どこにも、なかった。
三十一人と、同じ、形をしていた。
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書きながら、気づいたことが、あった。
言わずには、いられなかった。
三十一人の、消えた日付を、一つずつ、記録した日付と、突き合わせた。
十九本目の店主は、話を聞いた三日後に、消息が、途絶えていた。
二本目の少女は、記録した、翌々日には、もう、家ごと、なくなっていた。
他の二十九人も、日数に、差はあれ、同じ順番だった。
全員、私が記録に、書いた日から、数日のうちに、連絡が、取れなくなっていた。
先に、消えたのではない。
書いてから、消えていた。
その順番に、気づかなかったことに、しておきたかった。
気づいてしまった。
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紙を、最初から、もう一度、読み直した。
三十一人の名前と、七人の名前が、同じ紙の上に、並んでいた。
彼らと、私は、本当に、会ったのか。
答えは、出なかった。
出ないまま、五十九本目の蝋燭に、火を、つけた。
炎が、右に、揺れた。
二十二話、連続だった。
三十一人分の、名前を書いた紙を、蝋燭の、隣に、置いた。
光が届くたび、紙の上の名前の一つが、影に、隠れた。
隠れる名前は、決まって、右の欄が、空白のままの、名前だった。
指で、その名前を、なぞった。
指の下だけ、光が、届かなかった。
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残り、四十一本。
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深夜、陸から、メッセージが、届いた。
「全データを、解析しました」
「明日、話します」
「でも——聞く、覚悟が、ありますか」
一緒に写った写真を、探してみたことは、あるだろうか。
大切な人ほど、なぜか、一枚も、見つからないことがある。
会った記憶は、確かに、ある。
声も、匂いも、覚えている。
なのに、証拠だけが、どこにも、ない。
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【次回予告】
百物語 第六十話:フラクタルの真相
全ての記録を、分析すると。
恐ろしい、真実が、見えてくる。
「この記録は、一人の人間が、死ぬ直前に、生成した——七つの意識の、残留データです」