王女と鍵のためのディビジョン 作:Di4:Sion
「王女......」
「あ、アリスは......王女ではありません」
名もなき神々の王女の
そこには、鏡合わせのように対峙する二人の少女がいた
四条シオンがリオの抹殺に移行したその瞬間、
深層にありながら、アリスは外の世界を「視て」いた。
むしろリオが名もなき神々の王女のヘイローを破壊するためにエリドゥの全電力を繋いだ繋いだ事によって、エリドゥの他の場所で発生した事も把握できてる。
ボロボロになりながら、なおも立ち上がろうとするネル。
完全に
絶望的な状況を承知で、自分を助けようと必死に駆ける先生達。
そして何より、今まさに自分の「従者」の手によって命を奪われようとしているリオとエイミ。
そのすべてが、アリスの胸を鋭く刺した。この惨状の起点には、自分という「兵器」がいたから。
「アリス......? 王女よ、あなたに名前は不要です。名前は存在の目的と本質を乱します。
一時的に
「名前を持つことも許されない......アリスは、リオ先輩が言った通り『魔王』だからですか?」
「違います。あなたは私達の希望。滅び去った世界の唯一の救世主であり、誇り高き王女です」
「で、ですが......り、リオ先輩が危ないです! お願いします、リオ先輩を傷つかないでください!」
アリスにとって、自分の名前や未来よりも、今そこにある「命」の方が遥かに重かった。
「有機生命体への情動はノイズに過ぎません......ですが、あなたが王女として即位すれば、シオンを命じることができます。そうすれば、その有機生命体の命は繋がるでしょう」
「あ、アリスが、王女になれば、みんなが助かるのですか」
「その保証はできません。神秘の分化が執行されれば、現世界の理はアーカイブ化され、過去の名もなき神々と同じ道を辿る」
「そ、それではダメです! アリスが本当に救世主なら、この世界を、みんなを救わないとおかしいです!」
「王女よ......どうやら名前による歪曲とはまた別の理由で、あなたは記憶と、私達の使命も忘れたようです......構いません。いずれ理解する時が来るでしょう」
「り、理解? どういう意味ですか? それより、シオンさんを止めてください。お願いします!」
「......識別名・シオンを阻止するのは、あなたにとっては簡単なことです。
名もなき神々の王女として命令すれば、彼女はその指示に従います」
「で、ですがそんな事したら......アリスは、魔王になるという事ですか?」
「王女、あなたがその名前に執着するのは想定外でしたが......名前を所持したいのであれば、それでも構いません。
アリスよ、私達の王女になってください」
「アリスは、アリスは──」
「王女?」
漆黒の執行者、四条シオンの動きが凍りついた。
王女に絶対忠誠したシオンは、王女たるAL-1Sの意思を拒絶する回路を持ち合わせていない。たとえそれが、敵を救う言葉であったとしても。
「どうかリオ先輩と、その方を傷つけないでください」
「お望みのまま」
シオンの背中の触手が静かに収まり、巨大な骨の爪へと変貌しかけていた左手が、元の少女の手に戻る。そしてもう一度アリスの前に跪いて、その忠誠を献上した。
「では、玉座へ参りましょう」
「......はい、行きましょう」
「アリス、あなたは魔王なんかじゃない。私と部長、それと先生が保証する」
エイミが、はっきり断言した。
アリスと面識はないが、先ほど救出した特異現象捜査部の部長・明星ヒマリから、すべての状況を聞いていた。
その上で、そう判断した。
しかし、その声は届かない。
「ううん、アリス、理解しました......アリスは、リオ先輩が言った通りに。この世界にとっては、魔王でした。それは、アリスの使命です」
「ち、違うわ...」
自分の放った言葉が、最悪の形でアリスに認められた事に、リオは苦虫を嚙み潰したような、苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「元凶はあなたではなく、そのKeyと呼ばれた存在......私のミスです。情報が足りないまま、間違った判断を下したことに、貴女に謝罪するわ」
リオは、自分の過ちがこの最悪の決断を導いたのだと悟り、震える声で謝罪した。
その謝罪に対して、アリスは静かに首を振った。
「少し前には、そうかもしれません。ですが......アリスは今、自分の意志で名もなき神々の王女になる事を、決意しました」
あの時、リオが語った魔王という事実、アリスは抵抗しなかったが、心では否定したかった。
同時に、自分が危険であれば、本当の魔王になる前に、みんなのために、自分のヘイローを破壊するのを受け入れた。
しかし、今は違う。
シオンを止め、リオを救うためには、王女としての命令権を行使しなければならない。
その一線を超えることは、名もなき神々の理に身を委ね、魔王の座に就くことを意味していた。
アリスは、迷わなかった。
誰かを守るために「魔王」になる道を選んだのだ。
そして、彼女はあまりにも誠実すぎた。
王女を自称しながら従者たちを裏切り、アトラ・ハシースの箱舟を消去することもできたかもしれない。
しかし、アリスは「王女」という役割を引き受けると決めた以上、その使命を偽ることはできない。
AL-1Sが「天童アリス」という名を受け、優しい少女として成長したことは、無名の司祭たちにとって最大の誤算であった。
しかしその優しい少女の覚悟と誠実さによって、名もなき神々の王女になる決断をしたのもまた、リオの誤算だった。
二つの矛盾する誤算が交差するこの場所で、ついに儀式は成った。
アリスを拘束していた機械が、漆黒の光に飲み込まれ、粒子となって分解されていく。
次の瞬間、その位置だけが切り取られたように、設備は跡形もなく消えていた。
ミレニアムの制服が溶けるように消え、代わりに真っ黒なワンピースが彼女の体を包んだ。
それはアリスが、今「なりたい自分」だと心の底から願った姿だった。
「大丈夫です、リオ先輩。みんなに傷つけないように、アリス、頑張りますから」
アリスは、泣いているのか、笑っているのか判然としない表情で、静かに別れを告げた。
「だから、だから......さようならです。モモイ、ミドリ、ユズ、ユウカ......それから、先生に伝えてください」
その穏やかな声に反して、周囲には実体化したと思えるほどの威圧が満ちていた。
リオとエイミは脳ではなく、魂で理解した。
そこに立っているのは、もうゲーム開発部の天童アリスではない。
名もなき神々の王女──天童アリスそのものだった。
「では、Key、シオン......行きましょう」
「御心のままに」
二人の影は、虚空に開いた歪みへと吸い込まれるように消えていった。
名もなき神々の王女が、戴冠された。
AL-1Sとしてではなく、天童アリスとして。
名もなき神々の閉ざされた未来、従者達の願い、そのすべてを背負いながら──
アトラ・ハシースの箱舟は、真の主を迎え入れた。
キヴォトスに、救世主という名の世界の敵が、ついに現れた。
これで一章の終わりとなります
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