進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
いやー、まさかあのエレン少年が一人で家凸してくるとはなー
流石、将来的に壁外の人類八割を無慈悲に踏み潰しただけのことはある。
その恐怖を知らぬ行動力たるや、敵ながら(敵じゃないけど)あっぱれと言うほかない。
よくぞ勇気を出して訪ねてきた。褒美として、お前に私のクッキーをやろう……
………いや、なんかあの子種王みたいな最悪にゲスな言い回しになっちまった。却下だ却下。
ともかく、その行動力へのささやかな褒美として、このお姉兄(おねにい)さんとリーシェ特製のクッキーを振る舞ってやろうじゃないか。
俺は、玄関先で完全にフリーズし、ガチガチに固まっているエレン少年の小さな手を優しく引き、リビングへと案内した。
温かみのある木目調の丸テーブルと、それに合わせた背もたれ付きの木の椅子。
そこに彼をちょこんと座らせる。
エレン少年は、まるでキース教官の前に引きずり出された訓練兵のように、背筋をピンと伸ばして両手を膝の上に揃え、ガチガチに緊張していた。
「少し待っててね」
エレンにそう微笑みかけ、俺は奥のキッチンへと向かう。
そこには、焼き上がったばかりのクッキーが並ぶオーブンの前で、腕を組み、これ見よがしに片頬をぷくぅーっと膨らませてそっぽを向いているリーシェの姿があった。
背中から『私以外の男(子供だけど)を家に上げるなんて聞いてない』という猛烈な不満のオーラが立ち上っている。
これを放置すれば、後でどんな凄惨なヤンデレ的報復(物理的・精神的な過剰愛撫)が待っているか分かったものではない。
俺は足音を忍ばせて彼女の背後に近づき、その華奢な肩にそっと手を置いた。
そして、不機嫌にそっぽを向くリーシェの耳元にスッと口を近付け、自分でも引くくらい甘美な、とろけるような猫なで声を出して囁いた。
「リーシェ……そんなにへこまないでよ……この後、二人きりになったら、いっぱいぎゅってしてあげるから……ね?」
前世の、元男としてのプライド?
はっ、笑わせるな。
そんなくだらないもの、この平穏な生活と自身の貞操を維持する為に、とうの昔にシガンシナ区の川底に投げ捨ててやったさ。
むしろ、完全に開き直ってこの『超絶美少女の特権である男を狂わせ女を落とす色気』を自在に使いこなせるようになってからというもの、今までの無駄な葛藤が嘘のように消え去って非常に生きやすい。
俺の甘い囁きと吐息が耳をくすぐった瞬間、リーシェの肩がビクッと跳ねた。
彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
そのアイスブルーの瞳には、先程までの拗ねた色は微塵もなく、代わりに獲物を絶対に逃さない『完全なる捕食者の目』がギラギラと輝いていた。
「……絶対よ」
有無を言わさない、地獄の底から響くような重い声で確認を取ってくる。
嘘をついたら文字通り骨の髄までしゃぶり尽くされそうだ。
「うん、絶対。だから、お客さんの前ではいつもみたいに明るくて可愛いリーシェでいて?」
俺が満面の『女神スマイル』で念押しすると、リーシェはトロンとした目で俺の顔を見つめ、やがて「……はぁ……分かったわよ……」と、渋々といった様子で了承してくれた。
よし、チョロい。猛獣の調教完了だ。
俺たちは出来たての甘い匂いを漂わせるクッキーをお皿に乗せ、二人並んでリビングへと向かった。
そこには、相変わらず背筋を限界まで伸ばし、息をするのも忘れたような顔で待っているエレン少年の姿があった。
「お待たせ、エレン君」
俺が声をかけると、エレンはビクッと肩を揺らし、「い、いえ! お気になさらず!」と裏返った声で答えた。
そして、俺の顔を視界に入れた後、恐る恐る隣に立つリーシェへと視線を移した。
エレンにとっても、あの路地裏で向けられた一瞬ではあるが特級の殺気はトラウマものだったはずだ。
俺もチラッと彼女の様子を見やると───なんとそこには、さっきまでの捕食者の顔など欠片もない、意外な程に穏やかで、人の良い『近所の綺麗なお姉さん』の完璧な笑みが浮かんでいたのだ。
「こんにちは、坊や」
リーシェはエレンに向けて、花が綻ぶような見事な笑みを向けた。
「この娘の『妻』、リーシェよ。よろしくね」
「……えっ?」
エレン少年の表情が、目に見えてピキッと固まり、一瞬にして絶望のどん底へと突き落とされたように曇った。
おい。ちょっと待て、何やってんだリーシェ。
初めて恋した憧れの綺麗なお姉さんが、実は既婚者だった(しかも同性婚)みたいな、初恋の少年の心を無慈悲にへし折る『曇らせNTR演出』すんなよ!
ていうか、俺たちまだ結婚しとらんわい! いつ市役所に婚姻届出したんだよ! (※この世界にそんな制度があるかは知らないが)
俺が内心で激しいツッコミを入れている横で、リーシェの完璧な笑顔の奥底に、微かに『してやったり』というドス黒い愉悦の感情が滲み出ているのを見逃さなかった。
こいつ、マウントを取るためなら手段を選ばない気だ。
「よ……よろしくお願いします……」
頭の中の処理が完全に追いつかず、目の前で起きた残酷な現実(初恋の即死)を受け止めきれない様子で、エレン少年は消え入りそうな声で返事をした。
…あぁ…可哀想すぎる……未来の悪魔も、今の時点ではただの純情な男の子なんだぞ。
「さぁ、冷めないうちにクッキーを頂きましょう。坊やも遠慮しないで食べて良いわよ」
エレンの絶望など気にも留めず、最早愉悦を隠すことすらしないリーシェが、女主人の顔で優雅に場を仕切り始めた。
促されるまま、俺は机に置かれたお皿からクッキーを一つ摘み上げた。
まだ微かな温かみを持つそれを口に運び、サクッ、と小気味良い音を鳴らしてかじりつく。
うん、バターの風味が濃厚で、すごく美味しい。
リーシェの異常な執念は、料理の腕前すらも完璧な高みへと押し上げているらしい。
エレン少年も、促されておずおずと手を伸ばし、小さな手でクッキーを一枚取った。
初恋を粉砕されて脳破壊され、完全に抜け殻のようになりながらも、そのクッキーを一口かじった瞬間───彼の大きなエメラルドグリーンの瞳が、驚きに丸く見開かれた。
「……美味しい……」
悲しみを凌駕するほどの圧倒的な歯ごたえと甘い香りに、彼はあっという間にその一枚を完食してしまった。
子供は正直で可愛い。
俺がもう一枚食べようと手を伸ばしかけた、その時だった。
ふと、隣に座るリーシェが、自分の指で摘んだクッキーを俺の口元へとスッと差し出してきたのだ。
「はい、アトラス。あーん」
……おいおいおい。
こいつ、客(しかも初対面の純情な子供)の目の前だというのに、よくもまぁそんな甘ったるい恋人ごっこを恥ずかしげもなく堂々と出来るなぁ……!
「……あ、あーん」
だが、ここで拒否すれば後で何倍にもなって返ってくるのは明白だ。
抵抗は無駄だと早々に悟った俺は、大人しく口を開け、リーシェの細い指先から直接クッキーを受け入れた。
うん、普通に美味い。
美味しいのだが……流石に十歳そこそこの男の子の、穴が開くような視線を真っ向から浴びながら同性の美女に『あーん』をされるのは、前世の記憶を持つ俺としては羞恥心で死にそうになる。
耐えきれず、俺の白い頬がカッと熱を持ち、みるみるうちに赤く染まっていくのが自分でも分かった。
ふと、正面に座るエレン少年に目をやると。
「───ッ!」
彼は、息をするのも忘れたように、口を半開きにして俺たちを凝視していた。
その瞳孔は限界まで開き、何かに強く『打たれた』ような、あるいは新たな真理の扉を開いてしまったかのような、凄まじい衝撃の色が宿っている。
あー、うん。これは多分、目覚めちゃったね。
『百合』という名の、決して引き返せない業の深い世界にな。
無理もない。
今、彼の目の前に居るのは、神が人類の美を集結させて創り上げたような極致の超絶美少女(俺)と、王都のど真ん中を歩けば誰もが振り返るような金色の髪を靡かせる完璧な美女(リーシェ)の二人なのだ。
そんな絶世の美少女二人が、仲睦まじく、互いの瞳を見つめ合いながら頬を染めてクッキーを『あーん』し合っている空間。
ただそれだけで、この古ぼけたリビングは、宗教画のように美しく、そして荘厳な一枚絵へと昇華されてしまうだろう。
純粋な少年がその神聖な毒にあてられ、価値観を根底から書き換えられてしまうのも無理はない。
エレンの初恋は散ったかもしれないが、代わりに彼は、より高尚で尊い『真理』を手に入れたのだ。
俺は、リーシェの指先から受け取ったお返しとばかりに、皿から新しいクッキーを摘み上げると、彼女の形の良い薄紅色の唇に向けてそっと差し出した。
「ふふっ……リーシェも、あーん」
「っ……! あぁんっ……」
俺の唐突なお返しという名の反撃に、リーシェは一瞬ビクッと肩を揺らし、蕩けるような嬉しそうな声を出して俺の指先からクッキーを食んだ。
俺は、限界を超えて目を輝かせている未来の悪魔に向かって、内心でドヤ顔を決めながら語りかけた。
少年よ───この尊すぎる究極の百合空間を、君のそのエメラルドグリーンの瞳に、一生消えないトラウマ……いや、極上の芸術として、しっかりと焼き付けておくがいい。