継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、六十本目の違和感である。

語ったのは、高坂陸。大学生。


第六十話:フラクタルの真相

約束の時間より、五分、早かった。

 

いつもは、時間ぴったりに来る。

 

昨夜届いたメッセージの、続きだった。「聞く覚悟がありますか」——それに、まだ、答えていなかった。

 

目の下に、濃い、隈があった。何日、眠っていないのか、聞かなかった。

 

「今日は、パソコンじゃなくて、こっちを見てください」

 

いつもと違う持ち方だった。

 

開いたノートPCの代わりに、印刷した紙の束を、両腕で抱えていた。

 

厚みが、いつもの倍以上、あった。

 

机に置く音が、いつもより、重かった。

 

「五十九本分、全部、数値化しました。休学届、出しました」

 

座る前に、水を、一杯、飲んだ。

 

いつもは、しない仕草だった。

 

グラスを置く手が、一度、震えた。

 

 

────────────────

 

 

——以下は、陸が語ったことの記録である。

 

 

────────────────

 

 

説明しますね。順番に、話します。

 

第三十話で、削除できないデータの話をしました。第四十四話では、対立する二つの声を、聞きましたよね。第四十六話で、あなたのノートの筆跡が、七種類に分かれてるって話も出ました。第五十八話では、行ったことのない部屋の間取りを、俺が知っていたって話も。第五十三話では、違和感の発生間隔が、ある数列に従ってるって話をしました。周期が、七の倍数だった。

 

あのとき、「意識が、○○するときのノイズと同じ形」って言おうとしました。その先が、日本語で、出てきませんでした。頭に浮かんだのは、英語の単語が一つだけでした。十三文字。喉の奥まで出かかって、音には、なりませんでした。半分は、比喩のつもりでした。正直、残りの半分も、そう思いたかっただけです。

 

今回、比喩じゃなくなりました。

 

先週、あなたが調べた三十一人と、俺たち七人の、写真のこと。あれも、データに入れました。あなたと直接写った写真が、七人とも一枚もないこと。会話記録が、全部、電話か文字だったこと。三十一人と、完全に同じ形でした。

 

正直、最初は、別の仮説を立てていました。単純な、記録の欠落。写真を撮る習慣がなかっただけ、という説明です。二日、その線で、検証しました。

 

成立しませんでした。欠落にしては、パターンが、綺麗すぎるんです。

 

文字数。句読点の位置。改行の間隔。蝋燭の燃焼速度。七人それぞれの発話頻度。全部を、時系列で並べて、グラフにしました。

 

同じ形が、何度も、出てきます。全体の中に、同じ形の小さいバージョンが入っていて、そのまた中に、もっと小さいバージョンが入っている。ズームしても、同じ形が、繰り返し出てくる。倍率を、どこまで上げても、同じでした。

 

技術的に言うと、フラクタル構造です。

 

ここまでは、そんなに、特別な話じゃありません。会話にも、心拍にも、株価にも、フラクタル構造は出ます。自然界に、よくあるパターンです。

 

問題は、次です。

 

このグラフの形が、ある論文の図と、重なりました。

 

死の直前、数分間の脳波を記録した論文です。意識が、まとまる動きと、ばらける動きを、急速に繰り返すときの波形。第五十三話で見せたのと、同じ論文です。あのときは、部分的な一致でした。

 

今回、波形の全区間で、重ね合わせを、やり直しました。三回、計算し直しました。同じ結果でした。

 

九十八パーセント、一致しました。

 

七人分の声、七通りの筆跡、七つの発話パターン。全部、同じ波形の、違う位相に、乗っています。ずれているのは、位相だけです。

 

昨日の夜、この数字を見てから、ずっと、迷っていました。言うべきか、どうか。データだけ渡して、帰ることもできました。

 

でも、それは、逃げだと思いました。

 

小さい頃、オンラインゲームで、存在しないはずのプレイヤーに会ったことがあります。あれ以来、デジタル空間の亀裂を、ずっと探してきました。今回のグラフを見たとき、探していたのは、多分、これだったんだと思いました。

 

論理的に考えると、あり得ない仮説です。でも——データは、九十八パーセント、一致しました。

 

(手が、キーボードの上で、止まった)

 

言います。証明は、できません。あくまで、仮説です。

 

この記録は、一人の人間が死ぬ直前に生成した、七つの意識の残留データです。

 

(間があった。エアコンの音だけが、規則正しく、鳴っていた)

 

五年前、事故で死んだ誰かが——まだ、ここにいます。

 

俺たちは、その人の「かけら」です。

 

(長い、沈黙)

 

証明は、できないと言いました。でも、一つだけ、言えることがあります。

 

これが証明できたとき——俺たちは、全員、消えます。

 

 

────────────────

 

 

——ここまでが、陸の記録である。

 

 

────────────────

 

 

私は、何も、書けなかった。

 

ペンは、握っていた。紙の上で、止まったままだった。

 

部屋の中の音が、しばらく、聞こえなかった。エアコンの音さえ、遠かった。

 

陸が示した紙の束を、見た。グラフの形に、見覚えがある気が、した。どこで見たのか、思い出せなかった。第五十五話で見た、切り取られたページの切り口にも、似た形があった気がした。

 

もしかしたら——この記録を書き続けることが、その形を、作っているのかもしれない。

 

そう思った瞬間、指から、力が、抜けた。

 

ペンが、机に落ちる音で、我に返った。

 

拾い上げるまで、少し、時間が、かかった。

 

 

────────────────

 

 

陸は、紙の束を、揃え直した。

 

角を、机で、二度、叩いて。

 

「仮説です。証明は、できません。それだけは、覚えておいてください」

 

同じ言葉を、二度、言った。

 

いつもの陸なら、一度で、済ませる。

 

紙の束を、抱え直す手が、まだ、少し、震えていた。

 

扉の前で、振り返らずに、言った。

 

「俺、これ以上、進めていいのか、分からないんです」

 

扉が、閉まった。

 

廊下を歩く足音が、いつもより、遅かった。だんだん、遠くなった。

 

 

────────────────

 

 

私は六十本目の蝋燭に、火を灯した。

 

炎が、右に、揺れた。

 

二十三話、連続だった。

 

炎が揺れた瞬間、その中に、一回り小さな、同じ形の炎が、重なって見えた。

 

瞬きをすると、消えていた。

 

見間違いだと、思うことにした。

 

思うことに、しただけだった。

 

 

────────────────

 

 

残り、四十本。

 

数字を書いた自分の字が、いつもより、小さく見えた。

 

 

────────────────

 

 

陸の言葉を、ノートに書き写した。

 

一字一句、そのままに。

 

書き終えて、ノートを閉じようとしたとき——手が、止まった。

 

これまでのページに残っていた、七人分の筆跡が、全て、同じ文字に、収束していた。

 

インクの色も、太さも、揃っていた。

 

「五年前」

 




百物語 第六十話 あとがき

────────────────

自分の名前を、最初に呼んだのは、誰だったか、覚えているだろうか。

物心つく前から、当たり前に、そう呼ばれてきた。

呼ばれた記憶は、確かに、ある。

だが、呼ばれ始めた、その瞬間だけは——誰の記憶にも、残っていない。

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────────────────
【次回予告】

百物語 第六十一話:私は観測者ではない

ノートの最初のページに、戻った。

「これは私が記録した、一本目の違和感である」

その「私」という字が、今日の自分の筆跡と、微妙に、違っていた。

六十本の記録のどこにも、自分が「観測者」と、名乗った形跡が、ない。

それなのに、全員が、最初から、そう呼んでいた。
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