名探偵 L ~怪盗キッドを捕まえる~   作:梅酒24

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L視点とキッド視点で話が進みます。公開は、花火打ち上げと連動する20:55


最終回:決着

夜空は、やけに澄んでいた。

 

都会の光すら押しのけるように、月が浮かんでいる。

その下に用意された舞台は――異様だった。

 

巨大なガラスドーム。

四方を囲むように配置されたサーチライト。

外周には警察、そして無数の観客。

 

まるで見世物だ。

 

(いい舞台だ)

 

屋根の縁に立つ。

 

マントが風を受けて揺れる。

 

「……さすがだな」

 

視線の先。

 

中央に一人の男。

 

裸足。

猫背。

そして――

 

キッドの仮面。

 

「それで来たか」

 

小さく笑う。

 

L。

 

「最終決戦にしては、趣味が悪いな」

 

風が止まる。

 

静寂。

 

Lがゆっくりと顔を上げる。

 

「奇術師の気分を理解しようかと」

 

淡々とした声。

 

「無意味だな」

 

一歩、踏み出す。

 

屋根から軽やかに飛び、音もなく着地する。

 

「それは“仮面”だ」

 

距離は数メートル。

 

真正面。

 

「お前には必要ない」

 

一瞬。

 

空気が張り詰める。

 

次の瞬間――

 

消える。

 

そして。

 

「っ――」

 

Lの目の前。

 

「遅い」

 

仮面に手をかける。

 

パキッ――

 

軽い音。

 

あまりにもあっけなく。

 

仮面が剥がれる。

 

「……」

 

露わになる顔。

 

「これでいい」

 

仮面を指で弾く。

 

地面に転がる。

 

「最終決戦だろ?」

 

静かに言う。

 

「本物で来いよ」

 

Lは動かない。

 

ただ、わずかに目を細める。

 

「理解しました」

 

仮面のない顔で、こちらを見る。

 

「あなたの美学ですね」

 

「当たり前だ」

 

肩をすくめる。

 

「観客もいるしな」

 

外周のざわめきが広がる。

 

「キッドだ!」

「本物だ……!」

 

だが二人の間には、静寂だけがある。

 

「さて」

 

 

 

一歩、前に出る。

 

「捕まえてみろよ」

 

挑発。

 

だがLは動じない。

 

「あなたは逃げる」

 

静かに言う。

 

「身体能力に依存した逃走」

 

「悪いか?」

 

「いいえ」

 

首を振る。

 

「ですが」

 

間。

 

「すべて読んでいます」

 

空気が一段、重くなる。

 

「どこに逃げても、捕まる」

 

断言。

 

(……いいね)

 

口元が歪む。

 

「じゃあ試してみろ」

 

カードを一枚、取り出す。

 

指で弾く。

 

宙に舞う。

 

「俺は“逃げる”」

 

視線を合わせる。

 

「お前は“捕まえる”」

 

ニヤリと笑う。

 

「シンプルでいいだろ?」

 

Lは数秒、沈黙する。

 

そして――

 

「いいでしょう」

 

わずかに前に出る。

 

「ただし」

 

その目が鋭くなる。

 

「これは“捕獲”ではない」

 

「?」

 

「証明です」

 

静かに言う。

 

「あなたの奇術が、現実には勝てないという証明」

 

(……)

 

一瞬、空気が凍る。

 

だがすぐに笑う。

 

「逆だろ」

 

マントが翻る。

 

「現実なんていくらでも騙せる」

 

指を鳴らす。

 

周囲のライトが一斉に点滅する。

 

観客がどよめく。

 

「見せてやるよ」

 

声を落とす。

 

「“本物の奇術”をな」

 

Lは動かない。

 

ただ見ている。

 

すべてを。

 

「では」

 

静かに構える。

 

「始めましょう」

 

風が吹く。

 

カードが落ちる。

 

その瞬間――

 

怪盗キッドの姿が消えた。

 

ざわめきが爆発する。

 

だがLは動かない。

 

「予測通りです」

 

小さく呟く。

 

夜空の下。

 

奇術師と探偵。

 

すべての観客が見守る中――

 

最終決戦が始まった。

 

***

夜風は一定だ。

 

温度、湿度、風向き――すべて記録通り。

この舞台に“偶然”は存在しない。

 

私は中央に立ち、動かない。

 

(来ましたね)

 

怪盗キッド。

予測時刻、誤差ゼロ。

 

その時点で、すでに一つ証明されている。

 

「あなたは“予定から外れない”」

 

奇術師である以上、舞台に依存する。

舞台に縛られる。

 

つまり――

 

制御可能です。

 

視線をわずかに動かす。

 

見えない位置に、すべて配置済み。

 

警視庁。

現場指揮は 夜神総一郎。

 

愚直だが、信頼できる。

命令の遅延がない。

 

その背後にいるのが――

 

夜神月。

 

「日本一の頭脳」

 

評価は妥当です。

 

彼には“選択の監視”を任せている。

人間がどの選択をするか、その傾向を読む役割。

 

(彼は優秀です)

 

だが今回は“補助”に過ぎない。

 

主導は私。

 

さらに外周。

 

FBI。

 

配置は非公開。

動線遮断専門。

 

逃走経路の“穴”を埋める。

 

そして――

 

「裏方」

 

ワタリ。

 

すべての情報は彼を経由する。

遅延ゼロ。

 

誤差ゼロ。

 

偽情報の混入もゼロ。

 

加えて。

 

アイバー。

ウェディ。

 

偽装と侵入。

 

あなたが得意とする領域。

 

「完全に封じています」

 

小さく呟く。

 

(これで“外部要因”は排除完了)

 

次に内部。

 

観客。

 

一般人。

 

だが同時に――

 

観測装置です。

 

視線の数。

 

死角の消滅。

 

あなたは“見られることで成立する”。

 

ならば――

 

「見られ続ければ、自由は消える」

 

論理は単純。

 

そして絶対。

 

(残るは“あなた自身”)

 

視線を上げる。

 

そこにいる。

 

黒羽快斗。

 

確定済み。

 

「さて」

 

静かに口を開く。

 

「逃げる準備はできていますか?」

 

問いかけ。

 

だがこれは確認ではない。

 

圧力です。

 

「あなたの行動はすべてシミュレート済みです」

 

事実。

 

逃走ルート、分岐、選択。

 

すべて網羅。

 

「右に跳べば、3秒後に封鎖」

「左に回れば、5秒で包囲」

「上に逃げれば、視線で捕捉」

 

間。

 

「地下はありません」

 

逃げ場の消滅。

 

「どの選択をしても」

 

一歩、前に出る。

 

「結果は同じです」

 

断言。

 

「捕まる」

 

静寂。

 

観客の息が止まる。

 

(通常の人間なら)

 

ここで思考が止まる。

 

選択肢が消えたと理解した瞬間――

 

絶望する。

 

だが。

 

「……」

 

目の前の男は違う。

 

黒羽快斗。

 

笑っている。

 

(……なぜですか?)

 

理解はできる。

 

論理は完璧。

 

破綻はない。

 

「すべてを潰している」

 

逃走経路。

外部協力。

時間差トリック。

 

すべて封じた。

 

(にもかかわらず)

 

なぜ、その表情を保てる。

 

「興味深い」

 

小さく呟く。

 

「あなたは“理解していない”のか」

 

それとも――

 

「理解した上で、抗っているのか」

 

後者ならば。

 

(価値があります)

 

――黒羽快斗

 

 

「あなたは今、完全に包囲されています」

 

再確認。

 

「論理的に、逃げ場は存在しません」

 

一切の揺らぎなく言う。

 

「それでも」

 

わずかに、間を置く。

 

「まだ笑いますか?」

 

風が吹く。

 

マントが揺れる。

 

観客が固唾を飲む。

 

(さあ)

 

答えなさい。

 

その笑みの意味を。

 

それが――

 

あなたの“最後のトリック”です。

 

***

夜風が、やけに気持ちいい。

 

張り詰めた空気の中で、それだけがやけに現実的だった。

 

(いい夜だ)

 

目の前には、あの名探偵。

L。

 

完璧な布陣。

警視庁、FBI、そして裏方まで全部揃えて――俺を“詰ませる”つもりで来ている。

 

(全部見えてるぜ)

 

逃げ道を潰す配置。

人の視線すら利用した包囲。

選択肢を削り切る設計。

 

まるで詰将棋だ。

 

しかも終盤じゃない。

最初から最後まで、三時間以上かけて詰ませる構成。

 

(丁寧すぎるくらいだ)

 

普通なら、ここで終わり。

 

でも――

 

「……なあ、L」

 

わざと肩の力を抜く。

 

「そんなに固くなるなよ」

 

軽く笑う。

 

「夜風、気持ちいいぜ?」

 

ざわつく観客。

テレビカメラがこちらを抜く。

 

そう――この戦いは中継されている。

 

全国に。

 

「少しは話そうぜ」

 

両手を広げる。

 

「最終決戦なんだろ?」

 

Lは無言。

 

だが視線は外さない。

 

(いいね、その目)

 

「お前さ」

 

歩きながら言う。

 

「全部読んでるつもりなんだろ?」

 

「ええ」

 

即答。

 

「あなたの行動はすべて予測済みです」

 

(即答かよ)

 

思わず笑いそうになる。

 

「じゃあさ」

 

立ち止まる。

 

「俺が今、何考えてるか分かるか?」

 

一瞬の沈黙。

 

「逃走経路の最適化」

 

(違うな)

 

「ハズレ」

 

軽く指を振る。

 

「俺は今――」

 

空を見上げる。

 

「この舞台、どうやって盛り上げるか考えてる」

 

観客がざわめく。

 

カメラが空を映す。

 

「お前は“勝つ”ことしか考えてない」

 

視線を戻す。

 

「でも俺は違う」

 

ニヤリと笑う。

 

「“魅せる”んだよ」

 

Lの目がわずかに細くなる。

 

(いい反応だ)

 

「だからさ」

 

ポケットから小さな懐中時計を取り出す。

 

カチッ、と開く。

 

「教えてやるよ」

 

時間を見る。

 

「21時」

 

針が近い。

 

「あと少しで――」

 

空を指さす。

 

「どでかい花火が上がる」

 

観客がざわめく。

 

「なに……?」

 

警察側も動揺する。

 

「その花火が上がって」

 

一歩前に出る。

 

「消えるまで」

 

静かに言う。

 

「この勝負、終わらせる」

 

――沈黙。

 

その一言で、空気が変わる。

 

(さあ、どうする?)

 

Lは動かない。

 

だが――

 

(気付いたな)

 

計算している。

 

時間。

 

残り。

 

3分もない。

 

(お前の勝ち筋は“長期戦”だ)

 

逃がして、追い詰めて、分岐を潰して。

何重にも罠を重ねて――

 

最終的に一方通行の道に押し込む。

 

(3時間コース)

 

それが、お前の“完璧”。

 

でも。

 

「無理だろ?」

 

軽く笑う。

 

「そのプラン」

 

指で3を作る。

 

「あと3分でやる気か?」

 

観客がどよめく。

 

「……」

 

Lは無言。

 

だが思考は加速している。

 

(いい顔だ)

 

「選べよ」

 

一歩、距離を詰める。

 

「予定通り、長期戦で俺を詰ませるか」

 

間。

 

「それとも」

 

声を落とす。

 

「この3分で、俺を捕まえるか」

 

風が吹く。

 

マントが揺れる。

 

「ちなみに」

 

ニヤリと笑う。

 

「逃げてもいいぜ?」

 

わざと軽く言う。

 

「その代わり」

 

空を見上げる。

 

「花火が消える頃には――」

 

視線を戻す。

 

「俺はいない」

 

完全な挑発。

 

完全な“舞台変更”。

 

(さあ、名探偵)

 

お前の完璧な詰将棋。

 

盤面、ひっくり返してやったぞ。

 

***

 

花火が、夜空を裂いた。

 

ドンッ――!!

 

光が弾ける。

赤、青、金――無数の色が、ドーム全体に降り注ぐ。

 

その瞬間。

 

(来ますね)

 

怪盗キッドが、動いた。

 

「――ショータイムだ」

 

声と同時に。

 

閃光。

 

ガラスドーム全面に、花火の光が反射する。

 

外からの光が内側で乱反射し、視界を焼く。

 

(全反射……)

 

一瞬、白に塗り潰される視界。

 

「っ――!」

 

観客の悲鳴。

 

警察の混乱。

 

だが――

 

(想定内です)

 

「全員、目を閉じて三秒待機」

 

即座に指示を飛ばす。

 

夜神総一郎が復唱し、現場に伝播する。

 

「視界回復後、予定通りの配置に戻れ!」

 

統制は崩れない。

 

(視覚妨害は一瞬)

 

問題はその後。

 

光が収まる。

 

そして――

 

「なっ……!?」

 

そこにいたのは。

 

キッドが、無数にいる。

 

一人ではない。

 

十でもない。

 

百以上。

 

同じ衣装。

同じ動き。

同じ存在感。

 

(分身……いや)

 

「人員混入型の多重偽装」

 

冷静に分析する。

 

一般人。

協力者。

あるいは高度な映像投影。

 

(どれでも関係ありません)

 

「各ユニット、識別フェーズへ移行」

 

即座に命令。

 

アイバーが偽装解析。

ウェディが動線制御。

 

そして――

 

「行動パターンを記録しろ」

 

夜神月が静かに頷く。

 

「本物は“最適解”を選ぶ」

 

他は演技。

 

本物だけが――

 

合理的に動く。

 

(逃げる方向は一つに収束する)

 

だがその瞬間。

 

「まだ終わりじゃねえぜ、L!」

 

上空。

 

雲が揺れる。

 

次の瞬間――

 

現れた。

 

飛行船。

 

一機ではない。

 

十でもない。

 

百機。

 

「……」

 

(事前手配)

 

(時間指定)

 

(雲による隠蔽)

 

完璧な投入タイミング。

 

さらに。

 

ふわり、と。

 

空気が変わる。

 

「……甘い?」

 

キャラメルの匂い。

 

観客がざわめく。

 

「炎色反応」

 

小さく呟く。

 

「香料混合……視覚と嗅覚の同時攪乱」

 

色と匂い。

 

現実感を歪める。

 

花火の色が、さらに強烈になる。

 

赤が濃く。

青が深く。

金が溶ける。

 

(感覚の飽和)

 

人は、正確な判断ができなくなる。

 

(見事です)

 

だが。

 

「対処可能です」

 

静かに言う。

 

「全員、嗅覚遮断」

 

即座にマスク装着の指示。

 

「視覚はフィルター越しに限定」

 

FBIが特殊ゴーグルを装着。

 

「対象は“動き”で判断しろ」

 

情報を削る。

 

本質だけを残す。

 

(奇術は“情報過多”で成立する)

 

ならば――

 

削ればいい。

 

「包囲網、収束開始」

 

夜神総一郎が動く。

 

警官たちが一斉に展開。

 

分身のキッドたちを、外側から圧縮していく。

 

「逃走経路を限定しろ」

 

「一方向に追い込む」

 

まるで水をせき止めるように。

 

流れを作る。

 

(どれだけ分散しても)

 

(最後は収束する)

 

上空。

 

飛行船が降下を始める。

 

「各飛行船、識別開始」

 

FBIが狙撃体勢に入る。

 

「推進装置を無力化」

 

次々と、動きが鈍る。

 

(逃げ場は空にもない)

 

地上。

 

キッドたちが走る。

 

だが。

 

「そこです」

 

一体。

 

わずかに動きが違う。

 

加速のタイミング。

視線の切り方。

重心の移動。

 

(見つけました)

 

「右前方、三番目」

 

即座に指示。

 

「包囲、収束」

 

警官が一斉に動く。

 

他のキッドたちは散る。

 

だが――

 

一体だけが、最短距離を選ぶ。

 

(本物)

 

「逃がしません」

 

さらに圧をかける。

 

前方封鎖。

側面圧縮。

後方追跡。

 

完全な一方通行。

 

(あなたの言う通り)

 

(これは詰将棋)

 

だが。

 

「終局です」

 

その瞬間。

 

キッドが振り返る。

 

笑っている。

 

(……まだですか)

 

理解しているはず。

 

逃げ場はない。

 

それでも。

 

(なぜ笑う)

 

花火が、さらに大きく弾ける。

 

時間は残りわずか。

 

だが――

 

「……」

 

私は確信している。

 

「どれだけ派手でも」

 

静かに言う。

 

「奇術は、現実には勝てない」

 

包囲は、完成する。

 

あとは――

 

捕まえるだけだ。

 

***

――時間は、花火打ち上げの3分前に遡る。

 

スタジオ。

 

強い照明の下で、緊張と興奮が入り混じっていた。

 

「は、はいっ……!」

 

マイクを握る手がわずかに震えている。

 

弥海砂――通称ミサミサが、カメラに向かって声を張る。

 

「現在、最終決戦を前にして……Lと怪盗キッドが会話をしています!」

 

背後のモニターには、ドーム内の映像。

二人が向き合う、異様な静寂の光景。

 

 

「工藤君!」

 

ミサミサが身を乗り出す。

 

「今の会話、どういう意味があるんですか!?」

 

新一はモニターを見たまま、答える。

 

「時間稼ぎ……じゃないな」

 

「え?」

 

「キッドは“流れを変えた”」

 

冷静な分析。

 

「本来、Lは長期戦で詰ませるタイプだ」

 

画面のLを指す。

 

「逃がして、選択肢を削って、最後に一手に追い込む」

 

「うんうん!」

 

「でもキッドはそれを許さない」

 

わずかに口元が上がる。

 

「制限時間を設定して、“短期決戦”に引きずり込んだ」

 

「なるほど!」

 

ミサミサが大きく頷く。

 

「じゃあキッドが有利ってこと!?」

 

「単純じゃない」

 

首を横に振る。

 

「短期戦はリスクが高い」

 

「え?」

 

「ミスが致命傷になるからな」

 

間。

 

「でも」

 

視線が鋭くなる。

 

「キッドはそのリスクを取った」

 

「なんで!?」

 

「……“魅せるため”だろうな」

 

その一言に、スタジオが静まる。

 

――そして。

 

「緊急情報です!」

 

スタッフの声。

 

「中森銀三警部が、すでに現場でキッド確保に動き出しています!」

 

「ええっ!?」

 

ミサミサが驚く。

 

「早くないですか!?」

 

新一はわずかに息を吐く。

 

「いや……あの人なら動く」

 

苦笑に近い表情。

 

「理屈より先に体が動くタイプだからな」

 

「それって大丈夫なんですか!?」

 

「……大丈夫じゃない」

 

即答。

 

「でも」

 

視線を画面へ戻す。

 

「現場の圧力にはなる」

 

――その瞬間。

 

ドンッ!!

 

花火が打ち上がる。

 

スタジオの照明がわずかに揺れる。

 

「きたぁっ!!」

 

ミサミサが叫ぶ。

 

モニターには、光に包まれるドーム。

 

そして――

 

無数のキッド。

 

「な、なにこれ!?」

 

「分身か……」

 

新一の目が細くなる。

 

「いや違う」

 

「え?」

 

「“混ぜてる”」

 

画面を指差す。

 

「本物と偽物を」

 

「どういうこと!?」

 

「人間か、映像か、どっちにしても――」

 

言葉を切る。

 

「見分けがつかないようにしてる」

 

「すごい……!」

 

さらに。

 

「うわっ!飛行船!?」

 

空に現れる無数の影。

 

「準備してたのか……」

 

新一が低く呟く。

 

「タイミングが完璧すぎる」

 

そして。

 

「なんか甘いって声が上がってます!」

 

「キャラメル……?」

 

新一の表情が変わる。

 

「炎色反応に匂いを混ぜたか」

 

「え、それ何!?」

 

「感覚の混乱だ」

 

即答。

 

「視覚だけじゃなく、嗅覚も刺激して判断力を鈍らせる」

 

「そんなことまで!?」

 

「……徹底してるな」

 

だが。

 

画面の中で。

 

Lは、動じていない。

 

「見ろ」

 

新一が指差す。

 

「もう対処してる」

 

警察が統制を取り戻す。

 

マスク。

ゴーグル。

配置の再構築。

 

「すごい……」

 

ミサミサが息を呑む。

 

「全部、想定してたみたい……」

 

「してるだろうな」

 

新一は静かに言う。

 

「Lは“完璧”を前提に動く」

 

「じゃあキッドはもう無理!?」

 

「いや」

 

即答。

 

「まだだ」

 

「え?」

 

「キッドは分かっててやってる」

 

「どういうこと!?」

 

新一の目が鋭く光る。

 

「Lの対処も、計算に入ってる」

 

「ええっ!?」

 

「つまり」

 

ゆっくりと口を開く。

 

「これは“通用するかどうか”の勝負じゃない」

 

間。

 

「“その先”を見据えた一手だ」

 

画面の中。

 

包囲が狭まる。

 

キッドが追い込まれていく。

 

「捕まる……!?」

 

ミサミサが叫ぶ。

 

だが新一は首を振る。

 

「まだだ」

 

その視線は一点を見ている。

 

「キッドはまだ“本命”を出してない」

 

花火が咲き続ける夜空。

 

光と混乱の中で――

 

二人の戦いは、さらに深く沈んでいく。

 

 

***

 

花火の炸裂音が、リズムのように続く。

 

開始から2分。

 

盤面は、さらに加速していた。

 

包囲は収束しつつある。

Lの指揮のもと、警察とFBIは一切の無駄なく動き続けている。

 

(追い詰めています)

 

逃走経路は、ほぼ一本。

 

あとは――捕らえるだけ。

 

その瞬間。

 

「……?」

 

空気が変わる。

 

ひらり、と。

 

何かが落ちる。

 

「雪……?」

 

観客のざわめき。

 

夜空に、白い粒が舞い始める。

 

だがそれは、ただの雪ではない。

 

花火の光を受けて――

 

星のように輝く。

 

さらに。

 

流れる。

 

夜空に、無数の光の線。

 

「流れ星……!」

 

視界が奪われる。

 

上下の感覚が揺らぐ。

 

(視覚の再構築)

 

一瞬、脳が処理を遅らせる。

 

その――

 

一瞬。

 

「……っ」

 

気配。

 

至近距離。

 

(速い)

 

反応した時には、もう遅い。

 

指が、口元に触れる。

 

「――」

 

甘い。

 

強引に押し込まれる。

 

キャラメル。

 

「……」

 

咀嚼。

 

即座に理解する。

 

(なるほど)

 

その間にも――

 

「全員聞けぇ!!」

 

響く声。

 

私の声。

 

「右前方三番隊!そのまま前進してキッドを挟み込め!!」

 

「上空部隊は一斉降下!!逃がすな!!」

 

「中央を空けろ!!そこに誘導しろ!!」

 

現場がざわつく。

 

「Lの指示だ!!」

 

「動け!!」

 

統制が、動きかける。

 

だが――

 

(無意味です)

 

私は咀嚼を止めない。

 

飲み込む。

 

そして。

 

「……その指示は無視してください」

 

静かに言う。

 

一瞬、全体が止まる。

 

「今のは怪盗キッドの模倣です」

 

(事前に仕込んでいます)

 

私は、あらかじめ全員に通達している。

 

“命令には必ず暗号を含める”

 

それがない命令には、従うなと。

 

「現在の指示に暗号は含まれていません」

 

冷静に続ける。

 

「従う必要はありません」

 

現場が、再び統制を取り戻す。

 

(当然です)

 

声が同じであることは、すでに公表している。

 

ならば――

 

(使ってくる)

 

そして、対策も済み。

 

「……」

 

視線を上げる。

 

(あなたの欠点)

 

怪盗キッド。

 

「あなたは、やはり殺さない」

 

小さく呟く。

 

キャラメルを詰める技術があるなら。

 

睡眠薬。

毒。

意識遮断。

 

いくらでも手段はある。

 

だが、しない。

 

「美学」

 

それが、あなたを縛る。

 

「最終決戦の相手には使わない」

 

(予測通りです)

 

口内の違和感は消えた。

 

指揮に支障はない。

 

「包囲を継続」

 

再び命令を出す。

 

だが。

 

(……)

 

違和感。

 

わずか、3秒。

 

その間に、思考が回る。

 

(なぜ、キャラメルを入れた)

 

無意味な行動ではない。

 

(声を使うため?)

 

それなら他にも手段はある。

 

(いや)

 

違う。

 

「……」

 

気付く。

 

「なるほど」

 

小さく呟く。

 

「あなたは“わざと”間違えた」

 

先ほどの指示。

 

あまりにも分かりやすい誘導。

 

「無視される前提」

 

つまり――

 

(逆です)

 

「先ほどの指示こそが」

 

目を細める。

 

「唯一の正解ルート」

 

観客がどよめく。

 

(私は、あなたの思考を読む)

 

だが。

 

(あなたも、私を読んでいる)

 

「……見事です」

 

認める。

 

「ですが」

 

遅い。

 

たった3秒。

 

だが――

 

その3秒は。

 

あまりにも長い。

 

「――L」

 

上空から声。

 

見上げる。

 

そこにいる。

 

キッド。

 

笑っている。

 

その背後。

 

ハングライダー。

 

すでに、体は持ち上げられている。

 

「答え、分かったか?」

 

風に乗る声。

 

高度が上がる。

 

「……ええ」

 

静かに答える。

 

「ですが」

 

視線を外さない。

 

「まだ終わりではありません」

 

キッドは笑う。

 

「だろうな」

 

花火が弾ける。

 

光の中で。

 

「でもさ」

 

マントが大きく広がる。

 

「この3秒」

 

指を三つ立てる。

 

「重かっただろ?」

 

(……)

 

否定はしない。

 

「じゃあな」

 

軽く手を振る。

 

「続きは空の上でやろうぜ」

 

ハングライダーが加速する。

 

夜空へ。

 

雪と流れ星の中を――

 

怪盗キッドが、舞い上がる。

 

***

風が、すべてをさらっていく。

 

花火の音も、観客のざわめきも、地上の喧騒も――

この高さまで来ると、全部が遠い。

 

代わりにあるのは、夜空と。

 

「……最高だな」

 

思わず口に出る。

 

流れ星が横切る。

雪みたいに舞う粒子が光を反射する。

その向こうで、大輪の花火が咲く。

 

そして、その真ん中で。

 

俺は――

 

Lと一緒に宙を舞っている。

 

「なあ」

 

軽く振り返る。

 

「こんな最高の景色なのにさ」

 

肩をすくめる。

 

「男2人って、悲しくね?」

 

風に声が流れる。

 

Lは、無表情のままこちらを見る。

 

「合理的ではありませんね」

 

「だよなぁ」

 

思わず笑う。

 

「せめて美女がよかったぜ」

 

「あなたの優先順位は理解不能です」

 

「そりゃどうも」

 

軽口を叩きながらも、目は離さない。

 

(落ち着いてるな)

 

普通なら、この高さ、この状況。

 

多少は焦る。

 

でもこいつは違う。

 

(ほんとに、面白い)

 

「で?」

 

高度を少し上げながら言う。

 

「どうだったよ、さっきの」

 

「キャラメルですか」

 

「そこも含めて全部」

 

花火が、すぐ横で弾ける。

 

赤い光が、Lの顔を照らす。

 

「評価します」

 

即答。

 

「非常に精度が高い」

 

「へぇ?」

 

「視覚、嗅覚、聴覚」

 

指を折るように続ける。

 

「すべてに干渉していた」

 

「だろ?」

 

「ただし」

 

間。

 

「決定打にはならない」

 

(やっぱりそれか)

 

「厳しいねぇ」

 

「事実です」

 

淡々としている。

 

「あなたの戦術は“混乱”を生む」

 

「でも私は」

 

こちらを見る。

 

「混乱を排除する側です」

 

(……)

 

ニヤッと笑う。

 

「言うじゃねえか」

 

「ですが」

 

続ける。

 

「キャラメルの一手は興味深い」

 

「だろ?」

 

「あれは“時間”を奪う行為」

 

頷く。

 

「たった数秒」

 

「ですが」

 

目が細くなる。

 

「私にとっては“長い”」

 

(気付いてたか)

 

「でもさ」

 

少し身を乗り出す。

 

「その3秒で、俺はここにいる」

 

夜空を指す。

 

「結果は?」

 

「……」

 

Lは一瞬、黙る。

 

「現時点では」

 

静かに言う。

 

「あなたの優位です」

 

「素直だな」

 

「ですが」

 

すぐに続ける。

 

「最終的な結果は未定です」

 

(負けを認めねえタイプか)

 

「いいね」

 

風を切りながら笑う。

 

「そうじゃないとつまらねえ」

 

少し間を置く。

 

花火がまた弾ける。

 

金色の光が広がる。

 

「なあ、L」

 

「なんですか」

 

「お前さ」

 

視線を向ける。

 

「楽しいか?」

 

「……」

 

一瞬の沈黙。

 

だが。

 

「はい」

 

即答。

 

(……)

 

思わず笑う。

 

「だろうな」

 

「あなたは?」

 

「決まってるだろ」

 

大きく両手を広げる。

 

「最高だ」

 

夜空を背に。

 

「こんな相手、そうそういねえ」

 

流れ星がまた走る。

 

「頭もキレる」

 

「準備も完璧」

 

「その上で」

 

ニヤリと笑う。

 

「俺を捕まえようとしてくる」

 

Lは静かに聞いている。

 

「いい友達になれそうだな」

 

軽く言う。

 

「断ります」

 

即答。

 

「犯罪者とは関係を持ちません」

 

「冷てえなぁ」

 

「当然です」

 

(ほんとブレねえ)

 

「でもさ」

 

声を落とす。

 

「さっき言ったろ?」

 

「……」

 

「完璧だから負けるって」

 

Lの目がわずかに動く。

 

「説明を求めます」

 

「まだダメだ」

 

首を振る。

 

「もうちょい考えろ」

 

「……」

 

「ヒントはやった」

 

指を立てる。

 

「“捕まるけど捕まえられない”」

 

風が強くなる。

 

高度がさらに上がる。

 

「それと」

 

空を見上げる。

 

「奇術は“奇妙な術”」

 

「……」

 

Lは黙る。

 

(考えてるな)

 

「いいぜ、その顔」

 

ニヤリと笑う。

 

「そのまま来いよ」

 

花火が、クライマックスに近づく。

 

連続で打ち上がる光。

 

夜空が昼みたいに明るい。

 

「あと少しで終わりだ」

 

ぽつりと呟く。

 

「この時間も」

 

「この勝負も」

 

Lがこちらを見る。

 

「終わらせます」

 

静かな声。

 

「あなたを捕まえて」

 

(……)

 

笑う。

 

「やってみろよ」

 

風を切る。

 

二人は、夜空のど真ん中で。

 

流れ星と花火に包まれながら――

 

まだ、戦っている。

 

***

 

夜空の冷気が、思考をさらに澄ませる。

 

高度、風速、進行方向――すべて把握済み。

 

(予定通りです)

 

怪盗キッドは、私を“盾”にしてハングライダーで上昇する。

この展開も、当然の帰結。

 

「……逃走フェーズに移行」

 

小さく呟く。

 

そして。

 

「第二段階、開始」

 

耳元の通信機に、わずかにノイズ。

 

直後――

 

重低音。

 

上空を切り裂く回転音。

 

見上げるまでもない。

 

来ましたね。

 

操縦席にいるのは――

夜神月。

 

彼の操縦は安定している。

無駄がない。

 

そして、その後方。

 

無数の影。

 

一機ではない。

 

十でもない。

 

千。

 

ヘリコプターが、空を埋める。

 

(完全包囲)

 

逃走経路は、すべて塞がれた。

 

「外周、収束」

 

私が命じるまでもなく、月が理解している。

 

ヘリは円を描くように配置され、徐々に狭めていく。

 

(逃げ道は一つ)

 

残すのは――

 

誘導路。

 

キッドの進行方向を、わずかに開ける。

 

「……そこに行きますか」

 

キッドは気付いているはずだ。

 

それでも。

 

(選ばざるを得ない)

 

風を切りながら、進路が固定される。

 

そして。

 

高層ビル。

 

その屋上へ。

 

二人同時に、着地する。

 

コンクリートの感触。

 

夜風が一段と強い。

 

花火の光が、すぐ近くで炸裂する。

 

(残り)

 

視線を上げる。

 

「……90秒」

 

静かに告げる。

 

キッドはマントを翻し、こちらを向く。

 

余裕の笑み。

 

(まだ崩れませんか)

 

「さて」

 

私はゆっくりと歩き出す。

 

「あなたの手札は」

 

間。

 

「こんなものではないでしょう」

 

キッドの目が、わずかに細くなる。

 

「……どういう意味だ?」

 

「私の見立てでは」

 

視線を外さずに続ける。

 

「あなたは“3時間”戦える」

 

風が吹く。

 

「今回のこれは」

 

周囲を見渡す。

 

花火、ヘリ、包囲網。

 

「前哨戦に過ぎません」

 

断言。

 

「本番はこれからです」

 

キッドは黙っている。

 

「花火の時間では」

 

静かに言う。

 

「あまりにも短すぎる」

 

一歩、距離を詰める。

 

「あなたほどの人間が」

 

「この程度で終わるはずがない」

 

(評価しています)

 

「3時間は攻防できる」

 

「それだけの価値がある」

 

「それだけの準備をしている」

 

わずかに口元を歪める。

 

「認めます」

 

その一言に、空気が変わる。

 

だが。

 

「だからこそ」

 

声を落とす。

 

「ここで終わらせる」

 

静寂。

 

花火の音だけが響く。

 

そして――

 

「黒羽快斗」

 

その名を、はっきりと告げる。

 

黒羽快斗。

 

風が止まったように感じる。

 

「あなたが怪盗キッドである確率は」

 

「100%です」

 

一切の迷いなく言う。

 

「年齢、行動範囲、身体能力」

 

「変装技術、そして――声」

 

「すべて一致しています」

 

一歩、さらに近づく。

 

「そして何より」

 

目を見据える。

 

「あなたは“楽しんでいる”」

 

「この状況を」

 

「この対決を」

 

「この危機を」

 

間。

 

「それはあなた以外にあり得ない」

 

完全な断定。

 

「どうですか?」

 

静かに問う。

 

「否定しますか?」

 

(ここで揺らぐか)

 

(あるいは――)

 

キッドは、どう出る。

 

残り時間はわずか。

 

だが。

 

(ここが核心)

 

この一瞬で――

 

すべてが決まる。

 

***

花火の光が、視界を埋め尽くす。

 

残り――1分。

 

音の壁。

光の洪水。

この空間はすでに、外界から切り離されている。

 

(……なるほど)

 

ここでは、我々の声は届かない。

 

「L」

 

怪盗キッドが口を開く。

 

「俺の宿題は解けたか?」

 

「……“大事なものを盗む”」

 

静かに答える。

 

「ですが、現時点では何も盗んでいませんね」

 

「解けないよな……」

 

笑う。

 

「今ここで盗む訳だから」

 

指を鳴らす。

 

「さぁフィナーレといこうじゃないか」

 

花火がさらに増える。

 

連続、連続、連続。

 

夜空が昼のように明るい。

 

「この花火の流星群とともによ」

 

一歩、近づく。

 

「この花火の乱撃じゃ、俺たちの会話は俺たちにしか聞けない」

 

確かに。

 

外部は、すべて遮断されている。

 

「全てさらけだそうじゃないか」

 

(……)

 

合理的です。

 

「さぁ」

 

キッドが言う。

 

「あなたの否定を待って攻防戦といきましょうか」

 

私は、わずかに間を置く。

 

そして。

 

「いいえ」

 

静かに言う。

 

「あなたは――」

 

視線を固定する。

 

「黒羽快斗です」

 

完全な断定。

 

その瞬間。

 

「……ああ」

 

キッドは、あっさりと頷いた。

 

「俺は黒羽快斗だ」

 

認めた。

 

(……)

 

次の瞬間。

 

指が鳴る。

 

パチン。

 

白いスーツが揺らぎ――

 

黒羽快斗の姿になる。

 

そして。

 

「っと」

 

金属音。

 

気付いた時には――

 

手錠。

 

私の手と、彼の手が繋がれている。

 

「……」

 

「いやあ」

 

快斗が笑う。

 

「匂いで手錠持ってるのバレたくなかったからさ」

 

軽く肩をすくめる。

 

「キャラメルの匂いばら撒いて正解だよ」

 

(……そこですか)

 

完全に、盲点。

 

「はいはい」

 

彼は続ける。

 

「俺の負けで捕まったよ」

 

そして。

 

こちらを見て、言う。

 

「この意味わかるな?」

 

(……)

 

理解する。

 

すべてが繋がる。

 

「分かりました」

 

静かに答える。

 

「この手は読めていませんでした」

 

そして。

 

「答えも分かりました」

 

花火が、最後の一発を準備している。

 

「あなたは」

 

ゆっくりと言葉にする。

 

「“捕まるが、捕まえられない”を実行した」

 

「正解」

 

快斗が笑う。

 

――ドンッ!!!

 

最後の花火が、夜空を裂く。

 

光が、すべてを包む。

 

「楽しかったぜ、L」

 

「私は楽しくありません」

 

即答する。

 

光が消える。

 

静寂。

 

そして――

 

最終決戦は、終わった。

 

エピローグ

 

私は理解している。

 

この戦い。

 

「……私は、踊らされていました」

 

怪盗キッドの手中で。

 

私は、完璧を構築した。

 

逃走経路を塞ぎ。

人員を配置し。

すべてを論理で支配した。

 

(100%成功するはずでした)

 

彼が逃げる限り。

 

私は追い詰める。

 

詰将棋のように。

 

必ず。

 

だが――

 

「彼は、逃げなかった」

 

それどころか。

 

「自ら捕まった」

 

(……)

 

それは、私の前提を崩壊させる。

 

私は、彼の正体を突き付けた。

 

黒羽快斗であると。

 

否定させ、論破し、追い込む。

 

その後、逃走を開始した瞬間を捕らえる。

 

それが、勝利条件。

 

だが。

 

「彼は認めた」

 

そして、捕まった。

 

(……結果)

 

物理的には拘束。

 

だが。

 

「証拠はない」

 

変装、分身、錯乱。

 

すべて私自身が「フェイクの可能性」を提示している。

 

この状況で。

 

「映像を証拠にすることはできない」

 

日本の法律上。

 

彼を“怪盗キッド”として逮捕することは不可能。

 

(つまり)

 

彼は。

 

「捕まったが、捕まえられていない」

 

そして。

 

もう一つ。

 

(本質)

 

彼が盗んだもの。

 

それは――

 

「私の“やる気”」

 

退屈を打破するための存在。

 

その対象を。

 

彼は、自ら壊した。

 

「……」

 

あの瞬間。

 

彼が正体を認めた時。

 

私は。

 

「興味を失った」

 

完璧な詰将棋は、意味を失う。

 

なぜなら。

 

私は“知恵比べ”を望んでいた。

 

(舞台が違った)

 

いいえ。

 

「舞台を変えられていた」

 

最初から。

 

すべて。

 

キッドのシナリオ。

 

「……見事です」

 

結論。

 

「今回は、私の負けです」

 

静かに認める。

 

だが。

 

「あなたと戦いとは思いません」

 

これは、勝負ではない。

 

「奇術です」

 

そして。

 

私は再び。

 

退屈と向き合う。

 

次に現れる“刺激”を待ちながら。

 

――やがて。

 

キラが現れるその日まで。

 

***

 

エピローグ2

 

夜風がまだ少し甘い。

キャラメルの匂いが、かすかに残っている気がする。

 

(……あぶねえ)

 

正直、背筋が冷えていた。

 

L。

あいつは、次元が違う。

 

正攻法で勝つ?

無理だ。

 

何通りもシミュレートした。

逃走ルート、陽動、分断、奇術――全部試した。

 

(勝ち筋が、一つもねえ)

 

あの瞬間、はっきり理解した。

 

だから俺は“勝つ”のをやめた。

 

(……あいつは完璧すぎる)

 

だからこそ、欠点もある。

 

完璧を求めるってことは、

“勝負の前提”を崩されると脆い。

 

それを思い出したのは――昔だ。

 

中森青子とガキの頃、ゲームで勝負してたとき。

 

必死で練習して、作戦も立てて、完璧に準備して――

いざ対戦したら。

 

「めんどくさいから負けてあげる」

 

って、あいつが適当に負けた。

 

(あのときの虚しさ)

 

勝ったのに、何も残らない。

 

むしろ。

 

やる気が全部消えた。

 

(……あれだ)

 

今回、俺がやったのはそれと同じ。

 

戦うステージを、ずらした。

 

でも、それに気付かせないために――

 

派手にやる。

 

分身。飛行船。花火。キャラメル。声真似。

全部盛りだ。

 

“最高のショー”にして。

 

最後に――落とす。

 

「はい、捕まりました」

 

ってな。

 

(結果?)

 

俺の勝ちだ。

 

翌日。

 

普通に学校。

 

「おはよー黒羽ー」

 

「昨日のニュース見た?」

 

教室に入ると、すでにその話題で持ちきり。

 

俺は適当にカバンを置いて、席に座る。

 

「いやーやばくね?キッドとLのやつ」

 

「黒羽に似てるって言われてたぞお前」

 

「は?ねーよw」

 

笑いが起きる。

 

「絶対フェイク画像だろあれ」

 

「だよなー、誰かが黒羽巻き込んだんだろ」

 

「黒羽そんな器用じゃねーし」

 

(おい)

 

最後のは余計だ。

 

「ってか黒羽がキッドなら学校来てねーよ」

 

「確かにww」

 

(……助かる)

 

世間ってのは、案外単純だ。

 

“あり得ない”って思ったら、それで終わる。

 

そこにどれだけ論理があってもな。

 

「なー黒羽」

 

後ろのやつが肩を叩く。

 

「もしお前がキッドだったらどうする?」

 

「決まってんだろ」

 

俺は軽く笑う。

 

「こんなとこでのんびりしてねーよ」

 

また笑いが起きる。

 

(正解だ)

 

その通りだ。

 

“普通”に見えることが、一番の防御。

 

「もう、あんたたちうるさい!」

 

声が響く。

 

振り向くまでもない。

 

中森青子だ。

 

「朝からキッドキッドって!授業始まるでしょ!」

 

クラスが少し静かになる。

 

そして、青子が俺の前に立つ。

 

じっと見てくる。

 

「……ねえ」

 

「なんだよ」

 

「昨日のやつ」

 

少し間を置く。

 

「ほんとにあんたじゃないよね?」

 

(……来たか)

 

俺はため息をつく。

 

「はあ?」

 

「なんで俺なんだよ」

 

「だって……」

 

青子は少し言い淀む。

 

「なんか、雰囲気が似てるっていうか……」

 

「気のせいだろ」

 

即答。

 

「俺があんな目立つことするかよ」

 

「……するでしょ」

 

「しねーよ」

 

「する!」

 

「しねー!」

 

小声で言い合いになる。

 

周りはニヤニヤして見てる。

 

「じゃあさ」

 

青子が腕を組む。

 

「なんであんなに楽しそうなの?」

 

「は?」

 

「テレビ見てて思ったの」

 

少し真剣な顔。

 

「あのキッド……すっごく楽しそうだった」

 

(……)

 

一瞬、言葉に詰まる。

 

「……知らねーよ」

 

視線を逸らす。

 

「泥棒が楽しいとか意味わかんねーだろ」

 

「でもあんたもさ」

 

じっと見てくる。

 

「そういう顔、たまにするじゃん」

 

(鋭いな……)

 

「気のせいだって」

 

軽く笑ってごまかす。

 

「それよりお前」

 

話題を変える。

 

「昨日の花火、見てたのか?」

 

「見てたに決まってるでしょ!」

 

ぱっと表情が明るくなる。

 

「すっごい綺麗だった!あんなの初めて!」

 

「だろうな」

 

「でも最後の方、なんかよく分かんなくて……」

 

「だろうな」

 

「ちゃんと説明しなさいよ!」

 

「俺が知るか」

 

いつもの調子に戻る。

 

青子は少し不満そうにしながらも、どこか安心した顔をしていた。

 

「……ま、いいけど」

 

席に戻りながら、小さく呟く。

 

「黒羽がキッドとか、ありえないもんね」

 

(……ああ)

 

そのままでいてくれ。

 

その方が、都合がいい。

 

窓の外を見る。

 

空はもう、普通の青。

 

(さてと)

 

次は――

 

工藤新一。

 

テレビで好き勝手言ってくれたよな。

 

「キッドの手口は~」とかなんとか。

 

(……いいぜ)

 

口元が自然と緩む。

 

「次はお前だ」

 

小さく呟く。

 

「ちょっと挑発してやるか」

 

退屈しのぎには、ちょうどいい相手だ。

 

~Fin~




あとがき。

どうも、梅酒24です。さーらりとしたーウメーシュ☆彡

同じ声優のキャラクター3名を登場させて、あれこれと組み合わせて遊んだシナリオになります。もともと暇なときに書いたものを、今回少し手直しして公開しました。

Lと怪盗キッドを戦わせた場合、やはりLの方が有利だろうと考えていました。そのままLが勝つ展開ではあまりにも王道すぎる。しかし一方で、怪盗キッドが正面からLに勝つ方法がどうしても思いつかない。そこで発想を変えて、「勝負の舞台そのものが違っていた」というキッドらしい結論に落とし込み、このプロットを作りました。

題名自体はネタバレ気味ではあるのですが、本当の意味での“オチ”までは明かしていません。作中にはいくつかヒントを散りばめていたので、勘のいい読者であれば「やる気を削ぐ」という結末の方向性には気付けたかもしれません。ややベタな手法ではありますが、こういう終わらせ方をあえて選ぶのも面白いかなと思っています。

また、長編でやるとどうしても間延びしてしまう内容なので、このくらいの長さがちょうどいいと判断しました。全体の構成としては、いわゆる江戸川乱歩風の短編ミステリを意識しています。心理戦を軸にしつつ、表面的な展開とは逆の真相に着地し、最後に簡単な解説で締める――そんなオーソドックスな形です。

楽しんでいただけたなら嬉しいです。もし「こういう設定でも読んでみたい」といったご要望があれば、気軽にコメントいただければ書くかもしれません。これまでに書き溜めていた二次創作も、今後少しずつ公開していく予定なので、そちらも楽しんでいただけたら幸いです。
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総合評価:380/評価:7.29/連載:33話/更新日時:2026年04月20日(月) 07:00 小説情報

複数人での好き勝手憑依転移記(チート掲示板を添えて)(作者:名前思いつかないです)(原作:呪術廻戦)

転移者15人がほかのキャラに憑依し、世界を暴れる話。▼転移者の憑依したキャラ▼花京院典明(ジョジョの奇妙な冒険 第三部スターダストクルセイダーズ)▼相澤消太(僕のヒーローアカデミア)▼八雲紫(東方Project)▼ビルダーベア(SCP財団)▼太陽(MARIKINONLINE4)▼ローラン(Library of ruina)▼宝生永夢(仮面ライダーエグゼイド)…


総合評価:293/評価:6.56/連載:20話/更新日時:2026年05月08日(金) 00:00 小説情報

ようこそ殺戮至上主義の教室へ(作者:戦竜)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

ようこそ実力至上主義の教室へを基に、「バトル・ロワイアル」の設定を使った作品です。▼時系列では1年生編の3学期開始直後(原作8巻くらい)の頃になります。▼綾小路たち生徒160名が最後の一人になるまで殺し合いを強いられる史上最悪の椅子取りゲーム。▼原作のバトル・ロワイアルのように、主人公がヒロインと脱出するようなことはなく、▼完全に最後の一人になるまで殺し合い…


総合評価:161/評価:7.56/完結:13話/更新日時:2026年03月27日(金) 00:00 小説情報


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