ベレリアント戦争の終戦直後の一エピソードとなります
オルクセン王国史 二次創作
その名は永遠(とわ)に
星歴877年6月19日。
この日、オルクセン王国軍べレリアンド半島占領軍は、麾下戦力の一部、およそ6000名をもって、旧エルフィンド首都ティリオンにおいて、軍事パレードを実施した。
2日前に実働を開始したべレリアンド半島占領軍総司令部を祝うとともに、名実ともにエルフィンドがオルクセン王国の支配下に置かれたことを示すセレモニーである。むろん、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインも観閲している。
その6日後、6月25日。
グスタフ王は、ヨアフルプ郊外の名もなき丘陵地帯にいた。
そこは、ベレリアント戦役における最後の激戦地であり、そして大鷲軍団最後の戦死者であるローター・フルス01の最期の地であった。
「あれが……」
グスタフ王はただ一言、そう言って絶句したという。
ローター・フルス01は、エルフィンド軍ヴェルナミア支隊による猛攻を受けて苦戦していたこの方面の部隊を掩護するため、砲兵隊に対する空爆を実施していたが、その際に対空砲火を浴び帰還を断念。砲兵陣地弾薬馬車に突っ込み、巨大な誘爆を引き起こしてエルフィンド軍砲兵を壊滅せしめた。
だがその代償として、彼らはまったく遺体が残らないほどに消し飛んでしまったのである。その大爆発の痕跡が、墓標であった。
グスタフに付き従うは後備第一旅団、大鷲軍団をはじめとして、この方面での戦闘に従事した各部隊からの選抜中隊たち、そしてアンファングリア旅団であった。
儀仗部隊が静粛に居並ぶ中、遺体を載せていない2両の馬車がゆっくりと進む。その馬車の周囲を固めるのはアンファングリア旅団から選抜された兵たちであり、その先頭には特に指揮を願い出たリア・エフェルディス大尉の姿があった。
5月の終わり、エルフィンド占領の実務が始まり、復員計画などが始まったころ。
大鷲軍団はこの戦役での各種の栄光と悲嘆に包まれていた。空中を支配する大鷲軍団が地上に噛みつく爪と牙を得たことは喜ばしい事ではあったが、同時に彼らは大事な仲間を失っていたのも事実だったからだ。
特にローター・フルス01の最期は、その壮絶さもあって、彼らの中でも語り継がれる神話的なものになっていた。
であるがゆえに、彼らはさらに先へ飛ぶためにも、ローター・フルス01の死を悼む儀式を必要としていた。そのため総軍司令部にも話を通して、慰霊祭を行う準備を進めていた。
慰霊祭については軍公報にも記載されることとなったが、それに気づいたのが大尉であった。
「エフェルディス兵站参謀であります。旅団長閣下にお話があります」
「なんだリア、そんなに畏まって」
リアの常にない言葉ぶりに、苦笑しつつディネルースが答える。だがリアは真面目な表情を崩さず、発言した。
「来たる大鷲軍団の慰霊祭へ、私の参加をお許し願えますでしょうか」
「……アンファングリアも当事者だから参加は決まってるが、なぜ兵站参謀のお前が?」
不思議そうに尋ねる。リアはさらに答えた。
「ローター・フルス01のフロベルト・タウリアン曹長は……縁があるのです」
「縁?」
「ええ。演習の際に川に落ちた彼を助けた……覚えていらっしゃいませんか?」
そこまで聞いて、ディネルースはあっ、という表情になった。まだアンファングリア旅団がその名を頂く前に行われた、師団対抗演習。その中で起きた事故と、それに対応する一連の動き……
「あのときの一等兵か! お前が川の中から助け出したあの!」
ディネルースは思い出した。そして同時に、敬愛する我が王が、その命を削って行使した魔法のことも。あれこそ我が王の慈悲深さと、自らを犠牲にすることをいとわぬ覚悟のあらわれであった。彼女たち黒エルフがエルフィンドから脱出する際にも、あの魔法で助けられたのだ。
リアは頷きつつ、答えを返す。
「はいそうです。私としては、個人的にも参列を望んでいるのです」
ディネルースはしばし思考の海に沈んだが、やおら立ち上がって、きびきびと動き始めた。
「総統本営へ向かう。リア、一緒にこい!」
「は、ほ、本営ですか?」
「そうだ。我が王が気づいていなかったら、教えねばならない。我が王も……かの一等兵のことを聞けば、お心を痛められるはずだ」
そう、あの王ならば。そうディネルースは思った。
総統大本営は、多くの作業で忙しい状況であった。占領部隊として残置する諸部隊への駐屯地や物資の割り振り、エルフィンド国内のインフラ整備計画の策定、何よりも速やかな軍の機関に絡む膨大な事務作業……後年「大本営は銃弾では戦わぬ。紙とインクで戦ったのだ」といわれるほどに。
グスタフ王もまた忙しい身であったが、その忙しさは政治家としてよりは技術者・研究者としてのものであった。エルフィンドの大地を再生させ豊穣の地とかえるべく、多くの軍民の技術者と協議を重ねている。その合間の一時、重要な休憩の時間に、来客が告げられた。
「陛下、アンファングリア旅団よりディネルース少将とエフェルディス大尉が至急の会見を、とお越しです」
執事の言葉に、おや、という表情を浮かべる。
「ディネルースが? 珍しいな。それにお供がいるとは……?」
何か聞いているか、と傍らで警護する黒エルフの指揮官に聞いてみるが、知らないという。
「ふむ……まあいい。入れてくれ。ああ、コーヒーを3つ、菓子も頼めるか」
「かしこまりました、陛下」
話を聞いたグスタフは、ディネルースの予想通り、沈痛な表情とともに嘆息した。
「あのときの兵が、そんなことに……」
目じりを押さえ、しばし黙考する。芳醇な芳香を放つコーヒーが冷めてしまうほどの時が過ぎたのち、彼はおもむろに言った。
「ディネルース。正式に命ずる。アンファングリア旅団から儀仗部隊を選抜し、葬列馬車の警護を行ってくれ。そちらの大尉にもしかるべく任務を」
ディネルースにも、リアにも、答えは一つしかなかった。
「仰せのままに、我が王」
そして本日。葬列の馬車がしずしずと進む中、上空に大鷲軍団の中でも特に飛行に優れた4羽が、菱形の編隊を組んで飛来した。
『アドラーネストよりローター・フルス、進入時刻に変更なし』
「ローター・フルス01了解。進入を開始する。ローター・フルス各羽、行くぞ!」
『03、了解』
『04、了解。02、堂々と飛べ。俺たちがお前をフォローする』
『02、了解。03、04、脇を頼みます』
皆の声に、常とは違い、緊張しているのがわかる。それはそうだろう。こんなこと誰もやったことがないのだ。
羽と羽がくっつくかと思えるほど緊密な編隊を組んで飛翔する4羽。常ならば長をつとめる自分が、今日は一番後ろを飛んでいる。自分から見ると先頭に02、右に03、左に04だ。彼自身は02よりやや上を飛んでいる。
『02より各、各。タイミング取ります。カウントダウンはじめます。10、9、8……』
02は若い。かつてのローター・フルス01が戦死したのち、ローター・フルス小隊は再編成と補充を受けた。かつての 02 が 01 になり、補充兵として 02 がやってきたのだ。当初は 04 を 01 の列翼として、03 の下に新人を入れることも検討されたのだが、うまくいっている 03・04 のウィングを解体するのはどうかということと、もはや戦闘もなく平時編成としてじっくりと鍛えればよいということで、02 にしたという経緯がある。
だが一緒に飛んでいるコボルト族パイロットは計算に長け、精密に航法を行う「飛ぶのがうまい」ペアである。それもあってこの大役を任せているのだ。01は自らもカウントダウンを行いながら、翼に力を籠める。
『5、4、3、2……今! 行ってください、01!』
今、の声と同時に、01は全力で羽ばたき、急上昇を開始した。
常は行わぬ機動。大鷲族は通常、気流に乗り大空を飛ぶ。自ら羽ばたくのは飛び立つ、あるいは着地する際がほとんどであり、自らの力で上昇をかけるのは、よほどの場合に限られていた。だが今は、それを行うべき時であった。
居並ぶ諸部隊が見守る中、会場上空に進入した編隊から、最後尾の一羽が急上昇を始めた。残りの3羽は水平飛行を続ける。
「あれは一体……」
警護の傍ら寄り添っているディネルースの呟きに、グスタフは答えた。
「あれは……失われた者への弔意と敬意を表すものだ。彼らは空に帰り、飛び続ける……そういう意味がある」
グスタフの知識にある、儀礼飛行。彼はそれを大鷲軍団に伝えたのだった。
急速にその姿を小さくしていく一羽。全力で羽ばたくのは、常の飛翔ではない。それをこなすのは、彼らの矜持でもあったか。
葬列馬車がちょうど彼らの前にたどり着いて停止し、儀丈隊が号令もなく、一糸乱れずに捧げ銃を行った。グスタフはじめ参列した皆が敬礼をしてそれに応じる。
空は蒼く澄み渡り、その様は一辺の宗教画のようであった。
オルクセン連邦において空軍が創設され、コボルド族のパイロットが飛行機を駆るようになってから創設されたデモンストレーションチームに、「ドーラ・ウント・タウベルト」の名が与えられるのは、このときより数十年の時が経ったのち、グスタフ王が崩御した後のことであった。
一応説明を。
フロリアン・タウベルト君は伍長ですが、曹長になっているのは戦死により2階級特進しているからです。
ラインダース君は当初自らが飛ぶ(ローター・フルス01の代わりに)ことを考えましたが、軍団長としてグスタフの傍で葬列を迎えなければならないため断念させられました(w
ミッシングマン・フォーメーションは本来、ひし形を作るわけではありません(山形に並んでいるのが普通)が、見栄え優先でこの世界ではこうしているということで。