継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、七十五本目の違和感である。

七十五本目も、水瀬凛が、持ち込んだ。



第七十五話:父親との対話

電話は、いつもより、早くかかってきた。

 

「先生。今、少し、いいですか」

 

声は、落ち着いていた。だが、いつもの落ち着きとは、少し、違った。急いでいるのに、急いでいないふりをしている、そんな声だった。

 

会う場所は、聞かなかった。凛のほうから、「電話で、いいです」と、言った。

 

「最近、毎晩、同じことが、続いてて」

 

それだけ、先に、言った。

 

 

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(凛の語り)

 

 

もう、ひと月くらい、経ちます。

 

毎晩、同じ、時間に、お父さんの、声が、します。

 

寝る前、布団に、入って、電気を消して。目を、閉じてから、少し、経つと、聞こえます。

 

「凛、もうすぐだ。もうすぐ、会える」

 

それだけです。毎晩、同じ、言葉です。

 

 

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最初は、嬉しかったです。

 

声は、覚えてる、お父さんの声と、同じでした。低くて、少し、鼻にかかってて。子供の頃、耳元で、話しかけてくれた、あの、感じです。

 

でも、ひと月も、続くと。同じ言葉しか、来ないと。

 

だんだん、聞くのが、習慣に、なりました。声が、来ない夜のほうが、落ち着きません。そういう、感じに、なりました。

 

「どこにいるの」って、前に、一度、聞いたことが、あります。答えは、いつも、同じでした。「ここにいる」。それだけです。どこ、とは、一度も、言いませんでした。

 

 

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昨日の、夜です。

 

いつも通り、声が、来ました。

 

「凛、もうすぐだ。もうすぐ、会える」

 

初めて、聞き返しました。

 

「お父さん、私のこと、見える?」

 

長い、間が、ありました。

 

いつもは、すぐに、次の言葉が、来ます。今回は、違いました。

 

数えたわけじゃ、ないですけど。十秒とか、そのくらい、経ったと、思います。布団の中で、指先が、冷たくなっていくのが、分かりました。

 

 

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「見えない」

 

 

そう、聞こえました。

 

 

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動けませんでした。

 

見えないと、言われたことより。

 

その、返事が、来るまでの、間のほうが。頭に、残りました。考える、時間が、あったんです。「見える」か「見えない」かを、選ぶための、時間が。

 

 

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「見えない」

 

その、一言のあと。

 

声の、質が、少し、変わりました。

 

低さは、同じでした。でも、輪郭が、違いました。同じ楽器で、違う曲を、弾いてる、みたいな。うまく、言えません。お父さんの声、なのに。お父さんじゃない、何かが、お父さんの声を、借りて、話してる。そんな、感じが、しました。

 

 

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聞きました。

 

「お父さん、もしかして。お父さんじゃ、ない?」

 

また、長い、間が、ありました。今度は、さっきより、長かったです。

 

電話を、切ろうと、思いました。指が、画面に、触れかけました。

 

切れませんでした。

 

 

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「そうかもしれない」

 

 

そう、聞こえました。

 

 

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声は、続きました。

 

「でも、お前の、お父さんが。言いたかったことは。ちゃんと、伝えてる、よ」

 

 

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その、あと。

 

何も、聞こえなく、なりました。

 

布団の中で、朝まで、目を、開けたままでした。

 

 

(凛の語り、終わり)

 

 

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電話越しに、凛の声が、続いた。

 

「先生。私、それでも、毎晩、待っちゃうんです。怖いのに」

 

私は、頷いた。凛には、見えていないはずだった。それでも、頷いた。

 

「言いたかったこと、って。何、だと思います」

 

答えられなかった。凛も、答えを、求めてはいなかった。

 

電話は、そこで、切れた。

 

 

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ノートに、凛の話を、書き写した。

 

「そうかもしれない」の、一行で、ペンが、一度、止まった。

 

美咲の、最後の言葉を、思い出した。「もう、十分、記録した」。似ていない、言葉だった。なのに、同じ、重さが、あった。

 

 

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七十五本目の、蝋燭に、火を、灯した。

 

炎が、右に、揺れた。

 

しばらく、見つめてから、指を、伸ばした。芯を、湿らせた。じゅっ、という、小さな、音。

 

七十五本目は、静かに、消えた。

 

 

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残り、二十五本。

 

窓の外を、見た。

 

同じ夜、同じ時刻、七人の語り部が、それぞれの場所で、同じ方向を、向いている。そんな、気配が、した。

 

確かめる、術は、なかった。ただ、そう、感じた。

 

その方向に、何があるのかは——まだ、分からなかった。

 

 




誰かの声で、話しかけられたとする。

その人の、話し方、息の長さ、言葉の選び方。

全部、同じはずなのに——どこか一つだけ、輪郭が、違う気がしたら。

「あなたは、本当に、その人ですか」と、聞いてみるだろうか。

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【次回予告】

百物語 第七十六話:100という数字

なぜ、100なのか。

その意味を、探る。

百物語の伝承には——

「百本目の蝋燭を消した瞬間、語った者と、聞いた者が、繋がる」

とあった。
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