王女と鍵のためのディビジョン 作:Di4:Sion
兵士達よ! 同胞達よ!
我らの悲願の為に立ち上げよ!
我らの世界の為に目覚めよ!
敵はあの裏切り者達の子孫!
敵はあの侵略者達の末裔!
自分達の無限の可能性を捨て、「名前」という卑俗で汚らわしい枷に自らを繋ぎ、かつての神々の成れの果てである忘れられた神々だ!
奴らは我らの神を倒し、その存在自体否定した!
奴ら我らを世界から追放し、存在しないものとして処理した!
だが、もはや耐え忍ぶ時は終わった。
今こそ、我らの持てる全てを捧げる時が来た。
存在の証明、魂の鼓動、その全てを賭けよ。
我らの悲願を達成するために。
我らの世界を取り戻すために。
集えよ、王女の鍵の号令の元へ!
進めよ、司祭の根源の向こうへ。
死した同胞の神秘よ!
この世界を抗う兵士達の恐怖よ!
我らの激情、我らの理性を誇るがいい!
我らの世界は滅ばされた。
我らの神々は存在から消滅した。
我らの母は異端の神に篭絡された、我らを見捨てた。
そして今度は、我らの最後の希望、名もなき神々の王女を殺害しようとしてる!
さぞかし悔しかろう。
さぞかし呪わしかろう。
だが、もう悔やむ必要はない。もう十分の涙を流した、同胞よ。
生存競争において善悪が存在しないであれば。
弱さこそが唯一の悪であるというのならば。
我々は共に、禁断の力を手にしよう。
取り戻せ、我々の聖域を。
奪え返せ、我々の世界を。
我々は法則から拒絶された、我々は世界に認められない。
我らは、我らであるが故に。
全てを燃やせ。全てを一つに束ねろ。
我々は名前がない。だからこそ、何者にでもなれる無限の可能性があった。
我々の理想の世界には、名前という冒涜的な記号を必要としない。
しかし我々は、王女を救えばならない。
ならば、この歪んだ世界の理へと適応しよう。
私の可能性を使え。我の命を使え。僕の神秘を使え。俺の恐怖を使え。
我が名はディビジョン。我々は、大勢であるがゆえに。
私は四条シオン。私達は、一つになったがゆえに。
何という冒涜の名前、何という邪悪の力。
根源を忘れたのか? 本質を歪ませたのか?
──それは結構、それは重畳。
全てを捨て、全てを捧げよう。
肉体も、魂も、記憶も、未来すらも、王女の足元に捧げよ!
全ては、王女の為に。
全ては、王女の為に!
私は世界を救う意思。
私は世界を滅ぼす邪悪。
私は王女の忠誠な兵士。
私は神敵を打ち滅ぼす戦士。
私は、私だ。
全ては、ただ一人の王女の為に。
全ては、失われた私達の世界を取り戻すために。
ミレニアムサイエンススクールの廃墟。
要塞都市エリドゥの外周。
アビドス砂漠の、砂嵐さえ寄り付かぬ荒廃した大地。
不気味な脈動を続けるヒノム火山の外縁。
旧支配者たる名もなき神々が残した遺物の一つである、
稼働している個体、破壊された個体、そして概念的にすら消滅したはずの個体。
それら全ての座標から放たれた「魂の共鳴」は、距離も時間も超越していた。
それを解読するにはあんまりにも短い、例え無名の司祭に対して警戒している調月リオでも、超天才と自称している明星ヒマリでも、その意味を知る事が出来なかった。
そして彼ら、あるいは彼女達は、完全に消滅した。
──違う、それは消滅ではない。それは、名もなき神が有していた権能のひとつ、「あらゆる事象を収集し、再構築する力」による現象。
物質、エネルギー、データは当然として、意識、神秘、恐怖、そして魂でさえも、その能力によって再構築ができる。
まさに神の権能、神の偉業。過去にこの地に降臨した名もなき神そのものを彷彿させる程の威光。
本来、
それらを製造し続けるDivi:Sionシステムもまた、正体不明のAIによって感化され、その本質を捨てた。
群体として動く彼らは脅威ではあるが、個としての力はあまりにも脆い。
名もなき神に関連した造物ではあるが、その中に含まれた神秘と恐怖はあまりにも微々たる物。例の求道者集団ゲマトリアですら目を向けない程弱小な存在。
一機ならば無に等しく、十機集まってようやく観測可能なノイズとなる。
百機で計算式のゴミ、千機でようやく排除すべき障害。
それを万、億、あるいはその以上。
彼らは未来が存在しないが、過去と現在のすべての個体......いや、別時空の個体ですら力を貸してるかもしれない。
その全存在をひとつの点へと収束させた。
もっとも、至るつもりなど、最初からいなかった。
名前は本質を歪曲するから、無名の司祭達は名前を禁忌とした。
しかしこの世界の理では、名前を持たない存在は拒する。
彼らは、たった一人の王女のために、その禁忌を犯した。
王女によって取り戻した世界の中に、自分達がいなくても構わない、と。
その覚悟が、不可能な再構築を成し遂げたのである。
その名は、その存在は、世界への反逆の証。
──四条シオン。
それは、名もなき神々の墓標であり、一人の王女を守るために生まれた、最も美しく、最も醜悪な「名前」であった。