継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
今回も、語り部は、いない。
記録するのは、七人分の、夢のことだ。
朝、目が覚めた。
布団の中は、まだ、温かかった。カーテンの隙間から、光が、差し込んでいた。朝でも、夕方でもない、薄い、黄色い光だった。
いつもの、朝のはずだった。
起き上がろうとして、動けなかった。
体が、重かった。一人分の、重さでは、なかった。手足の、位置を、確かめるのに、いつもより、時間が、かかった。どこまでが、自分の、輪郭なのか、指先で、布団の、端を、なぞりながら、確認するような、感覚だった。
しばらく、天井を、見ていた。頭の中に、夢の、余韻が、残っていた。一つでは、なかった。幾つも、重なっていた。数えようとして——七つ、だと、気づいた。
内容は、思い出せなかった。ただ、感触だけが、残っていた。静かな、部屋。誰も、喋らない。座っているのか、立っているのか、それさえ、分からなかった。目を、閉じて、記憶を、辿ろうとするたびに、七つの、余韻が、同時に、動いた。一つを、掴もうとすると、残りの、六つが、揺れた。
七つの、感触が、全部、同じ、静けさを、持っていた。
いつもなら、目覚めた直後に、夢は、崩れていく。輪郭から、色から、順に、薄れて、数分後には、何も、残らない。今朝は、違った。七つとも、崩れずに、同じ重さのまま、頭の中に、居座り続けていた。
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布団を、出た。
ノートを、開いた。今朝の欄に、まず、自分の分を、書いた。
「部屋。誰もいない、わけではない。誰も、話さない。光が、薄い、黄色」
書いてから、他の、六人にも、同じことが、起きていないか、確かめたく、なった。
スマートフォンを、取った。六人の名前を、選んだ。一人ずつ、同じ文面で。
「今朝、夢を見ましたか。見たなら、内容を、教えてください」
送信した。
送った直後から、画面を、伏せることが、できなかった。既読の数字が、一つずつ、増えていくのを、見ていた。増えるたびに、体の重さが、少しだけ、増した気が、した。
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最初に、返ってきたのは、千尋だった。
「あー、それ、見た気がする。誰も、しゃべんない部屋。なんか、変な、黄色い光の」
次に、凛。
「みんな、いた気がする。喋ってなかったけど。なんか、覚えてる」
桐生からは、短かった。
「静かな部屋だった。それだけだ」
由香。
「みんな、そこにいました。何も、言わずに。懐かしい、光でした」
美咲。
「同じ部屋にいた気がします。誰も、口を、開かなかった」
最後に、陸から、届いた。文面が、一番、長かった。
「言語化しづらいんですが……誰も話してない部屋、というのは共通してます。光の色まで、たぶん、同じです。あと——誰かが、何か、言った気がするんです。『そろそろだ』って」
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「そろそろだ」
その一文を、見た瞬間、自分の、夢の、記憶が、輪郭を、持った。
同じ、部屋。同じ、薄い、黄色の、光。誰も、話さない。ただ——確かに、誰かが、言った。「そろそろだ」と。
誰の声か、思い出せなかった。低くも、高くも、なかった。男の声とも、女の声とも、言い切れなかった。近くから、聞こえた気もするし、部屋全体から、聞こえた気もした。
だが、あの言葉を、聞いたのは、自分だけでは、ない。
六人に、同じ質問を、もう一度、送った。「その言葉、聞きましたか」。
返信が届くたびに、画面が、光り、短く、震えた。震えるたびに、部屋の中に、誰かが、一人ずつ、増えていくような、感覚が、あった。指先を、机の縁に、置いたまま、ただ、待ち続けていた。
美咲。凛。桐生。由香。千尋。
五回、震えて、五回とも、同じ答えが、返ってきた。「聞いた」。
七人全員が、同じ部屋にいて、同じ光の中で、誰も話さないまま、同じ、一言だけを、聞いていた。
その言葉を、誰が、口にしたのかは、七人の、誰にも、分からなかった。誰も、自分が言ったとは、言わなかった。誰も、他人が言ったとも、言わなかった。ただ、聞こえた、とだけ、七人とも、同じように、答えた。
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ノートに、七人分の、証言を、並べて、書いた。
言葉づかいは、それぞれ、違っていた。だが、書かれている光景は、一つとして、違わなかった。同じ部屋。同じ、薄い、黄色の光。誰も話さない。そして——「そろそろだ」。
これほど、細部まで、七人の体験が、一致したことは、これまで、なかった。六十七本目の夜、六人からの返信が句読点まで揃ったときとも、違う。あのときは、言葉が、同じだった。今回は、言葉は、違うのに、体験そのものが、同じだった。
ページを、めくった手が、止まった。
前のページに、「五年前」という、文字が、目に入った。何話分か、前に、自分で、書いた文字だった。次のページにも、あった。さらに、前のページにも。指で、ページの、端を、めくっていくたびに、同じ三文字が、あちこちから、顔を、出した。
いつから、こんなに、多かったのか、覚えていなかった。
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気づいているのは、今のうちだけかもしれない、と、思った。
以前にも、同じことを、思った気が、した。いつだったかは、思い出せなかった。ただ、その考え自体が、今朝の、七つの余韻と、同じ手触りを、持っていた。
窓の外は、もう、昼を、過ぎていた。薄い、黄色の光は、朝の、あの光とは、違う、ただの、日差しに、変わっていた。
ノートを、閉じた。
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六十九本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
三十二話、連続だった。
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残り、三十一本。
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その日の、夜だった。
由香から、電話が、来た。いつもの、落ち着いた声では、なかった。
「今、404号室に、います」
息が、荒かった。
「全員分の、気配がします。今すぐ、来てください」
「全員分、というのは——」
「七人分です。ここに、七人分、いるんです」
電話は、そこで、切れた。
窓の外は、暗かった。玄関で、靴を、履きながら、今朝の、ノートの一行を、思い出していた。「部屋。誰もいない、わけではない」。
ノートと、上着を、持って、部屋を、出た。階段を、下りる足音が、いつもより、多く、聞こえた気が、した。
同じ夢を、誰かと、見たことは、あるだろうか。
細部まで、一致するはずのない、夢を。
もし、それが、一人ではなく——七人全員で、起きたとしたら。
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【次回予告】
百物語 第七十話:夫との再会
404号室で、夫と、再会する。
彼は、言った——「由香、お前も、もうすぐ、こっちに来る」
その夜、「こっち」の意味が、変わった。
死後の世界ではなく——「全部見える場所」だった