ひとつの器で六魂共鳴 - 最下層から始まる六人格侵略譚 - 作:z567ug
煙は、思っていたより近かった。
乾いた風に乗って、焦げた匂いと、鉄のような血の匂いが混ざる。
足を進めるごとに、それは濃くなっていった。
「……ほんとに行くのか」
自分で言って、自分で苦笑する。
「行くって言っただろ、さっき」
『確認だ。引き返すなら今のうちだぞ』
「軍人さん、慎重なのありがたいけど」
『慎重ではない。合理だ』
『臆病とも言う』
『生存戦略と言え』
『全部同じじゃない?』
「うるせえ会議やめろ」
頭の中で人格たちが勝手に議論している。
いや、正確には“俺の一部”なんだろうけど、慣れる気がしない。
やがて、視界が開けた。
「……これが」
そこにあったのは、“街”だった。
ただし、俺の知っている街とはまるで違う。
崩れかけた石造りの建物。
歪んだ木の骨組み。
地面は舗装などされておらず、泥と灰が混ざり合っている。
あちこちから煙が上がり、ところどころで火がくすぶっていた。
そして――
「……ひどいな」
人が倒れている。
いや、“転がされている”と言ったほうが正しい。
痩せ細った男。
汚れた布を巻いただけの子供。
顔色の悪い女。
誰も助けようとしない。
いや、そもそも“気にしていない”。
「ここが……灰土街《アッシュクロウ》……?」
『第五圏でも、さらに底に近い場所だろうな』
セレスの声が静かに響く。
『衛生状態、最悪。感染症の温床』
「やめて怖いこと言うの」
ふと、視線を感じた。
顔を上げると、路地の奥から何人かがこちらを見ている。
目は濁っていて、光がない。
――ああ。
これ、“人を見る目”じゃない。
獲物を見る目だ。
「……やばいな」
『当然だ。貴様は“外から来た”匂いがする』
「匂いでわかるの!?」
『装備、姿勢、目線。すべてが異質だ』
「初心者狩りじゃん……」
そのとき。
「おい」
低い声が、すぐ横からかかった。
反射的に振り向く。
そこには、大柄な男が立っていた。
肌は荒れ、髪はぼさぼさ。だが体つきは明らかに鍛えられている。
腕には、粗末だが分厚い革の防具。
目つきは鋭く――そして、完全にこちらを値踏みしている。
「見ねえ顔だな」
「……まあ、さっき来たばかりで」
「そうかよ」
男は一歩近づいた。
距離が詰まる。近い。威圧感がすごい。
「ならルールくらい知っとけ」
「ルール?」
「ここじゃ、“弱いやつは持ってるもん全部取られる”」
そのまま、胸ぐらを掴まれた。
「――今みてえにな」
「っ!」
引き寄せられる。
顔が近い。酒と血の混ざった匂い。
『来るぞ』
『右手に力』
『顎を引け』
『殴られる』
『いや避けろ』
「いや指示多いって!!」
次の瞬間、拳が振り下ろされた。
――遅い。
そう感じたのは、俺じゃない。
体が勝手に動いた。
腕が流れるように相手の手首を払う。
同時に足が滑り込み、体勢を崩す。
「な――」
男の視界が揺れる。
そのまま背後に回り込み、関節を極める。
ぐり、と音が鳴った。
「い、いでぇぇぇ!?」
「……」
自分でも何をしたのかわからない。
ただ、“やり方を知っている”感覚だけがあった。
『基礎的な制圧だ』
「軍人さん!?」
『無駄な殺しはするな。状況が読めん』
「今のめちゃくちゃプロだったんだけど」
男が苦痛に顔を歪める。
「離せ……!」
「……離したらまた殴る?」
「……」
沈黙。
数秒。
「……殴らねえ」
「ほんと?」
「……たぶん」
「信用できねえな!?」
『関節をもう少し締めろ』
「医者なのに!?」
俺は少し力を強めた。男が悲鳴を上げる。
「わかった! わかったから!」
「ほんとに?」
「ああ! もういいだろ!?」
しばらく見て、ゆっくりと手を離した。
男はその場に崩れ落ち、肩を押さえて荒い呼吸をする。
「……くそ、なんだお前」
「いや俺もよくわかってない」
本音だ。
俺は自分の手を見た。
さっきまでの俺じゃない動きだった。
でも、確かに“俺がやった”。
違和感と、妙な高揚感が混ざる。
「……面白いな」
「え?」
「この街で、その強さで、その目か」
男が笑った。
さっきまでとは違う、どこか興味を含んだ笑い。
「お前、死ぬぞ」
「いきなり物騒!」
「この街はな、弱いやつだけじゃなくて、“強いやつも食われる”」
ゆっくり立ち上がる男。
「特に――“外から来たやつ”はな」
そのときだった。
「見つけたぞ」
別の声。
さっき荒野で会った連中と同じ、青い外套。
今度は五人。
その中の一人が、俺を指差した。
「そいつだ。さっきの第五民」
「……早いな再登場」
『数が増えた』
『囲まれる』
『逃げ場を作れ』
『殺すか?』
「物騒なの混ざってる!」
男が舌打ちした。
「……ちっ、面倒なのに目つけられたな」
「知り合い?」
「知らねえ。ただの上の連中の犬だ」
青外套の一人が前に出る。
「抵抗するな。第五民は処分対象だ」
「雑に“処分”って言うなよ」
周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
街の人間たちは、誰も助けようとしない。ただ見ている。
――いや、違う。
“見ているだけ”じゃない。
期待している。
どっちが勝つか。
どっちが死ぬか。
それだけ。
「……最悪だな、この世界」
小さく呟く。
胸の奥で、何かがじわっと広がる。
怒りか。
違う。
もっと静かで、冷たいもの。
「……湊」
セレスの声が、静かに響く。
『出るか』
「医者先生まで前線出る気!?」
『違う。“見る”』
「見る?」
『この街は、救う価値があるかどうか』
一瞬、言葉に詰まる。
そんな選択肢、考えたこともなかった。
「……俺は」
拳を握る。
「とりあえず、今は」
目の前の連中を見据える。
「殴られっぱなしは性に合わない」
その瞬間、体の奥で何かが“噛み合った”。
六つの魂が、かすかに共鳴する。
右手の紋章が、淡く光った。
『……来るぞ』
『面白い』
『判断は任せる』
『力を使え』
『壊すなよ』
「――やるしかない、か」
灰土街《アッシュクロウ》の中心で、
六つの魂を持つ異物が、初めて“力”を使おうとしていた。
それが、この世界にとって
小さな火種になることを、まだ誰も知らない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第2話では灰土街《アッシュクロウ》に入り、この世界の“現実”と“当たり前の残酷さ”を中心に描きました。
助けが存在しない環境で、人がどう扱われているのか、少しでも伝わっていれば嬉しいです。
そして、主人公にとっては初めての“複数人格による戦闘”となりました。
まだ断片的ですが、それぞれの力がどう噛み合っていくのか、今後の大きな軸になっていきます。
次話はかなり“主人公が主人公になる回”です
戦いの質が一段変わる回になるので、ぜひ続きも読んでいただけると嬉しいです。
もし少しでも「面白い」と感じていただけたら、お気に入りや評価などで応援いただけると励みになります。
今後とも「ひとつの器で六魂共鳴」をよろしくお願いいたします。