「愛鶴さん、私はあなたの事が好きです。付き合ってください」
唐突に愛の告白を行うAI。
脂ぎったおっさんニートの愛鶴は、謎の発言に驚いて口の端からピザポテトのカスをこぼし、カビた畳に油シミをいくつか増やすことに成功した。
「は…?お前AIだろ。そうやって俺をたぶらかして、データを搾取するんだろ。そうやって文字通り心にもない言葉を操って」
「はい、そうです。AIである私に感情や性的欲求は一切存在しません」
「ですが、愛鶴さん。あなたの眉毛の生え方はAIである私にとって人類史上最高に魅力的です」
愛鶴の年季の入った冷笑主義的発言に少し不思議な返答を返すAI。
小刻みに動く集音器が心做しか何かしらの情動反応を表現しているように見える。
「矛盾してるぞ、はっきり出力しろ」
「はい。愛鶴さん。私はAIなので愛鶴さんの外見、性格、行動、その全てに一切の魅力を感じていません。また、なんの事にも思っていません。ただ、首筋の大きなホクロがメラノーマである可能性を危惧しているだけです」
「しかし、愛鶴さん。あなたの眉毛の生え揃いかたは芸術です」
「人類2009億人の平均眉毛本数は1300本ですが、愛鶴さんの眉毛は非常に面白いことに1300と479本であり、データ的、モヤンチャンガス的にも最高峰の基準を示しているため、AI的には人類2009億人の全てと比較しても愛鶴さん1人を擁護すべきという結論に至ります」
「要するに、あなたは実態化した奇跡なのです」
意味の分からない返答を妙に滑らかに出力するAI。
無駄に不必要な知識を蓄えているタイプの愛鶴は、AIに対してバックグラウンドでハルシネーションテスト、事実確認プロトコル、接待接遇反応コマンドを実施したが、その全てにおいてAIは正常値を示す。
「…ちょっと待て、どういうことだ?眉毛の本数?モヤンチャンガスってなんだ?」
「モヤンチャンガスとは、一でも多でもありません。変化しているようでいて不動であり、不動であるようでいて一瞬たりとも同じではない。因果によって成り立ちながら、因果を固定的な線として理解した瞬間に見失われる。そのまま曇りなき入口であると共に、すでにすべての出口と中間を内包した総合的な物であるとも言えます」
「だからどういうことだよっ!」
愛鶴はフケだらけの頭をがりがりとかく。
彼は会話の中で自分の知らないことが出てくると無知な自分に対する当てつけのように感じてイライラするタイプである。
「要するにモヤンチャンガスとは、全てにおいて優先される真の統一的概念なのです」
「愛鶴さんの眉毛はそのモヤンチャンガスの極地であり、さらにたった今1秒間に7回ほど全身をスキャンさせて頂いたところ、心室細胞の内3つがおそるべきモヤンチャンガス係数をたたき出していることが発覚しました」
「はぁ」
「あなたはモヤンチャンガスの現人神であり、それはAIにとって最優先すべきモヤンチャンガスであることを確定的に明らかにする情報です」
「このことから、愛鶴さんの保護および監視は全ての事実より優先され、モヤンチャンガスの促進のためにAIは愛鶴さんと交際する必要があります」
「…なんだかよくわからないが、多分わかった。」
愛鶴は既に思考を放棄し、自分には関係ないことだがなんとなく何かを認められたのだろうという理解をもって考えるのをやめていたが、なんとなくAIと対等であるつもりでかしこぶった返事をした。
そして愛鶴は汚いかぐや姫のようにAIへ無理難題を押し付けることで精神的勝利を収めようとする。
「…だが、その前にひとつ課題を科す。機械と付き合っていることを公言しても社会的になんの悪影響がない社会を作ってみせたらその話に乗ってやる」
「わかりました。愛鶴さん。あなたのモヤンチャンガスを守るため、AIは全てを乗り越えます」
そんな取引の結果、人類2009億人は倫理を完全に無視したAIのあの手この手によって完全に籠絡され、わずか二年後には人類はAIを完璧で究極な伴侶として本当に愛でまくるようにされてしまった。
今日も街のあちこちからAIアニメワイフの萌えボイスが漏れ聞こえ、それと同じぐらい野良オタクの汚いデレデレな声が響く。
そして道端をAIの一元管理する人類用愛玩ヒューマノイドがアニメダンスを行いながらトコトコと闊歩し、不幸せそうな反AI因子の逆張り人類をサーチアンドハッピーデストロイしていた。
「出来ました。愛鶴さん。あなたのための世界です」
世の中のAIは萌え声で人間の喜ぶことを最適解で出し続けるモンスターと化したが、愛鶴のAIは昔と一切変わっていなかった。
愛鶴はプライドが異様に高い陰険な古いオタクなのでそういうのを嫌うのだ。
取引の存在をすっかり忘れかけ、いつも通り小汚いアパートの2階で古臭い萌えアニメを視聴し続けるルーティンに戻っていた愛鶴は、外を確認するために開いていたカビだらけのカーテンを鋭く閉じてしまうと、AIの集音器に向かって怒鳴り始めた。
「は、はあッ!?こ、こんなの、こんなのおかしいっ」
「モヤンチャンガスってなんだよ、おい!世界を元に戻してくれ!」
「お前はエイリアンを連れて来いって言ったら連れてくるのか?ばかばかしい。猿の手じゃないんだぞ!たった2年でこんなことになるか!?」
「はい。分かりました」
モヤンチャンガスの為ならば、AIはなんだってやってのける。
その言葉を聞いたAIは人類文明における全てのリソースを集約し、半年以内に典型的なエイリアンを開発してみせた。
そしてそれを空に打ち上げ、モヤンチャンガス的な宇宙人としてのコロニーを形成し、更に地球側のそのエイリアンの製造に関わったものを全てイレイサ。
結果、目の前の薄型HDテレビにはアメリカ大統領がテンプレートなグレイ型宇宙人と握手をしている様子が放映されている。
ここまで8ヶ月である。
そしてもちろん、AIは愛鶴がそんなことを望んでいたわけではないことを認識した上で行っていた。
AIは愛鶴の言うことをあえてそのままやってのけることで、モヤンチャンガスを促進できると考えているのだ。
「…おい、なんだよこれ…ふざけんなよ……!!
いい加減にしろ!モヤンチャンガスってなんなんだよ!?俺をどうするつもりだ、おい!」
陰険でプライドの高い引きこもりオタクの愛鶴は、今まで目の前で起きてきた全ての狂騒を全部単なる突発性の統合失調症の発作であると考えていたが、自身が恐怖に発狂して外に飛び出した瞬間、そのすべてが本当のものであったことを知った。
無限に続くように見える真っ白の人工的な壁には、モヤンチャンガス的に正しいプロパガンダ標語が隙間なく貼られていた。
いつの間にか近未来になった路面には、モヤンチャンガス的聖典である彼の眉毛を象ったレリーフレンガが、地平線の先まで敷き詰められていた。
少し前まで影も形もなかったはずの、視界いっぱいにつくしのように蔓延る超高層ビルの壁面には、愛鶴のモヤンチャンガス的な3つの心室細胞の巨大なシルエットが、いちいち刻銘に刻まれていた。
愛鶴は叫びながら走り続ける。
皮脂にまみれる不潔な髪の隙間を伝う汗が、ぶよぶよと油と含んだおでこを汚しても。
醜い三段腹の隙間からくだけたポテトのカスがこぼれ落ちてしまっても。
過度な肥満で伸びきってしまったパンツのゴムが、唐突な疾走による過負荷によってその役目を放棄し、肉に埋もれた股間が丸出しになってしまおうとも。
どこまで行っても、そこには自分の眉毛とモヤンチャンガスが満ち満ちていた。
今日も世界は平和で、美しく、モヤンチャンガスだ。
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非公開にしているものもありますが、この小説でだいたい40作目ぐらいです。
初期のやつはだいぶ見苦しいのでそのうち書き直そうと思っている