進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第百十五話

845年2月上旬

 

 

シガンシナ区の中央にあるのどかな一軒家に移り住んでから、およそ一ヶ月が経過した頃だった。

 

 

 

俺たちのささやかな隠遁生活は、あっという間に終わりを告げた。

 

 

原因は単純明快。シガンシナ区の住民の誰かが、あの大熱狂に包まれた凱旋パレードの際に、俺たち『ベニア姉妹』の顔を間近で見ていたのだ。

 

 

 

「間違いない! あの黒髪の女神様と、鬼神リーシェ様だ!!」

 

 

誰かのそんな叫び声から、噂は瞬く間に街中へと燃え広がった。

 

 

それからというもの、数日間は俺たちの家の周辺がちょっとしたお祭り騒ぎ、あるいはパニック状態に陥ることになった。

 

 

「一目だけでも英雄の顔を拝みたい」と押し寄せてくるミーハーな貴婦人たちや、非番の駐屯兵団の兵士たち、さらには「あの時の別嬪さんらじゃねぇか!」と串焼きや果物を両手に抱えてやってくる屋台のおっちゃんなど、老若男女問わず所狭しと家の周囲に押しかけてくる事態となったのだ。

 

 

 

流石にこのままでは生活に支障が出る。

俺がどう対応すべきか頭を抱えていると、意外なことにリーシェがスッと前に出た。

 

 

「皆様、私たちを歓迎してくださるお気持ちはとても嬉しく思います。ですが、私のかわいいアトラスは少しお疲れなのです。静かに見守っていただけると助かりますわ……ふふっ」

 

 

彼女は満更でもない──というか、自慢の愛妻を周囲にこれでもかと見せびらかす優越感に浸りつつも、背後に絶対に逆らってはいけない特級のオーラ(殺気)を微かに漂わせながら、見事にその場を収めてみせた。

 

 

 

俺との平穏な生活を守るために見事な外交手腕を発揮したのだ。人間、やればできるものである。

 

 

 

しかし、騒動が落ち着いた後も「英雄特権」とでも言うべき現象は続いた。

 

 

 

街へ買い物に出れば、肉屋も八百屋もパン屋も、誰もが「お金なんていらねぇよ! 持ってきな!」と色んな贈り物や食材を手渡してくるのだ。

 

 

 

断りきれずに受け取っているうちに、気がつけばしばらく食費が完全にゼロになるという、ありがたいやら申し訳ないやら分からない生活が続くことになった。

 

 

 

中には、わざわざ家までやってきて「英雄様のために、家具を特注で作らせてくだせぇ!」と申し出てくれる凄腕の家具屋の店主まで現れた。

 

 

 

流石にそこまで高価なものをタダで頂くのは、俺の前世の小市民的な良心が痛む。

 

 

「お気持ちは本当に嬉しいのですが、それではお店にご迷惑がかかってしまいます。せめて、元値の半額を支払わせてください。それで納得していただけませんか?」

 

 

俺が申し訳なさそうにそう提案すると、店主は「女神様はなんてお優しいんだ……!」と涙ぐんで快諾してくれた。

 

 

よし、これで円満解決だ。そう安堵した直後。

 

 

 

隣に立っていたリーシェが、身を乗り出して店主にこう告げたのだ。

 

 

「それじゃあ、真っ先に『大きなベッド』を作ってちょうだい。特大サイズで、どれだけ激しく動いても絶対に軋まない、頑丈なやつをね」

 

 

(……ちょっと待て。一体そのベッドで『ナニ』をするつもりなんだ、お前は……!)

 

 

俺は顔を引き攣らせながら心の中で盛大なツッコミを入れたが、リーシェのあまりにも真剣な眼差しに、口に出して止める勇気は出なかった。

 

 

そんなこんなで、周囲の過剰な温かさに戸惑いつつも、今日も平和な日常を過ごしていた訳なのだが──事件は、買い物の帰りに突然起きた。

 

 

シガンシナ区の入り組んだ路地。

 

 

 

両手に紙袋を抱え、リーシェと並んでのんびりと歩いていた俺が、見通しの悪い街角を曲がろうとしたその時。

 

 

「わっ!」

 

出会い頭に、曲がり角の向こうから走ってきた小さな影と、正面からドンッとぶつかってしまった。

 

 

 

俺の口から、無意識のうちに「わっ!」という情けない、ひどく女の子らしい声が漏れる。

 

 

「痛っ……!」

 

目の前で、尻もちをついた少年が声を上げた。

 

 

 

落とした紙袋を拾おうと視線を下げ、その少年の顔を見た瞬間。俺の思考は、文字通り真っ白にフリーズした。

 

 

 

(……っ!!!)

見間違えるはずがない。

 

 

少し長めの茶色い髪。反抗的で、どこか危うい意志の強さを秘めた大きなエメラルドグリーンの瞳。

 

 

まだあどけなさの残るその顔は、間違いなく幼き日の『エレン・イェーガー』その人だった。

 

 

 

原作終盤、あの恐るべき『地鳴らし』を引き起こし、無数の超大型巨人を率いて人類の八割を無慈悲に踏み潰した、進撃の巨人における最大の被害者にして『究極のラスボス』

 

 

 

その元凶となる少年が、今、俺の目の前で尻もちをついて目を瞬かせているのだ。

 

 

 

ドクンッ、と心臓が嫌な音を立てた。

 

 

 

思わず額からツーッと冷や汗が流れ落ちる。

 

 

壁が壊される前に会うかもしれないとは思っていたが、いざ本物を目の前にすると、未来のあの凄惨な光景がフラッシュバックし、本能的なプレッシャーに息が詰まりそうになる。

 

 

 

「……アトラス?」

 

 

俺のその『異常な緊張』を、隣にいたリーシェが見逃すはずがなかった。

 

 

 

彼女の纏う空気が一変した。

 

 

 

つい先程までのお花畑モードが嘘のように消え去り、極低温の殺気が路地裏を満たす。

 

 

 

彼女のアイスブルーの瞳が、目の前のただの少年を『アトラスを脅かす排除すべき外敵』として完全にロックオンしようとしていた。

 

 

 

(やばい! このままだとエレンが秒で八つ裂きにされる!!)

 

 

歴史が変わるどころの騒ぎじゃない。主人公が第一話の前に死んでしまう!

 

 

 

俺は何とか平静を装い、リーシェの殺気を逸らすために素早く行動に出た。

 

 

「大丈夫? 怪我は無い?」

 

 

その場でスッとしゃがみ込み、俺は目の前の少年へと手を差し出した。

 

 

 

前かがみになったことで、自身の背中まで伸びる艶やかな漆黒の髪がサラリと肩にこぼれる。

 

 

 

俺はそれを細い指でそっと耳にかけながら、神が創り出した黄金比の『比類なき超絶美少女フェイス』に、ありったけの優しさを込めた微笑みを浮かべて問いかけた。

 

 

 

……やばい。エレンへの恐怖と、リーシェを止めなきゃという焦りで緊張し過ぎたせいで、無意識のうちに俺の『完璧美少女モード』が最大出力で発動してしまった。

 

 

 

その破壊力は、もうすぐ10歳になる純情な少年にとってはあまりにも劇薬すぎた。

 

 

 

目の前のエレンは、差し出された俺の手と、間近で覗き込んでくる俺の顔を交互に見つめ……ボンッ! と音が鳴りそうなほど、一瞬にして顔面を真っ赤に染め上げた。

 

 

 

「あ……えっと、その……!」

 

エレンの瞳が限界まで見開かれ、完全に硬直している。人類の八割を踏み潰す未来の悪魔が、今はただの、初恋をこじらせかけたウブな少年のように震えていた。

 

 

 

何とか声を絞り出すようにして、エレンはパニック状態で叫んだ。

 

 

「だ……大丈夫……です……っ! ……ご、ごめんなさい!!!」

 

 

俺の手を取ることもできず、エレンは弾かれたように立ち上がると、猛烈なダッシュで元来た道へと逃げるように走り去っていった。

 

 

 

その耳の先まで真っ赤に染まっていたのを、俺は見逃さなかった。

 

 

「あ、待って……行っちゃった」

 

俺は差し出した手を宙に浮かせたまま、ポカンとその後ろ姿を見送った。

 

 

 

とりあえず、エレンがリーシェに殺される最悪の事態は回避できたようだ。

 

 

ホッと胸を撫で下ろし、俺は隣に立つリーシェの方へと振り返った。

 

「急に飛び出してきて危なかったね、リーシェ。でも、怪我がなくてよかっ───」

 

 

俺の言葉は途中で止まった。

 

 

リーシェは、腕を組みながら、ぷくぅーっと頬を限界まで膨らませ、これ見よがしに「ぷいっ」とそっぽを向いていたのだ。

 

 

その瞳には、「私以外にそんなとびきりの笑顔を見せるなんて許せない」という、どす黒い嫉妬と猛烈な不満がありありと浮かんでいる。

 

 

 

(……なんか、これ)

 

 

俺は、去っていった未来のラスボスと、拗ねて不機嫌をアピールしている隣に立つ正妻気取りの狂犬を交互に見比べながら、心の中で深い深いため息をついた。

 

 

 

(……完全に、ちょっと"アレ"な同人誌みたいな邂逅を果たしちまったな……)

 

 

壁が壊される運命の足音は、確実に近づいているというのに。

 

 

俺の周囲を取り巻く状況は、どうにもシリアスになりきれないカオスな日常のまま、刻一刻と『その日』へ向けて時間を進めていくのだった。

 

 




やっと原作主人公と顔合わせできましたね。
運命の歯車は、最早予想もつかない段階に到達しました。
感想、考察、今後の展開予想等お待ちしております(*^^*)
次回更新お楽しみに。
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