『そっちのエリア行きましたっす! お願いします!』
『任せろ正義くん。社長、さっきタル置いたのでそこに隠れてください!』
『隠れる……?』
『そうですその大きいタルです!
『大きいタル……?』
『なるほど。これでいいのかい? ……フフ、こっちに来たよ。真っ直ぐ来ている。そうだ、こっちだ……。いいぞ。こっちだ……』
──ドオオオオン!
『あっはっはっは! 遠藤先輩それ大タル爆弾じゃないすか。社長死にましたよ、ははは!』
『エンド……?』
:これマジで草w
:こっちだ……(ウキウキの社長)
:社長虐いいぞ
:遠藤センスあるよw
:社長死にましたよ!(笑)
:こいつ性格悪いww
:遠藤サイテー(褒め言葉)
:ゲーム画面なしでこんなに面白いのすげえわw
:朝4時のことである。
:拳藤「大きいタル……?」(困惑)
:この呟きがいい味出してる
某スマイル動画に投稿されていた切り抜き動画。それはVNIVEARTH24時間配信の男パートで行われた、無画面モンハンから切り抜かれたものだった。
女性陣の睡眠時間をカバーするために行われたあの配信は、徹夜で8時間以上に渡って行われたこともあり、俺の記憶も多少曖昧だったりする。
疲労と眠気の中、配信を無言にさせるまいとひたすらボケ倒し、騒ぐようにしていたことだけははっきりしている。
暇さえあればどこでもおもむろに肉を焼き、小タル爆弾を社長の足元に置き、あるいは笛で社長に殴りかかった。
『全員裸(防具なし)で狩りに行こうぜ』と提案し、雪山に行き支給品のホットドリンクを独占して、裸の社長を雪山に1人だけ放置したり。
崖っぷちに立っている社長を襲い、吹き飛ばしたりした。
その場で思い付いたことを片っ端から実践して、モンハンマルチのあるあるを詰め込んだ配信である。
もっとも、ゲーム画面がない以上は無駄な努力だったはずだけど……。
男3人が楽しそうに馬鹿をやるという構図となったこのVNIVEARTH三馬鹿ハンティングは、視聴者がコメントでツッコミを入れるという文化に適ったようで、これが思いの外コメントが付いている。
この動画サイトにとっては、VTuberというものはどちらかというと嘲笑の対象だったと思う。
一時期は『絵畜生』とも揶揄され、アングラに近い者ほど受け付けず、ただの配信者がイラストを被っただけとする声も大きかった。
ただし、これから流行の波に押され勢いを失ってていくこの動画サイトは、それを体現するかのように一般層寄りの支持でVTuberの切り抜きがランキングに上がることもあり、それがVTuber繁栄の一助となったのは確実だ。
まぁ、最初からVTuberアンチであった人の中には、印象だけで受け付けずに見ずに否定していただけで、実際見てみたら嵌まってしまった、という人も少なくなかったりする。
画面上を横に流れていくコメント。
この動画サイト特色で、後から見た人間のコメントでもその動画の場面に合わせて横に流れていくという、擬似的にリアルタイムを味わえるというのは本当に画期的だ。
こうして活発な動画サイトで名を広めることで、VTuber──Yovitubeで活動するバーチャルライバーは、ファン層を拡大してきた。
だから、VNIVEARTHの切り抜き動画が話題になるのは望ましい。
半ばおもちゃのような扱いだったとしても、それは広告と同義。箱の力へと還元されるだろう。
「──亜紀人。見てくれ、ボク達の動画がTvvltterに投稿されているよ」
VNIVEARTHに対する世間の反応をリサーチするのも、業務の一環。事務所で動画を見ていると、社長がスマホ片手に隣に接近してきた。
それは同じく、三馬鹿による狩りの切り抜き動画、その一部だった。
呟く際の内容も秀逸というか、物は言いようで、
『隣の男子部屋うるさいんだけどwww』
という女性リスナー間での身内ネタとしての呟きが、空気感が当て嵌まるのもあってプチバズ。
2000のふぁぼ──もとい、いいねが付いていた。
「ボクのアカウントにまで流れて来るだなんて、有名人じゃないか」
いや、VNIVEARTHライバーは
お前くらいだぞ、何もしてないの。ライバー、それも運営側も兼任してる自覚ある?
無反応で許されるのは佐土原恭子くらいだ。この動画投稿に対しても何もしていない。
彼女は気が向いた時に、おはようとおやすみを呟き、ときどき配信の告知をするだけだ。
告知しないで配信してるのもすごいけど。黒宮院みやみが気付けばそっちで告知する、というのを見かける。
導線が黒宮院みやみならば、あのいかがわしいリスナー層も納得である。
また、水着イラストもこれが中々に好評だ。これをきっかけに全体の登録者数が微増している傾向があるが、特に男の方が効果を大きく感じる。
それもそのはず、拳藤正義という比較元が低い男性ライバーの登録者数が、一晩で50人とかいう勢いで伸びたからだ。
社長のビジュアルも受けが良いとされるのはいいんだけど、俺の部分、遠藤ことみなしごエンドレスもそれなりに、いやかなり絶賛されている気がする。
おかしいな。俺は俺自身を格好良く描くのは小っ恥ずかしかったので、片目を大きく開き、もう片方を細め、舌を出すように嗤う、という遊戯の王にありがちな顔芸にしたはずなんだけど……。
何か良いところがあるかと探して見れば、いずれ大人気キャラとなる呪術漫画の白髪教師の学生時代のような印象があるかもしれない。
基本的に男は格好良く、女は可愛くデザインしているので、最初からよほどわかりやすくモブとして描かない限り、何かしらの層には刺さる可能性がある。
海パンアロハシャツで星型サングラスを付け、変顔をする俺。
イケメンキャラではあるが、海パン社員証という変態装備で、なおかつ社長だからと支配者のように両手を掲げているが、グリコのようなYの字になっている変態社長。
そして、今回の男性イラストの中で、意識的にイケメンに描いた拳藤正義。
爽やかな笑顔と、汗を脱ぐ拭う仕草。大きく開かれたパーカーから覗くのは、引き締まった筋肉。
彼が女性受けするキャラとして認知されるように設計したこのイラストは、見事に意図通り作用している。
拳藤正義というライバーは、まだまだこれからだ。俺や社長といった、社員を兼任している少し特殊なライバーと違って、純粋にデビューしたこの時代における標準的な男性ライバー。
3人いる男の中で、彼だけが社員でなく、そして彼だけが高校生の設定だ。中の人にしても、社会人と学生で違うところがある。
男性ライバーにとって不遇の時代に、彼だけを仲間外れにしてしまうことへのお詫びではないが、イラストの印象が良い方向へ繋がるのなら何よりだ。
バズ。バズり。バズる。
SNSでの『バズ』というのは、そのままライバーの知名度上昇に直結する。
このバズに上手く乗った身近な例が、波羅劾ざくろだ。ビジュアルでバズり、キャラでバズり。広報担当で視聴を継続させていく。
本人はここまで戦略的にやっておらず運に依った部分も大きいが、こういった『バズ』をいかに生み出せるかが、VTuber活動において大事になってくる。
そのためにはやはり、刺激的な発言が一番奥手っ取り早いのだが……。
問題は、俺自身がそういったエキセントリックな言動はできても、叩かれるリスクもある以上、他のライバーに勧めることはできないということだ。
俺はVNIVEARTHを大きくするつもりはない。あの未来のような悲劇を避けることさえできれば、それでいい。
だけど、それが意図的に努力を排除する理由になってはいけない。
現状維持でいい俺と違って、向上心のあるライバーがいる。
人生をかけているライバーがいる。
俺は、上を見上げて努力する彼女たちに、報いたいと思ってしまうのだ。
*
できる努力はする。
努力に報いる。
そのためには、一度話し合いの場を設けなければいけない人物がいた──。
『あ。こ、こんばんは〜……。あの、すみません、アタシまた何かしちゃいましたか……?』
大事なお話があります。その文言で通話を取り付けたのは、VNIVEARTHの原初のライバー。一期生、
配信がない平日の夜。お暇な時で良いので……とメッセージを送ったところ、今夜はいつでも平気ですと返事が来たのだ。
迅速な応答。好ましいライバーである。
大手の箱であるあるとして語られる、返信遅いネタとは無縁だ。
しかしてスピーカーから聞こえる声は不安そのもの。異世界転生してチートで無双した時のようなセリフのくせして、か弱かった。
何か話をされるようなことをした心当たりがあるらしい。
「ええ、それも少しありますが、安心してください。お話させていただくのは、もっと前向きなお話です」
「そ、そうですか……!」
声が明るくなる。
うーん、事務所的に『言わないようにして』としたことを雑談で普通に言いかけるのは、わりとかなりどうにかして欲しい所ではあるけれど。
まあライバーにも隠し事を多く強要する俺にも問題はある。その辺は追々考えて行こう。
「まあ、前向きな話もある、という話です。
えー、ではその2つ、厳しい話と優しい話、どちらを先にしますか?」
少し意地悪をしてみる。真面目な空気で責め立てるようなつもりはないのだ。
「えっ!? え、えぇー……。き、厳しい話からで……。すみませんっ……」
可愛いね。こういうのは配信でやろう。
「ふふふ。すみません、少し意地悪をしてみたくなりました。とても可愛らしさが伝わってくる、魅力的な反応です」
「えっ」
「萬屋様がリスナーに人気なのも頷けますね」
「ああ……。そうよね。そういう意味よね」
なんか言ってるか? 聞き直す……ほどでもないのか。いいや、続けよう。
「主題ではありませんので簡単に。少しだけ気を付けて欲しいのが、雑談で取り扱う話題についてですね」
「う……。そうですよね……」
「萬屋様はとても楽しそうにお話されますし、それが素敵なところですので仕方がない部分もあります。
ですが、活動が続けば、ゆくゆくは守秘義務に関わることなども出てくるでしょうし、もう少しでいいので、言ってはいけないことを頭の片隅に置いていただけますと助かります」
「す、すみません……」
はいおしまい。暗い話はさっさと切り上げてしまうのが、ライバーの精神衛生上望ましい。
「さて、前向きな話です。今後のVNIVEARTHの運営方針ですが、VNIVEARTHの運営を一任している身とすれば──
──萬屋様、萬屋ぺすと様。
萬屋ぺすと様を、VNIVEARTHの代表、看板ライバーとして推していくつもりでいます」
わざわざ通話をしておきながら、ではあるが、別段特別な話というわけでもなかった。
「配信内で萬屋様を紹介する際に既にそうさせていただいていることですので、改めてお伝えするだけのことになってしまうのですが、真面目なお話として直接説明をさせていただこうと思いまして……」
俺の頭の中では、萬屋ぺすとをVNIVEARTHの旗印として掲げていくのは既定路線だった。
今日は、それを明確に本人へ説明するだけのこと。
だけのこと、なのだけど──
「ア、アタシが代表、ですか……?」
何か戸惑いを感じる声。そこまで突然の話でもないだろうに。
「いや、あの……アタシは一期生ってだけで、そんなにすごくないと言うか、登録者数だってざくろちゃんに負けたままで、に、2000人も差があるのよ。
代表なら、ざくろちゃんに……」
ああ、またか。
いや、またか、なんて安い言葉で片付けちゃいけないんだけど。
萬屋ぺすとは具体的な数字の話となると自信が揺らいでしまう。それは初期の劣悪な環境に置かれていたことが原因なのだが、今でも卑下するところがある。
「いえ、確かに現状では数字の差はあるかもしれませんが、以前もお話させていただいたように、VTuber界隈はまだまだ発展途上。これからいくらでも変わる数字です」
「で、でも……。ざくろちゃんはインフォメーションもあって、ガワもバズっていて、中心になるならざくろちゃんじゃないかしら……」
「うーん、情報屋はあくまで紹介する側ですし、キャラ付けとしても主人公とかではなく、サポート役の印象もありますね。
ピアスも沢山付いてますし、染めたようなカラーリングの金髪で、元々は不良キャラとしてのデザインです。属性的に考えるなら、アイドルを目指すツンデレの努力家の方が表立った活動に向いていますし、事務所のイメージ的にも相応しいと考えます」
王道系のヒロインとアングラ系のヒロイン。
どちらがいいと優劣を付けることではないが、パブリックイメージで見れば看板とするべきは前者だ。
「アタシも自分で髪を塗ったり、不良よ……」
真面目な声で聞こえてくるけど、もしかしてボケているのだろうか。どうしよう。
「それに、それならせるりちゃんもいるし、せるりちゃんだってアタシより多いのよ」
必死に自分を下げる人間に、どう返答してあげるのが良いのだろう。
少しだけ考える。危惧すべきは、俺の申し出がただ迷惑なだけだった時の場合だ。
「……一応確認させていただきたいのですが、萬屋様は嫌ですか? ご迷惑であれば引き下がりますが……」
「い、嫌ではないです! 嬉しいです……けど、アタシじゃ役不足ですよね……」
役不足は、役者に対して与えられた役がしょぼいことを示す言葉だ。有名な誤用。
ここでは指摘しないけど、人伝に発言を知った無関係の人とかが、執拗に叩くこともあるかもしれないから、後でやんわり伝えよう。
「嫌でないのでしたら、私は萬屋様にお願いしたいです」
「ざ、ざくろちゃんやせるりちゃんは納得してくれるかしら……」
「うーん、異論はないと思いますよ。萬屋様は箱の頼れる一期生として慕われてますし、おそらく今から聞いても普通にわかりましたと返ってきますよ」
むしろ最初から全員の承諾を得ておくべきだったか。他のライバーに伝えなくてもいいことだとしていたので、盲点だった。
「確認しますか?」
「そ、そこまでは……」
「では、萬屋様が嫌でなければ、是非ともお願いしたいです。これは私個人の感性で決めた希望です。
そして、求められる人材としての条件的にも萬屋様が相応しいと考えています」
一度言葉を切る。何からどう話したものか。
「まず、萬屋様は社会人で、波羅劾様、詩星様の
この悪意が渦巻くインターネットで活動していくのは荷が重いところがあります」
これは紛れもない現実の話。インターネットでの活動は、必ずどこかで悪口を向けられる。
単純にメンタル面でも求められるものがあるし、活動上における良し悪しの判断や、自身に明確な過失のある失敗に対しては責任を負わなくてはいけないなど、要求されるものは多い。
そして、社会人と学生の違うところはこれだけではない。
「それに、学生ということはこれから就職もありますよね。今後活動ペースが落ちることもあります。就職に伴って、ライバーを辞めてしまうかもしれません。
その点萬屋様はどうでしょう、既に社会人として仕事をされている身。そして本業がありながら、その活動ペースは事務所としても目を見張るものです」
紛れもない本心だ。俺はあの未来、仕事があるからと、夢に対して本気になることを放棄していた。
「アタシはただ、配信をつけて喋ったり、ゲームしてるだけで、そんなに偉いことはなにも──」
「偉いですよ。社員としても、一個人としても、萬屋ぺすと様を尊敬しています。努力は誰にでもできることじゃないんです。
この仕事を始める前の私がそうでした。
いつかやればいいと、何もせず、時間ばかりが過ぎていく──」
疲れたから明日やればいい。寝たい。ゲームがしたい。
本気なら、また、その内。その気になった時に出せばいい。
そうやって人生を無駄にした男がいた。
病に倒れ、努力をする意味がないと不貞腐れた。
だがどうだ。萬屋ぺすと──仁科桜子という女性は、俺のできなかったことやっている。
夢に向かって、本気で取り組む。
──俺はそんな彼女に、報いたいのだ。
「そんな萬屋様だからこそ、『相応しい』。私は萬屋ぺすと様を応援したいんです。本気で活動をしているあなたを。
そしてリスナーだって、同じことを考えているはずなんです」
「な、南條さん……」
萬屋ぺすとは、仁科桜子は、俺の名前を呼び、それから少し無音が流れた。
そして、小さく聞こえてきたのは嗚咽。
彼女は泣いていた。
俺は慌てて謝るが、程なくして返ってきたのは感謝の声だった。
「あ、ありがとね……。マネージャーには励まされてばかりだわ……。
じゃ、じゃあアタシ、看板、お願いしてもいいのかしら……?」
「ええ、任せてください。それに、お願いするのはこちらです。これからは、企画ごとでは萬屋様がいる前提で計画を立てていきます。
これからは、と言いますか、既にそうしているので、これからも、ですね。何も変わることはありません」
「え……」
「何か新しい技術や取り組みを始める時はまず萬屋様から行うことを考えますし、萬屋様も、何か自分の配信で始めたい試みがあれば何でも言ってください。
漠然としたものでも構いません、求めていただければ一緒に考えますし、私は全力でサポートします」
「そ、それも、今まで通りですよね……」
萬屋ぺすとは、涙声の混じった笑い声で、そう言った。
「あ、看板ライバーですので、雑談中に言ってはいけないことについては気を付けてくださいね。本当に。
マネージャーが男であることや、こうして男性と夜に会話をしたことなど、絶対に言ってはいけませんよ」
「は、はい……っ! 気を付けます……!」
その返事は、最初通話が始まった時と比べて活気に溢れていた。
……ピンクの象という言葉がある。
ピンクの象のことを考えるなと言われた人は、考えるなと言われたことによって、ピンクの象のことを考えてしまうというものである。
大丈夫だよな、萬屋ぺすと。信じているぞ。
*
ただの既定路線を共有するだけにしては、なんだか大袈裟な段取りをしてしまった。
けれど、俺が心の底から思っていることを、伝えらることができたと思う、その翌日。
VNIVEARTH所属のとあるライバーから、メッセージが届いていた。
『大事な話があるんですけど、いいですか?』
いつでもいいですよ、と直近でされたような答えを俺が返すと、これまた同じように、その日の夜には通話が設けられた。
声の主は、拳藤正義。
イラストによる後押しもあって、現在進行形で登録者が増え始めた、男性ライバー。
告げられたのは、俺が全く以て考慮していなかった話だった。
『すいません南條さん、オレ──
──VNIVEARTH、辞めるかもしれなくて』
……え、マジ?