進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ
俺の心臓は、これまでに経験したことがないほどの早鐘を打っていた。
アトラスさんの、信じられないほど白くて柔らかい手に引かれ、俺はシガンシナ区の中央にある一軒家の中へと足を踏み入れた。
玄関の土間を上がった瞬間、ふわりと鼻腔をくすぐったのは、焼きたての甘いバターの香りと……
それ以上に甘く、頭の芯までとろけてしまいそうな、お花畑のようなアトラスさんの匂いだった。
「少し待っててね」
リビングの中央にある丸い木のテーブルに案内され、椅子に座った俺に微笑みかけると、アトラスさんは奥のキッチンへと向かっていった。
俺はガチガチに緊張したまま、膝の上で両手を強く握りしめていた。夢じゃない。
俺は今、あの女神様みたいな綺麗なお姉さんの家にいるんだ。
奥から、微かに話し声が聞こえた。
アトラスさんの、とろけるように甘い、猫なで声のような囁き。そして、もう一人の女性の気配。
やがて、カチャカチャと食器の鳴る音と共に、アトラスさんが戻ってきた。
その隣には、あの日路地裏で一瞬だけ凄まじい殺気を放っていた、金色の髪を靡かせるもう一人の超絶美人なお姉さんが立っていた。
「お待たせ、エレン君」
アトラスさんがテーブルに焼きたてのクッキーが乗ったお皿を置く。
俺はビクッと肩を揺らし、「い、いえ!お気になさらず!」と裏返った声を出してしまった。
そして、恐る恐る隣の金髪のお姉さんに視線を向ける。あの日睨まれた記憶が蘇り、少し身体が強張った。
しかし、そのお姉さんは俺の顔を見るなり、まるで近所の優しい奥さんのような、信じられないほど穏やかな笑みを浮かべたのだ。
「こんにちは、坊や」
そして、彼女はとんでもない爆弾を落とした。
「この娘の『妻』、リーシェよ。よろしくね」
「……えっ?」
俺の頭の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れ去っていくのが分かった。
妻…つま…つまり、結婚している……? この、俺が生まれて初めて「綺麗だ」と心を奪われた、憧れのお姉さんが。
しかも、相手はこの隣にいる金髪の女の人で?
俺の初恋は、自覚したその日のうちに、完膚なきまでに粉砕された。
視界が暗転し、絶望のどん底に叩き落とされた俺は、頭の中で処理しきれない感情を抱えたまま、ただ消え入りそうな声で「よ……よろしくお願いします……」と絞り出すことしかできなかった。
「さぁ、冷めないうちにクッキーを頂きましょう。坊やも遠慮しないで食べて良いわよ」
俺の絶望なんて全く気にも留めていない様子のリーシェさんに促され、俺は震える手でクッキーを一枚取った。
口に入れると、サクッという音と共に、濃厚なバターと小麦の甘さが口いっぱいに広がった。
……美味しい
涙が出そうなほど美味しい。
うつむき加減でクッキーを咀嚼していた俺が、ふと顔を上げた時のことだった。
「はい、アトラス。あーん」
リーシェさんが、自分の指で摘んだクッキーを、アトラスさんの口元へと差し出していた。
アトラスさんは一瞬戸惑ったような、すごく恥ずかしそうな顔をした後、頬をほんのりと赤く染めて、小さく口を開いた。
「……あ、あーん」
リーシェさんの細い指先から、アトラスさんがクッキーを受け取る。
その瞬間。
俺の瞳孔は、限界まで見開かれた。
──────なんだ、これは。
ショックで抜け殻になりかけていた俺の脳天を、目にも止まらぬ雷が直撃したような衝撃だった。
夜空のように艶やかな黒髪を持つ、比類なき美少女。
そして、太陽の光を編み込んだような金髪を持つ、完璧な美女。
その二人が、互いの瞳を愛おしそうに見つめ合い、頬を朱に染めながら、甘いお菓子を口に運び合っている。
窓から差し込む午後の光が、二人の横顔を黄金色に縁取っていた。
それは、俺の初恋が失恋に終わったとか、そんなちっぽけな個人的な感情を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの、圧倒的で、暴力的で、
そして……あまりにも神聖な『美』の暴力だった。
「ふふっ…リーシェも、あーん」
「っ……! あぁんっ……」
今度はアトラスさんが、照れ隠しのようにクッキーをリーシェさんの唇へと運ぶ。
リーシェさんが、蕩けるような表情でそれを受け入れる。
俺は、息をするのも忘れて、ただただその光景を網膜に焼き付けていた。
壁の外の世界がどうなっているかとか、巨人がどれほど恐ろしいかとか、そんなことはどうでもよかった。
今、俺の目の前にあるこの小さなテーブルの上にこそ、世界の真理があり、人類が到達し得る究極の芸術が完成していたのだ。
俺の胸の奥底で、今まで感じたことのない、全く新しい、得体の知れない熱い炎がボワッと燃え上がるのを感じた。
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「ごちそうさまでした……ありがとうございました!」
ベニア『夫婦』の家を後にした俺は、シガンシナ区の石畳の道を一人歩いていた。
夕暮れ時。西の空に沈みゆく太陽が、街の中央を燃えるような茜色に染め上げている。
俺の足取りは、家に入る前の緊張や、失恋のショックなど微塵も感じさせないほど、力強く、そして確かな熱を帯びていた。
両手は、震えていた。
恐怖でも、悲しみからでもない。
俺の脳裏には、先ほど見たあの奇跡のような光景────アトラスさんとリーシェさんが、互いに頬を染めながらクッキーを食べさせ合っていたあの瞬間が、鮮明な色彩を伴って焼き付いて離れなかった。
あの光景は、俺だけのものにしておくにはあまりにも美しすぎた。
あれは、形に残さなければならない。
この残酷な世界に、あんなにも尊く、汚れのない完璧な世界が存在するという事実を
俺の手で証明しなければならない。
気がつけば、俺は夕陽に向かって、己の右手を力強く突き出していた。
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…本来辿る筈だった壁の外の自由を求めたような。
あるいは巨人に対する明確な憎悪を象る彼の熱情は、今や全く別の方向へと全振りされていた。
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心臓の奥底から湧き上がる、抑えきれない衝動。
俺は、血走ったエメラルドグリーンの瞳で燃えるような夕陽を睨みつけ、腹の底から、この残酷で美しい世界へ向けて咆哮した。
「……描き出してやる……っ!」
ギュッと、突き出した右手の拳を強く握りしめる。
カンバスに、絵の具に、俺の魂のすべてを叩きつける。
あの二人が織りなす究極の芸術を、俺のこの手で、永遠のものにしてやる!
「……この世から……」
「──────一筆残らずッッッ!!!」
夕暮れのシガンシナ区に、少年の狂気じみた、しかし純粋すぎる決意の声が響き渡った。
巨人を駆逐することでも、壁の外を探検することでもない。
『百合』という名の絶対的な真理に目覚め、その美をカンバスに定着させるという果てしない業を背負った瞬間だった。
後世の天才画家、エレン・イェーガーである。
次回更新は5月25日月曜日です。
ちょっとこの回だけ実験的にアンケートを実施します。今後のエレンくんがどういう風になるのか当ててみてください(*^^*)
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百合NTRに目覚める
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新興宗教の宗教画家化
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王都洗脳(百合)計画
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