ひとつの器で六魂共鳴 - 最下層から始まる六人格侵略譚 - 作:z567ug
息が荒い。
肺が焼ける。
だが、止まれない。
「――リーネ!」
視界の先。
巨大な魔物と対峙する、小さな背中。
間に合わない。
距離がある。
その瞬間。
魔物が動いた。
振り下ろされる爪。
リーネは――避けた。
「……え?」
ほんの一瞬。
だが確実に、“先”を見ていた動きだった。
次の攻撃。
「――遅い」
かすかな声。
紙一重で回避。
(見えてる……!?)
だが、それでも。
「っ……!」
避けきれない。
爪がかすめる。
血が飛ぶ。
「リーネ!」
叫ぶ。
だが届かない。
『まだ入るな』
ガイゼルの声。
「何言って――!」
『今入れば、二人とも死ぬ』
「……っ」
止まる。
悔しい。
だが、分かる。
今の自分では、足手まといになる。
その間にも。
リーネは、動く。
避ける。
読んでいる。
だが――
限界が近い。
「……みなと」
かすれた声。
「……助けたい」
その言葉は、震えていた。
「でも――」
歯を食いしばる。
「――私も、戦えるようになりたい」
その瞬間。
空気が、変わる。
リーネの視界。
“先”が見える。
ほんの僅か。
だが確実に。
魔物の動き。
力の流れ。
次の一手。
「――そこ」
踏み込む。
完璧に回避。
「――今」
拾った石。
目に叩き込む。
咆哮。
だが止まらない。
「――終わり!」
喉元へ。
全力で突き刺す。
沈黙。
魔物が崩れ落ちた。
「……は……」
リーネが膝をつく。
血。
傷。
明らかに、致命的なダメージ。
「リーネ!」
湊が駆け寄る。
抱き起こす。
「……無茶しすぎだろ」
反応が薄い。
『即時処置が必要』
セレス。
「……頼む」
意識を沈める。
切り替わる。
視界が変わる。
「……深刻ですね」
セレス・ハイム。
一瞬で、すべてを“把握”する。
損傷箇所。
出血量。
骨格。
神経。
“どこを、どうすれば助かるか”
迷いはない。
「動かないでください」
布を裂く。
圧迫。
止血。
固定。
その動きは――速すぎた。
常人なら、迷う工程。
選択。
判断。
それらがすべて“最適解”で処理されていく。
「……止まれ」
押さえた瞬間。
出血が、明らかに減速する。
(早い……?)
湊の意識が、内側で驚く。
本来なら、止まるはずのない出血。
だが。
止まっている。
「……次」
薬を取り出す。
ローデルでもしもに備えて購入した物。
粉末。
それを、傷口へ。
通常なら。
痛み。
悪化。
だが。
「……問題ありません」
薬が“効きすぎる”。
細胞の反応が異常に早い。
肉が、収縮する。
傷が、閉じ始める。
完全ではない。
だが――
「……一時間もあれば、塞がります」
あり得ない速度だった。
『……マジかよ』
「通常の十倍以上の回復速度です」
セレスが淡々と言う。
「適切な処置と、適切な投薬」
「それだけです」
(それだけじゃねぇだろ……)
だが。
確かに。
“魔法”ではない。
だが――
異常だった。
「……みなと」
リーネの声。
「……無茶、した」
セレスは、わずかに手を止める。
「……助けになるのは、いい」
静かに言う。
「でも」
ほんの少しだけ、柔らぐ。
「いなくなる方が、困る」
リーネの目が揺れる。
「……ごめんなさい」
涙がこぼれる。
「……怖かった」
「……でも、何もできないのが、もっと嫌だった」
セレスは、静かに答える。
「……生きているだけで、十分です」
「……役に立つかどうかは、そのあとでいい」
処置を終える。
「……ひとまず、安定しました」
意識が湊に戻る。
大きく息を吐く。
「……マジで、焦った」
「……ごめん」
「ほんとにな」
少しだけ間。
「でも」
湊は、少し笑った。
「ちゃんと強くなってたな」
リーネも、少しだけ笑う。
「……うん」
風が吹く。
そして。
リーネが、前を指さした。
「……あれ」
遠く。
煙。
建物。
「……港町か」
「うん」
ついに。
辿り着く場所が、見えた。
灰の世界の中で。
そこだけが、少し違って見えた。