継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、七本目の違和感である。

ある男が私の前に現れ、「自分のスマホに、知らない指紋がある」と言った。最初、彼はそれをストーカーだと思っていた。そして、ある日を境に、考えを改めた。

私は彼の話を、そのまま記録する。



第七話:誰かの指紋

その日は、何もない土曜日だった。

 

午前中に洗濯を回し、昼に冷凍うどんを食べ、午後はソファでスマホを見ていた。SNSをスクロールして、特に読みたいものもなく閉じて、また開く。そういう土曜日だった。

 

傾けたとき、気づいた。

 

画面を窓の光に向けて角度を変えたとき、指紋の痕が浮き上がって見えた。普通なら気にしない。スマホの画面は常に指紋だらけだ。

 

ただ、一つだけ位置がおかしかった。

 

画面の右端の、ほぼ角。縦に持ったとき、親指が届かない場所。正確に言うと、右手でも左手でも、通常の持ち方では物理的に触れることのできない位置に、鮮明な指紋が一つあった。

 

両手の親指を順番に当ててみた。

 

届かなかった。

 

人差し指でも、中指でも試した。いずれも指先が届くには、スマホを別の持ち方にしなければならない——それも、使用中には絶対にしない持ち方で。

 

彼は指紋の形を見た。

 

楕円。親指の腹ほどの大きさ。油脂の跡がくっきりと残っている。拭いていないので、かなり最近ついたものだろう。

 

いつからあったのか、分からなかった。

 

 

────────────────

 

 

その夜、スマホを徹底的に調べた。

 

写真アプリを開く。自分が撮った覚えのない写真はなかった。LINEの送受信履歴を確認する。見覚えのないメッセージはない。電話の発着信ログを見る。知らない番号への発信もなかった。

 

異常は、一つも見当たらなかった。

 

彼はスマホを置いて、部屋の中を見回した。窓の鍵を確認した。玄関の鍵を確認した。どちらも施錠されていた。

 

翌朝になっても、指紋のことが頭から離れなかった。

 

職場まで電車で三十分かかる。その間、スマホを持ったまま、何度か試してみた。あの位置に指が届く持ち方があるとすれば——電車の吊り革を掴みながら、スマホの端を指でつまんで持つような、不自然な把持だった。

 

そんな持ち方をする理由がない。自分では絶対にしない。

 

それなのに、指紋はそこにあった。

 

 

────────────────

 

 

一週間が経って、指紋の記憶が薄れかけた頃だった。

 

夜、充電ケーブルを挿したとき、ふと画面が光って「最近使ったアプリ」一覧が表示された。

 

見慣れないアイコンがあった。

 

見た覚えがない。インストールした記憶もない。

 

灰色の、正方形だけのアイコン。名前は表示されていなかった。

 

タップした。

 

アプリが起動した。真っ白な画面に、テキストだけが表示された。

 

 

 あなたのそばにいます。

 

 

それだけだった。

 

他には何もなかった。テキスト入力欄も、メニューも、設定画面も。ただ白い背景に、その一文だけが中央に配置されていた。

 

彼はアプリを閉じて、設定画面からアプリ一覧を開いた。

 

存在していなかった。

 

インストール済みのアプリ一覧を何度スクロールしても、あのアイコンも、あの名前のないアプリも、どこにもなかった。

 

「最近使ったアプリ」に戻ってみた。

 

履歴ごと、消えていた。

 

 

────────────────

 

 

彼は翌週、スマホを買い替えた。

 

機種変更という形ではなく、まったく別のメーカーの端末を、新品で購入した。旧端末はSIMカードを抜いて引き出しにしまった。データの引き継ぎはしなかった。ゼロから始めることにした。

 

新しいスマホを開封した。

 

フィルムを剥がした。

 

画面を窓に向けて傾けた。

 

 

あった。

 

 

画面の右端、角のすぐ手前。同じ位置に、同じ大きさの指紋が一つ。

 

開封したばかりの、フィルムを今剥がしたばかりの、工場から出荷されて箱に入っていた端末の画面に。

 

彼の両手は、まだフィルムを持ったままだった。

 

スマホにはまだ触れていなかった。

 

 

────────────────

 

 

記録を終えると、私は七本目の蝋燭を消した。

 

彼はその後、二台目のスマホを引き出しにしまった。

 

今は一台目の端末を使い続けている。指紋は拭かずにある。自分以外の誰かが触れたという証拠として、そのままにしている。

 

ただ、気になることが一つある。

 

彼が「最近使ったアプリ」を確認した時刻を後から調べると、その時刻帯に自分はソファで眠っていた——という。就寝前にスマホを触った記憶はなく、翌朝気づいたら画面に指紋が増えていた日も、同じパターンだったと言っていた。

 

自分が眠っている間に、誰かが触っている。

 

あるいは——自分が眠っている間に、自分が触っている。

 

どちらの可能性が、より不気味か。

 

私にはまだ、答えが出ていない。

 

残りは九十三本。

 

私は次の違和感を、待つことにした。

 




読了ありがとうございました。

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