なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
堺にて今井宗久や千宗易から歓待を受け、家康は「天麩羅美味っ! これはいくらでも食えるわい」とたいそう気に入り、夜が更けると突き出た腹の上に妻の旭を乗せて就寝に就いた。
そこに音もなく忍び寄る影が迫る。
連中が懐から取り出すのは、月明かりに反射しない漆黒のクナイ。
無言にして無音のまま、家康の喉元に振り下ろしていった。
——同時刻。
長浜から、竹阿弥や仲ら猿軍団を率いて本能寺を目指していたねねだったが、琵琶湖を抜けて京を目指す最短ルートが土砂崩れで埋まっていることに絶句していた。
「ウキー!」
「ウキャキャノキャー!」
「ええ、その通りよ。今、この瞬間に私が動くのを知っているのは秀吉様と秀長、ヒロミツと真昼だけよ」
馬上で手綱を握りながら呟いた言葉が震える。
「ウキー、ウキー、ウッキー!」
「誰かが裏切って敵に情報が流れている? ……まさか」
信じられない。けれでもこの瞬間、長浜の羽柴ねねが動くなんて誰が予想できるだろうか?
この日のために、戦場に出ずにひたすら猿軍団を鍛えていたと言うのに。
月明かりが照らす断崖絶壁のてっぺんを見上げ、ねねは舌打ちした。
***
村井貞勝さんが自宅に帰る間際、私は貞勝さんに五右衛門を呼んでほしいと言伝を頼んだ。
「なんや姉ちゃん、もう夜やで? まさかどっかに盗みに行こかってお誘いなら、貞勝のおっちゃんに報告するで」
軽口を叩きつつもすぐに来てくれるのはありがたい。
さすが京都所司代・村井貞勝さんの腹心で、京のクソガキ衆の頭目だよ。
他に弥助と蘭丸君にも来てもらった。
信長様と光秀さん、それにセンイチとイシイは、日海名人と挑戦者鹿塩利賢の囲碁対局を観戦中だ。
なんで今年の名人決定戦が本能寺で行われてるんだよ。
「……本当なら、そろそろ秀吉さんから連絡があるはずなんだけど何もないんだ。五右衛門、クソガキ衆で播磨方面のルートを探ってくれる?」
「そら構わんが、毛利攻めの大将で信長様を備中で待っているのに何用や? ちゅうか使者の顔を知らなきゃわからんわ」
そりゃあ、そう言われるよね。
「それは大丈夫、秀吉さんと秀長だから」
さらっと私が呟くと、五右衛門は顔色を変えた。
「いや、何の用やねん」
「まあそれは着いてからのお楽しみで」
あかん、五右衛門め、こんだけ懇切丁寧に説明したのに納得しないとは。
弥助もジト目で私を見てくるし。
こうなったら一番機転が利くこの子だけが頼りだよ。
「蘭丸君は長浜方面をお願い。ねねちゃんも来る予定だったんだけど、まだ着かないから」
「ねね殿ですか? ……承知しました。仙に任せましょう」
さすが蘭丸君。五右衛門とは人間の出来が違うねえ。
私の言う事を素直に聞いてくれる近習なんて、誰一人いなかったから心が染みるぜえ。
……ん? 仙?
「力丸君か坊丸君のほうがよくね? あの子、お兄ちゃんの勝三系統だよ? しかもまだ小学生の年齢だし」
森家6男の森仙千代丸君。小姓初日で他の小姓とトラブって口より拳が先に出る暴れん坊なのだ。
「だからでございます。何かあれば気合で突破できますから」
うーん、たしかに。連絡つかないイコール敵に阻まれていると思うべきだよね。
なら、当然な人選……なのか?
「つーか真昼。何が起こる? いや、何が起きている? それを説明しろ」
ちっ。弥助め。相変わらず鋭い奴だ。
でもだからこそ、今何がどうなっているか知恵を貸してもらいたい。
私は息を大きく吸って吐いてから説明を開始した。
「英霊ボール大戦に参戦しているのは108の白球ども。……けれどこれまで活動を確認できたのは107球のみ。その大半を私は回収した。……残る正体不明の1球が、総取りを企んで奇襲してくる可能性があるんだ」
「残る1球の持ち主はわかってるんか?」
五右衛門に問われ、私は首を横に振る。
「予想は二択。……帝か殿下なんだけど、まだはっきりしてない」
現状、帝は譲位が遅れている不満はあるけど信長様との関係は良好。
殿下とは暦問題で対立してるけど、険悪で罵りあってるわけでもない。
どっちだろうが、空前絶後の英霊ボール大量奪取の機会を見逃す手はないのが事実だ。
「なるほど。そういうことか。その正体不明の1球を回収するために博打を打ちやがったな」
「怒るのはあとにして、弥助。あとこれは私と秀吉さんが主体の策。……まあ大部分は半兵衛君の遺策だけど。囮の中に入ってるのはごめんて謝る。でもみんなだから覆せるとも信じてる」
嘘偽りのない気持ちを吐露した私だけど、弥助は真顔のまま、こう口にしてきた。
「俺が怒ってるのは信長様にだよ。天下一統直前で女のために博打を打つなっていう意味だ」
……は?
***
五右衛門と仙千代丸が本能寺から出ていった報告を聞いて、近衛邸に潜んでいる朝比奈泰朝は立ち上がった。
老体の皺だらけの顔に、黒い鉄仮面を嵌め込んでいく。
庭に出ると軍旗を掲げる兵団が、泰朝からの命令を待っている。
軍旗は水色桔梗紋。
「時は今、あめが下しる五月かな、水上まさる庭の夏山、花落つる池の流をせきとめて」
泰朝の囁きに、兵団は固唾を呑んで見つめていく。
ただの庭の景色を詠んだ句か。……それとも天命を変えようという意思の現れか。
上空に英霊ボールが三つ、浮遊する。
『信長のいる本能寺と、信忠のいる妙覚寺を同時に襲え。これでセンイチも回収者もジ・エンドよ』
オレンジ色に明滅し、横に赤バットの幻影が見える英霊ボール『テツハル』が冷酷に呟く。
『独走で優勝はつまらぬ。織田が所持する英霊ボールのすべてを解放し、第2ラウンドを始めよう』
青色に明滅し、落差がえげつないフォークボールのごとき軌道を繰り返す英霊ボール『スギシタ』が淡々と囁く。
『いいか貴様ら。儂の主が貴様らを支援するんじゃ。失敗は許されんぞ?』
白球に時折『400勝』『4490奪三振』『365完投』と浮かび上がる英霊ボール『カネヤン』が不敵に笑いながら声を発する。
「行くぞ。……敵は本能寺にあり」
泰朝の声を聞き終え、兵たちは無言で敬礼をした。