継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
七十二本目も、森下千尋から、来た。
深夜、二時過ぎ。いつもの、コンビニ。客は、ほかに、いなかった。
自動ドアを、くぐると、蛍光灯の、白い光が、目に、刺さった。冷蔵ケースの、モーター音が、低く、響いていた。レジの前に、千尋が、立っていた。
「聞いてくれます?」
そう言って、千尋は、笑った。いつもの、乾いた、笑い方だった。
私は、レジ前の、雑誌棚に、寄りかかった。
(千尋の語り)
もう、笑えないんですけど。
前に、話しましたよね。同じ客が三回来て、三回目が、私自身だった話。あのとき、レジの画面に、一行だけ、出たんです。「これが最後の繰り返し」って。
私、あれで、終わったと思ってたんですよ。何日か、経って、忘れかけてたくらいでした。仕事も、いつも通りに、こなせてたし。
終わってなかったです。
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気づいたのは、先週です。
いつも通り、深夜のシフトに入って。おにぎりの棚を、補充して。宅配便の、伝票を、切って。常連の、老人が、缶コーヒーを、買っていって。
その、老人の台詞が、前と、一字一句、同じだったんです。
「今日も、寒いね」
「今日も」って、そこ、変だと思いません?
昨日、聞いたばかりの、台詞だと、思ったんです。でも、確かめようが、なくて。私、昨日のこと、あんまり、覚えてなかったから。夜勤って、そういうもんだと、ずっと、思ってました。
念のため、レシートの、控えを、見直しました。老人が、買った、缶コーヒーの、銘柄。会計時刻。並んでいる数字を、指で、なぞりました。
前日の、控えと、時刻まで、同じでした。
分単位じゃなくて、秒まで。
まさか、と、思って、その前の日も、確かめました。同じでした。何日分、遡っても、同じでした。どこかで、違う日に、たどり着くはずだと、思っていたのに、たどり着けませんでした。
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シフトノートを、開きました。
今日の、日付の欄に、もう、書き込みが、ありました。
自分の、字でした。今日の、天気。今日の、来客数。今日、私が、言おうとしていたことが、全部、先に、書いてありました。
昨日、私が、書いたのかもしれない。そう思って、前のページを、めくりました。
前のページにも、同じ日付が、ありました。
その前にも。
三枚、重なっていました。全部、同じ日付。全部、私の、字。筆圧の、強さまで、そっくりでした。インクの、色だけが、微妙に、違いました。新しいものほど、色が、薄いような、気がしました。気のせいかもしれません。内容も、ほとんど、同じ。ただ、一箇所だけ、天気の欄が、違いました。「晴れ」「晴れ」「曇り、のち晴れ」。
天気が、揺れているだけ。それ以外は、全部、同じ一日でした。
四枚目を、探しました。ありませんでした。三枚で、止まっているのか、四枚目が、どこかへ行ったのか、分かりませんでした。ノートを、閉じたあとも、しばらく、開けられませんでした。
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何回目なんだろう、と、思いました。
指を、折って、数えてみました。
一、二、三……
三本目の指を折ったとき、もう、何を数えていたか、分からなくなって。もう一回、最初から、数え直しました。
一、二、三、四……
四本目まで、いった気がしたんです。でも、気づいたら、また、一本目に、戻っていました。折った指が、いつのまにか、開いていました。
数字が、指から、逃げていくみたいでした。
三回目も、試しました。今度は、レジの、電卓を、使いました。「1」と打って、「+1」を、押す。何回、押したか分からなくなって、表示を見たら——「1」でした。押した回数と、無関係に、そこにあるのは、いつも「1」でした。
紙に、書いてみようとも、しました。ペンを、握った手が、一画目を、書く前に、止まりました。何を、書けばいいのか、分からなかったんです。数字そのものが、頭の中で、形を、失っていました。
何回、数えても、答えが、揃わないんです。
なのに、今日という日の、感触だけは、毎回、同じなんです。棚の、埃っぽい匂いも、老人の、缶コーヒーの、選び方も、レジの、蛍光灯の、瞬く間隔も。全部、寸分違わず、同じでした。
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夜勤明けに、由香さんと、話したことが、あります。
夜しか、仕事がない者、同士だからって、由香さんが、言っていました。
「終わらないって、思うこと、あります?」って、聞いてみたんです。
由香さんは、少し、黙ってから、「あるよ」とだけ、答えました。
それ以上は、聞きませんでした。由香さんの、目が、いつもより、遠くを、見ているような、気がしたから。
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レジの前に、立ちながら、考えました。
今日も、明日も、ずっと、このまま、繰り返すとして。
それは、「終わらない」ということなのか。それとも、「終わりが、ない」ということなのか。
同じことを、言っているようで、何かが、違う気がしました。
「終わらない」なら、まだ、終わりという、ものが、どこかに、あることになる。「終わりが、ない」なら、最初から、そんなもの、なかったことになる。
どっちなのか、確かめる、方法が、私には、ありませんでした。
(千尋の語り、終わり)
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千尋は、そこまで、話すと、また、笑った。
さっきと、同じ、乾いた、笑い方だった。
「まあ、そんなもんですよね」
その、口癖を、聞いたのは、久しぶりだった、気がした。
私は、何も、答えられなかった。
千尋の、後ろの、レジの画面が、目に、入った。時刻の、表示。数字が、動いていた。だが、その動きが、正しい方向なのか、確かめる、気には、なれなかった。
先週、自分のノートで、同じようなことを、確かめようとした。二つの「一本目」を、並べた、あの夜と。似ている、と、思った。だが、それを、口には、出さなかった。
店を出るとき、振り返った。千尋は、もう、次の客に、向かって、いつもの、声を、出していた。
「いらっしゃいませ」
同じ、抑揚だった。何度、聞いても、変わらない、抑揚だった。
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家に、帰り、千尋の話を、ノートに、書き写した。
七十二本目の、蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
三十五話、連続だった。
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残り、二十八本。
何かを、数えようとして——数えられなかった、経験は、あるだろうか。
一つ、二つ、三つ。
気づくと、また、一つに、戻っている。
それは、まだ、終わっていない、ということなのか。
それとも——最初から、終わりなど、なかった、ということなのか。
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【次回予告】
百物語 第七十三話:蝋燭の真実
蝋燭を、消すたびに。
自分の、何かが、失われている。
七十三本目を、消したとき——
七人の、語り部の声が、同時に、聞こえた。
「まだ、消さないで」