ひとつの器で六魂共鳴 - 最下層から始まる六人格侵略譚 - 作:z567ug
船は、ゆっくりとヴァレシア港町へ近づいていた。
灰冠大陸《グレイシア》とは違う。
海も、空気も、色が違う。
港の周囲には大小さまざまな建物が並び、海沿いには帆を下ろした船が何隻も停泊している。
遠くには白っぽい石造りの建物が見え、港町らしい喧騒もあった。
「……ほんとに違う世界みたいだな」
湊が呟く。
「うん」
リーネも頷く。
「水の匂いも、なんか違う」
「それはもう気のせいじゃないか?」
「そうかな」
船が岸へ着く。
船員たちが手際よく綱を固定し、木の板が渡された。
船長が振り返る。
「ほら着いたぞ、ヴァレシア港町だ」
「世話になったな」
「おう。死ぬなよ、兄ちゃん」
「縁起でもねぇな」
「この世界で生きてる時点で縁起も何もねぇよ」
船長は笑う。
それから、港の奥を顎で示した。
「食いもん買うなら中央通りだ。宿は西側に多い。薬やら雑貨は東寄りだな」
「へぇ、親切」
「礼は要らねぇ。その代わり、またサハギン出たら手伝え」
「嫌だ」
「即答かよ!」
リーネがくすっと笑う。
「ありがとう、船長さん」
「おう。嬢ちゃんは素直で助かる」
船長は片手を振って去っていった。
湊たちも荷を持って、港へ降りる。
足元が少し揺れる気がした。
「……まだ船酔いっぽい」
「みなと、弱いね」
「海に慣れてないだけだ」
「それを弱いって言うんじゃない?」
「言わない」
そんな軽口を交わしながら、港を見渡す。
活気はある。
けれど、どこか空気が張っていた。
荷を運ぶ男たち。
怒鳴る商人。
値を競り合う声。
その中に混じって――
鎖の音がした。
「……ん?」
湊が視線を向ける。
別の大型船が、ちょうど横づけされていた。
その甲板から、何人もの人間が引きずり降ろされている。
首輪。
手枷。
足枷。
痩せ細った身体。
殴られ、蹴られ、それでも無理やり立たされている。
「……っ」
リーネの顔が強張る。
「奴隷か」
湊の声が低くなる。
船員らしき男が、鎖を引いた。
「さっさと歩け!」
倒れた一人がそのまま引きずられる。
別の男が舌打ちした。
「今回も少ねぇな」
「ああ。前より入りが悪い」
「グレイシア側、最近やりにくくなってるらしいぞ」
「仕入れが難しいんだとよ」
「統治者が変わったせいか?」
「らしいな。攫いも流しも前みたいに上手くいかねぇ」
「面倒なこった」
「こっちは商品が要るってのにな」
その会話を、湊は黙って聞いていた。
横でリーネが小さく拳を握る。
「……ガルド」
「だな」
湊も短く返す。
「ちゃんとやってる」
胸の奥に、少しだけ熱いものが灯る。
あの大陸を任せた意味は、無駄じゃなかった。
けれど同時に、目の前の現実がそれを上回る勢いで不快だった。
『斬るか?』
羅豪。
(やめろ)
『気持ちは分かるでござる』
宗十郎。
『でも今は目立つべきじゃない』
シア。
『ここで手を出せば、港全体を敵に回しますね』
セレス。
『抑えろ。情報を優先しろ』
ガイゼル。
(……分かってる)
湊は歯を食いしばる。
分かっている。
今ここで殴りかかっても、助けられる人数は限られる。
むしろ自分たちが潰されて終わる。
だが、それでも。
「……クソだな」
小さく吐き捨てた。
リーネが、静かに頷く。
「うん」
しばらくその場を離れ、中央通りへ出る。
港の殺伐とした空気とは違って、こちらは商店が多かった。
魚屋。
果物屋。
布屋。
薬草を並べた店。
道の両脇から色々な匂いが押し寄せてくる。
「……とりあえず」
湊が現実に戻るように言う。
「情報集めながら、必要なもん揃えるか」
「うん」
「あと宿」
「あとごはん」
「そこ大事」
最初に薬屋へ入った。
店主の老婆は、二人を見てじろりと睨んだあと、無言で棚を指差した。
「愛想ゼロだな」
「でもちゃんと売ってくれるみたい」
「商売人の鑑だな」
薬草、包帯、消毒用の液体らしきもの。
セレスの指示を聞きながら最低限を揃える。
『その青い葉も買ってください』
セレス。
「これか?」
『はい。解熱にも鎮静にも使えます』
「お前がいると買い物が医療監修付きになるな」
『当然です』
次に食料。
干し肉、黒パン、果物。
露店に並ぶ焼き魚を見て、リーネの目が少しだけ輝いた。
「みなと」
「なんだ」
「これ、食べたい」
「珍しいな。欲が出た」
「だめ?」
「いや、むしろいい傾向だ」
二本買う。
一口かじる。
「……うま」
「うん」
魚の脂と塩気が、妙に染みた。
羅豪が脳内で騒ぐ。
『もっと食いてぇ!』
『燃費が悪いですね』
セレス。
『戦うには必要でござる』
宗十郎。
『全部食べる気?』
シア。
(お前ら黙ってろ。今は俺の口だ)
宿も取った。
二階の狭い部屋だったが、ベッドは二つある。
「グレイヴェルよりは落ち着くな」
「うん」
「でも高い」
「うん」
「それも落ち着かない」
数日。
二人はヴァレシア港町に留まった。
街を歩き、情報を集め、必要物資を整えた。
その間、湊たちは刀を探して何軒も回った。
だが。
「これじゃ短いな」
『細いでござる』
宗十郎。
『重さの配分が最悪』
シア。
『鉄の質も低い』
ガイゼル。
『叩けば折れそうだな!』
羅豪。
(お前は全部叩く前提だな)
店を出る。
三軒目。
四軒目。
五軒目。
どこも似たり寄ったりだった。
量産品。
装飾だけ派手な品。
見かけ倒し。
宗十郎が珍しく露骨に不満を漏らす。
『この程度では、拙者の刃にはなり得ぬ』
「そんなに駄目か?」
『駄目でござる』
「即答だな」
リーネが言う。
「この街には、もっとすごい人いないのかな」
その一言で、近くの武器屋の店主が顔を上げた。
「……いるにはいる」
「ほんとか?」
「ああ。だが街にはいねぇ」
「どこにいる?」
「東だ」
店主は面倒くさそうに答えた。
「ググル山の裾野に広がる森、その奥」
「山の中?」
「そうだ。偏屈な鍛冶師が住んでる」
「偏屈」
「まともな客は取らねぇ。気に入らなきゃ追い返す」
「感じ悪そうだな」
「実際悪い」
「会いたくねぇな」
「じゃあやめとけ」
「いやでも刀は欲しい」
店主は肩をすくめる。
「なら行け。腕だけは本物だ」
「名前は?」
「……ドゥルガン・ヴォルツ」
その名を、湊は頭の中で繰り返す。
「ググル山、か」
「遠い?」
「街道使って数日ってとこだな」
「数日か……」
店を出る。
外の空気は少し湿っていた。
セルディアは、やはりグレイシアとは違う。
「行くか」
「うん」
翌朝。
荷を整え、ヴァレシア港町を発つ。
東へ。
街道はよく整備されていた。
商人や旅人の姿も見える。
セルディアは水と緑が多いらしく、景色も少しずつ変わっていった。
灰一色ではない。
草木がある。
小川も流れている。
「……なんか、ちゃんと世界って感じだな」
「グレイシアも世界だったよ?」
「いやそうなんだけど、あっちは“終末感”が強すぎた」
リーネが少し考えてから、納得したように頷いた。
途中、すれ違った商人の一団が休憩していたので、軽く話を聞くことにした。
「この辺で何か大きい動きってあるか?」
湊が尋ねると、年嵩の商人が眉をひそめた。
「あるとも」
「首都で、上が死んだ」
「上?」
「この大陸の統治者だよ」
「へぇ」
「大陸北の大湖に浮かぶ、リヴェルア水上都市。その主が殺されて、別の奴が座った」
「物騒だな」
「最近はそれで皆ピリついてる」
リーネが聞く。
「新しい人は、いい人?」
商人は苦笑した。
「さあな。上のことは上にしか分からん」
「……なるほど」
湊は少しだけ気になった。
だが。
「ま、まずは刀だな」
「うん」
リーネも頷く。
今は宗十郎の長刀が先だ。
進む。
日が傾く頃には、遠くに山影が見えてきた。
それは、ただの山ではなかった。
重い。
大きい。
そして、その麓には深い森が広がっていた。
木々が密集し、奥が見えない。
「……あれか」
「うん。たぶん」
「ググル山」
風が吹く。
森がざわめく。
そこに、人を寄せつけない何かがある気がした。
「……いかにも偏屈が住んでそうな場所だな」
「偏見」
「でも当たってそうだろ」
「うん」
湊とリーネは顔を見合わせる。
そして、森の奥を見た。
宗十郎が静かに言う。
『ようやく、まともな刃に出会えそうでござる』
次の一歩が、少しだけ重くなる。
だが同時に、確かな期待もあった。
セルディアの東。
ググル山。
その山中にいる鍛冶師との出会いが、次の戦いを変える。
そんな予感があった。