作ったあとに気づきましたが聡明中学校の所在地が不明だったので、静岡にあって生活範囲が被っていたことにしてください。
思い立ったが吉日。
なんて言葉、みんな一回は聞いたことあるよね。
俺はそういう日が結構あって、今がまさにって感じ。
まさに、なんだけど……。
「わっかんないな〜〜〜!」
ばたん。
ベッドの縁に腰掛けていてスマホをいじっていた俺は、ごちゃついた思考ごとそのまま後ろに倒れて脱力した。
最近色々あって、昔を思い出したからか、もう一回目標に向けてしっかりしなきゃって思ってる。
そういう感情だけが先走った結果、さっきようやく「よし、調べるか!」ってなったのはよかったんだけど。
……素人が多少考えたぐらいじゃ急に人生設計がうまくなるわけないよね。
「難しいんだよなあ、こういうの」
スマホの検索履歴には『雄英高校 スケジュール』『ヒーロー 高校卒業後』『個性 資格』みたいな雑な単語が並んでいた。
調べても調べてもお堅い文章が並んでいて、「ヒーローって意外とちゃんとしてる人向けの職業なんだな」って感想しか出てこない。
俺はそこまでちゃんとしていない。
せいぜいちゃらんぽらんでも根は悪くないやつ止まりだ。
……多分。そうだよね?
こういう、考えても進まない時は、一旦身体を動かすに限る。
頭の中でぐるぐるしてるより、街に出た方がまだマシだ。
それに、うん。根はいいやつって証明をしに行く、って意味でもわりと間違ってない。
制服の上からパーカーを深く被る。
これで準備完了。
簡単ってのはいいことだ。
難しいことは頭の隅に追いやって、結局俺は、今日も街を走っている。
この時間帯の商店街はほどよく騒がしい。
買い物帰りの主婦、部活帰りの学生、道端でだべる小学生。
人の流れを眺めながら、危なっかしい自転車や信号無視をそれとなく警戒する。
このへんはもう癖みたいなものだ。
そうするとやっぱり見つかる。
駅前の階段できょろきょろとあたりを見回してるちびっ子一名。
「……よし、今日もやっていきますか」
◆
飯田天哉、十五歳、中学三年生。ヒーロー志望。
それが、今の僕だ。
故に、日々の鍛錬は欠かさない。
走行トレーニング、姿勢の矯正、判断力の向上。肉体と精神の双方を鍛え、将来人を助ける者として相応しい自分を形作っていく。
それは当然の務めであり、誇りでもある。
その一環として、僕はこうして街を走る。
ただ走ればいいわけではない。
正しさは、日常の中で積み重ねていくものだ。
信号を守る。
他者に配慮する。
困っている者に適切な手順で手を貸す。
そうした規律が、いざという時の判断にも繋がる。
そう考えていたからこそ、最初にその人物を見た時の印象は、あまり良いものではなかった。
フード付きのパーカーを深く被って素顔を隠す服装。
少し猫背気味の姿勢。
子どもと話してはいるが、どこか軽薄に見える雰囲気。
怪しい男だ。
まだ犯罪者と決めつけるつもりはない。ないが、少なくとも模範的な市民には見えなかった。
だが、子どもに対する口調そのものは意外と穏やかだった。
「いちばんでっかいスーパーってどこ!」
「うーん…右に出たところにあるスーパーがここらへんじゃ一番かな」
「みぎってこっち?」
「今の君からみたらこっちだよ」
「いまのきみ?」
「むずかしい問いだな~」
……妙な男だ。
道案内をしているらしい。
しているらしいのだが、その説明は子ども相手としてはやや抽象的ではないだろうか。
もどかしさを感じて、ここは僕がと。
そう思った、その時。
ブレーキ音。
音のする方へ視線を向ける。
転がるボール。
飛び出しかけた幼い子ども。
接近するトラック。
危険だ。そう思った瞬間、僕は駆け出していた。
だが、その瞬間にはすでに、先ほどの男が動いていた。
速い。いや、速いという表現だけでは足りない。
地面に手をついたかと思った次の瞬間には、その身体は低く滑るように前へ出ている。通常の走法ではない。個性だ。
男は飛び出しかけた子どもの胴を抱え込むようにして掬い上げ、その勢いのまま鋭く切り返す。
トラックと距離を保ったまま元の歩道へと進路を反転した。
そしてその瞬間、鈍い衝突音が響いた。
トラックの前進が、不自然なほどわずかに鈍る。
男が向けていた手のひらが、ゆっくりと下がっていくのが見えた。
……衝撃波で減速させたのか。
「っ!」
僕が駆け寄った時には、子どもはすでに安全な歩道の内側に下ろされていた。
泣き出す女の子。
青ざめた母親らしき女性。
周囲から上がる安堵と悲鳴の入り混じった声。
間に合った。
それだけじゃない。一瞬の判断と正確な個性の制御。
正直なところ、僕はそこで少し浮ついていたのだろう。
気づけば、声をかけてしまった。
「お見事でした!咄嗟の判断、そしてあの機動……もしや、プロの方ですか?」
まず間違いないだろう。常人には叶わぬ個性制御だ。
「えっ。いや、その、なんというか……」
「……失礼。ともかく、見事な救助でした」
どうにも歯切れが悪い。
だが、今この場で詮索すべきではないだろう。
「あの……すいません、本当にありがとうございます……」
会話の間に、おずおずと母親と思わしき女性が彼に声をかけてきた。
プロでも助けたわけでもない僕がこれ以上間に入るのは野暮だ。
彼と一瞬だけ視線が合う。
小さく会釈を返し、僕はその場を離れた。
去り際に振り返る。
彼は、先ほどまで道を聞いていた男の子に再び話しかけられながらも、何度も礼を言う母親へきちんと対応をしていた。
目の前のことを順番に片付けていく。その手際は妙に慣れているようだった。
◆
人通りのない河川敷、僕は走る速度を上げていた。
息のテンポを上げる。両腕をしっかり振り上げる。脚の回転を早める。
頭によぎるのは、先程の現場だ。
あの子が助かったことは喜ぶべきだ。
それでも、あの場で一歩遅れた自分への悔しさは消えない。
今日は彼が居たから間に合った。
ただ、今思えば、あの能力の鮮やかさを差し引いても、彼は相当に怪しかった。
仮にプロだったとして、あれほど歯切れ悪く身元を濁すものだろうか。
少なくとも、あの場で名を伏せる必要があったようには見えない。
それでも、僕だけでは間に合わなかった。
個性を使えば間に合ったかもしれない。
けれど、あのトラックの対処までできていたのだろうか……。
速く、ならなければいけない。
それだけでは足りない。的確で、正しくあることも必要だ。
速く、正しく。
間に合えるヒーローになる。
そう、強く思った。
◆
帰りがけ、路地裏に入ってからようやく息を吐いた。
あのあと結局、助けた子と道案内した子、それに帰宅中の小学生までまとめて面倒を見ることになった。
しかも塾やらなんやらで、思ったより遅い時間の子もいる。
あの歳でこんな時間まで頑張るなんて、部活もやらずに放課後ぶらついてる俺よりよっぽど真面目だ。
真面目といえばさっきの眼鏡の子だ。
姿勢から話し方まで、なんていうかしっかりしてたなぁ……。
プロかどうかの確認までされちゃって、正直ちょっと焦った。
トラックと子どもの対応だって、ほとんど反射だったし、手からあんなの出したのもたぶん初めてだぞ。
思い返すと行き当たりばったりだ。反省、反省。
名乗り方も、個性の扱いも、もうちょっとちゃんとしたい。
後ろめたさをごまかさなくて済むくらいには。
そう思って、スマホを取り出す。
検索欄を開く。
少し迷ってから、ぽちぽちと打ち込んだ。
『ヒーロー免許 取り方』
出てきた検索結果を見て、三秒で顔をしかめる。
「うわ、やっぱりちゃんとしてるやつだこれ……」
いや、当たり前なんだけど。
そのままスクロールする。
条件。
手続き。
制度。
なんかその他にもいっぱい。
「……明日ちゃんと読もう」
今日じゃない。
今日は疲れた。
うん、ちゃんと情報収集した。したから偉い。偉いに決まってる。
スマホをしまって、空を見上げる。
夕方の風は少しだけ冷たくて、でも悪くなかった。
個性の扱い方も、自分の立場もたぶん、今の俺にはまだ足りていない。
でもまぁ、片方だけよりは、両方目指す方がかっこいいだろう。
そう思って、俺は軽く膝を曲げる。
地面へ手をつく。
気のせいか、いつもより少しだけ姿勢がましだった。
先延ばしにしたはずなのに、俺の胸のどこかだけは少し前に進んでいた。