継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
六十四本目も、水瀬凛が、持ち込んだ。
学校帰りに、電話が、鳴った。
「先生。また、あの人に、会いました」
声は、落ち着いていた。
前に聞いたときより、ずっと、落ち着いていた。
内容ではなく、その落ち着き方のほうが、気になった。
いつもの店ではなく、駅前のベンチで、会うことにした。
凛は、先に、来ていた。
鞄を、両腕で、抱えて、座っていた。
スマホは、出ていなかった。
いつもなら、話す前に、少し、笑う。
今日は、笑わなかった。
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(凛の語り)
あれから、半年、経ちました。
月に、二回か、三回、あの席に、会いに、行ってます。
自分から、行くように、なったのは、いつからか、覚えてません。
クラスの子たちは、もう、あの席のことを、何も、聞いてきません。
誰かの席として、扱ってます。
誰の席なのか、名簿には、載ってないのに、です。
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今日も、日直、当たったんです。
日誌、書き終えて、顔を上げたら、もう、座ってました。
あの、老いたほうの、私です。
驚かなかったです。
前は、逃げようとしました。
椅子を鳴らして、廊下まで、走りました。
今回は、鞄を机の横に、置いてから、近づきました。
自分から、近づいたのは、初めてでした。
近づきながら、思ったんです。
慣れたんだな、って。
手のひらが、少し、冷たくなりました。
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黒板には、いつもと同じ、消し残しの線がありました。
窓の外、グラウンドから、金属バットの音が、聞こえてました。
それが、途中で、止みました。
前回と、同じ順番でした。
同じ順番なのに、今回は、もう、身構えませんでした。
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「今日は、話が、長くなる」
老いた私が、そう言いました。
いつもより、声が、低かったです。
低いのに、よく、通りました。
窓の外の音が、そこで、完全に、消えました。
西陽の角度も、前より、少し、浅かったです。
同じ時間に、来てるはずなのに、光の高さが、違ってました。
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「お前は、もうすぐ、ここに、座る」
前に、聞いた言葉と、同じでした。
でも、言い方が、違いました。
前は、脅すような、言い方でした。
今回は、当たり前のことを、確かめるような、言い方でした。
「ここって、この、席、ですか」
聞くと、老いた私は、首を、横に、振りました。
「席じゃ、ない」
一度、区切って、こう続けました。
「十七歳のまま、止まった、時間の中」
そう、言いました。
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その言葉を聞いた瞬間、場所の名前を、知ってることに、気づきました。
夢の中で、何度も、行った場所です。
いつも、同じ色の、光でした。
夕方でも、朝方でもない、薄い、黄色い光です。
いつも、同じ、匂いがしました。
古い、木の匂いです。
音は、ありません。
でも、静かすぎる、というほどでもない、静かさでした。
その夢の中に、いつも、誰か、いました。
顔は、思い出せません。
でも、誰なのかは、分かってました。
朝、起きても、しばらく、その場所の匂いが、鼻に、残ってました。
「そこ、お父さんが、いる場所、でしょ」
聞きました。
老いた私は、答えませんでした。
ただ、黙って、頷きました。
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頷いた顔を、見て、分かったことが、あります。
嫌だ、と思うより先に、楽になりたい、と思う自分が、いました。
選ばなくていいなら、それでいい、と思う自分が、いました。
それに気づいたことが、いちばん、怖かったです。
顔には、出さなかったと、思います。
老いた私は、それでも、全部、見えてたと、思います。
私の顔と、同じ顔ですから。
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鞄を持ち直して、教室を、出ようと、しました。
そのとき、初めて、老いた私が、立ち上がりました。
半年、通って、初めてでした。
椅子の脚が、床を擦る音が、いつもより、大きく、鳴りました。
振り返らずに、歩き出そうとした足が、止まりました。
「待って」
「これだけ、教える」
「あなたは、選ばなくて、いい」
「誰かが、選んで、くれる」
それが、慰めなのか、それとも、ほかの何かなのか、分かりませんでした。
老いた私は、また、座りました。
止まっていた埃が、また、ゆっくり、動き始めました。
(凛の語り、終わり)
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凛は、語り終えると、ペットボトルの水を、少し、飲んだ。
「先生。私、選ばなくて、いいって、本当ですかね」
答えられなかった。
頷くことも、できなかった。
凛は、返事を、待っているようには、見えなかった。
聞いてみただけ、という、言い方だった。
その言い方のほうが、答えを、急かされるより、重かった。
凛は、それ以上、聞かなかった。
鞄を、肩に、かけて、改札のほうへ、歩いていった。
普通の、後ろ姿だった。
あの席のことを、もう、誰も、不思議がらないと、前に、凛が言っていたのを、思い出した。
見えなくなるまで、後ろ姿を、見ていた。
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家に、帰って、ノートを、開いた。
凛の言葉を、そのまま、書き写した。
「あなたは、選ばなくていい。誰かが、選んでくれる」
その一行を、書いたとき、ペン先が、紙に、少し、めり込んだ。
誰が、選ぶのか——その一行は、書かなかった。
書けば、答えが、決まってしまう気が、した。
決めるのが、自分でないなら、いつ、決まるのかも、分からなかった。
分からないままのほうが、まだ、良い気が、した。
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六十四本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
二十七話、連続だった。
火を灯したまま、十五本目の蝋燭を、見た。
凛が、最初の話を、持ってきた夜の、蝋燭だ。
五十四本目のときに、この炎だけ低いと、気づいた。
炎の高さも、芯も、蝋の減り方も、今日も、前と、同じだった。
ただ、揺れ方だけが、前より、頼りなかった。
他の蝋燭は、同じ方向に、同じ強さで、揺れていた。
十五本目だけが、少し、遅れて、揺れた。
しばらく、その、遅れを、見ていた。
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残り、三十六本。
もし、「もうすぐ座る場所」があると、言われたら。
それが、どんな椅子で、どんな部屋なのか——想像してみてほしい。
想像できてしまった、その場所に、覚えがあったとしたら。
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【次回予告】
百物語 第六十五話:記憶の所有者
自分が誰なのか、確かめるために。
思い出せる記憶を、古い順に、書き出してみることにした。
どの記憶も——「途中から」、始まっていた。
最初の一秒だけが、すべての記憶から、欠けていた