六神将のお世話係 作:俺は悪くねぇ!
グリフィンの背中に揺られていると風を切る音に混じって遠くから重低音の砲撃音が響いてきた。心臓がその振動に呼応するように嫌な音を立てる。
「……もう戦いが始まっている」
呟くと前に座るアリエッタが悲しそうに肩を震わせた。シンクは横を並走する別の魔物の背で、チッと舌打ちを響かせる。
二時間の猶予――リグレットが絞り出すように与えてくれた時間は僕たちが合流する前に尽きてしまったらしい。目の前に見えるのはマルクト軍の陸上母艦『タルタロス』が硝煙を吐き出しながらその巨大な姿を現していた。
既に戦火は上がっている。オラクル騎士団やアリエッタの家族であるライガやグリフィンがマルクト軍と戦闘を繰り広げている。
くそ来るのが少し遅かったか。
「アリエッタ全速力だ! リグレットのところへ!」
「わかった! グリフィン、お願い!」
急降下する視界の先、甲板の最前線で見間違えるはずのない金髪の女性が銃を構えていた。リグレットだ。
彼女がまだ戦っているという事はまだルーク達を捕らえていないということ。ラルゴの姿は見えない。彼はもう内部に潜入しているのか? 確かジェイドに刺されて深手を負うはず、死ぬことはないかも知れないけど心配だ。
着陸の衝撃と共に僕は甲板へと飛び降りた。
「リグレット!」
銃声が止んだ。リグレット教官が弾かれたようにこちらを振り返る。その瞳には軍人としての冷徹さを塗りつぶすほどの驚愕と、そして怒りに似た動揺が浮かんでいた。
「……サン!? 何故……何故貴方がここにいるの!」
「話は後で! 僕も戦う!」
「何を言って、シンク! これはどういう事だ!?」
リグレットの怒声が甲板に響く。シンクが後ろで「こいつが這ってでも行くって聞かなかったんだよ」と肩を竦めたが、彼女の殺気は収まらない。
「サン、今すぐダアトに戻りなさい! 貴方がいていい場所ではない!」
「ごめんリグレット、それは聞けない!」
僕の叫びに彼女は敵の攻撃を避けながら一度後方に下がる。まだ何か言おうとしているみたいだけど、僕はそれを敢えて無視して行動を起こす。
まずは相手を無力化させることが先決。呼吸を一度整え譜術を唱える。
「大気に漂う第一の律動、譜陣に集いて重なりを成せ。逃れ得ぬ影の楔となりて不遜なる者の足を封じよ!」
譜術の発動を阻止しようと若そうなマルクト兵が剣を片手に突っ込んでくるが、それよりも僕の方が早い。
「アビス・プレッション!」
譜術が発動すると僕の周辺に集まっていたマルクト兵の身体が地面に縫い付けられるように地べたに倒れる。
僕とディスト考案の重力系の譜術、敵の動きを止める事に特化した術だ。殺しではなく無力化の為のね。
殺してはいけない。ここで誰かの命を奪えばそれは巡り巡って、この世界をさらなる憎しみの連鎖へと叩き落とす。
「シンク、アリエッタ! 殺さずに敵の無力化をお願い!」
「全く、面倒くさい注文をするね……ま、出来ないとは言わないさ」
「任せてお兄ちゃん! 皆もお願いね!」
二人は戦意を喪失していないマルクト兵に向かって駆ける。
よ、良かった。ちょっとその場の勢いではあったけど二人とも了承してくれた。本当はオラクル騎士団の皆にもお願いしたい所だけど、それが難しい事は流石の僕でもわかる。二人はそれが出来る実力があるからお願いしたんだ。命のやり取りで手加減なんて本来無謀なことだからね。
「リグレット、僕が戦力になることはこれで証明できたかな?」
「何故殺さずにいる。これは極秘任務であり生存者を出せばマルクトとダアトで戦乱が起きるぞ」
「それはモースに何とかしてもらおうよ。彼の口は上手いから何とかしてくれるさ。それに今はキムラスカとマルクトが睨み合っている状態だしね。マルクトはダアトを敵として戦争を吹っ掛けるのは難しいと思う。だから命を無駄に散らす意味はないよ。絶対に」
事実原作でも割とダアト側が色々とやらかしているのになんか許されている状態ではあったしね。それが成立した理由としては責任の所在が曖昧であること、預言の重要さから責めるに責められなかったんじゃないかなと思っている。
僕はリグレットの目を見つめる。どうかここは僕の言葉に頷いてくれ。
「……今はお前の言う事を聞こう。だが戦いが終わったら覚悟しなさい」
「あ、はい」
ゴゴゴッとリグレットの背後に般若を幻視したよ。怖い。戦場にいるよりも後でリグレットと話す方が怖くなってきたんだけど。
僕とリグレットが話している間に殺戮の場だったはずの甲板が静けさに包まれていく。
もちろん、全てを止めることはできない。けれど、僕の周りだけは血の流れない戦場になっていた。
=====
「ぬかったか」
狭い通路内でラルゴは自らの傷を見つめながら力なく項垂れる。
相手の力を見極めきれずに油断した。言い訳のしようのない失態だ。
ジェイドカーティスに
六神将であり己の戦士としてのプライドがズタズタだ。
「ラルゴ!」
「ぬ、サン! なぜここにいる!?」
「……動かないで。今、治すから」
駆け寄ったサンの顔は多少疲れている様に見えるがその瞳には強い意志が宿っていた。ラルゴは驚愕に目を見開いたまま目前の少年を凝視する。ダアトで安全を約束されていたサンが戦場にいることに脳の理解が追いつかない。
「誰がこんな戦場にお前を連れてきた!」
ラルゴが苦悶に満ちた声を絞り出す。脇腹から溢れる血は止まる気配がなく地面を赤黒く染めていた。ジェイド・カーティスに刻まれた傷は深く、ラルゴの屈強な精神を以てしても意識を保つのがやっとの状態だ。
「落ち着きなよラルゴ、サン回復を」
︎︎ラルゴの肩に手を置いて宥めるシンクにサンが頷く。
「任せて。癒やしの旋律を以て損なわれし肉体を調律せよ『ヒール』」
サンの両手から放たれた淡い光がラルゴの深い傷口を優しく包み込む。
サンが放つ治癒の譜術は驚くほど純粋で暖かかった。焼けるような激痛が引き、代わりに心地よい微睡みのような温もりが傷口を塞いでいくのをラルゴは実感していた。
「ここに来たのは僕の意思だよ」
「お前が戦場に行く必要はない。俺がお前を鍛えたのは戦わせる為じゃなく、生き残る為だ。そこを履き違えるな」
「ラルゴ、僕はただ守られるだけの弱い存在じゃないんだよ。僕の身を案じてくれるのは嬉しいけどね」
「諦めなラルゴ、今のこいつに何を言っても無駄だよ」
シンクの呆れた顔にラルゴは何か言葉を出そうとするが、その口からは呼吸音だけが虚しく響く。その間もサンは額に汗を浮かべながらを譜術を振り絞っている。その健気な姿にラルゴは大きなため息を吐く。
「……戦場ではなく平和な日常にいるのがお前に取って良いと思っていたんだがな」
「僕もラルゴは戦場よりもアリエッタと僕に肩車したりして笑い合っている姿がいいかな」
「あれはお前とアリエッタがせがむからしたのであってだな。シンク、聞け」
「僕は何も聞いてないよ」
突然の暴露にラルゴが顔を赤くしてシンクに言い訳をするが、シンクはやれやれと肩を上げて流す。
「終わった。深手は塞いだけど無理はしないで。ラルゴはいつも無茶しすぎなんだから」
サンが袖で汗を拭いながら立ち上がるとシンクが疑問を口にする。
「しかし、アンタともあろう男がこんな深手を負うなんてね」
「かのネクロマンサーに不意を突かれてな。俺のミスだ。面目ない」
ラルゴの意気消沈した姿にシンクは苦笑する。
「ジェイド・カーティスはやはり侮れない相手って事だね。全く面倒な相手だよ。ほら肩を貸しな」
ラルゴはシンクの肩を借りてゆっくりと立ち上がる。重傷だったはずの肉体はサンの懸命な処置によって再び戦士としての体裁を取り戻していた。
「サン、礼を言う……だが一人で行動をするなよ?」
「それ、リグレットにも言われたよ……」
「今は僕が護衛しているから安心しな」
「ならばいい。サンに人を殺すことは出来んだろうからな」
その言葉は事実であり、サンが人を殺せるような人間ではないことは六神将どころかオラクル騎士団にいる者たちならほとんどの人間が知っている事だ。
実際それ故に不殺を口にしてシンクとアリエッタはその言葉を貫いている。
「確かに僕は人を殺す事は出来ない。それがどんなに甘い考えだと理解していても。それでも僕は選んだから」
「その覚悟はお前だけじゃない。周りの人間を巻き込むと理解してもか?」
「そうさせないために僕は力をつけてきた。守るために。殺させない為に」
サンの言葉にラルゴは複雑な表情を浮かべた。戦士にとって不殺は甘えであり死への近道だ。だが、この血生臭い世界でサンという存在だけが異質なほどに綺麗だった。その輝きを濁らせたくないという思いが、ラルゴの胸中にも確かに芽生え始めている。
その時だった。
船内の伝令通路から血相を変えたオラクル兵が数人走り寄ってきた。
「
兵士はサンの姿を見て一瞬怯んだがすぐに姿勢を正して叫んだ。
「中央客室区画にて、敵主力部隊を制圧! ターゲットである導師イオン、並びに――」
兵士は一呼吸置き続けた。
「――バチカル公爵家嫡男、ルーク・フォン・ファブレ一行を捕らえました! 現在
その報告を聞いた瞬間、サンの肩が微かに跳ねた。
「もう捕まったのか。案外早かったね」
シンクが軽口を言うが、サンは聞こえていないのか何かを考える様に顔を俯かせる。
「どうしたサン?」
ラルゴの問いかけに、サンは何でもないように首を振る。
「ん? いやね、漸く戦闘が終わって安心したら力が抜けちゃって」
その時のサンをもう少し注意深く見ておけばと後にラルゴは後悔することになるのは、少し先の話。
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