ベル君の身長が203cmなのは間違っているだろうか? 作:長身キャラ大好き
入店から程なくして現れた団体客──ロキ・ファミリア。
オラリオに来て日が浅い俺ですら、噂を聞き及んだ事がある錚々たる顔ぶれの中には、当然あの人──アイズ・ヴァレンシュタインさんの姿があった。それと彼女の仲間と思しき
無意識のうちに
──視線が交わった。
「「あっ」」
とんでもない来客に静まり返っていた店内。ウェイトレス達の挨拶と厨房から聞こえる調理音だけが聞こえる中で、俺と彼女がふと漏らした声が静かに木霊する。
それを間近に見た周囲の団員が不思議そうにする中、あの
こちらも負けじと真っ向から受け止める。
初撃を互いに弾き合うと彼は鼻で一笑し、手をポケットに突っ込んで威圧的な態度で近付いてきた。
アイズさんが「ベートさん?」と半ば呼び止めるように声を掛けるが、彼はそのままシルさんを間に挟んですぐそこまでやってくる。
「なんだと思えばあの時の白髪頭じゃねえか。こんな所で会うとは奇遇だな、てめえみたいな貧乏野郎がこの店にいるとは思わなかったぜ」
「ふっ、余計なお世話だ。そっちこそ集団で行動するタイプとは思わなかったぞ、俺はてっきり一匹狼だとばかり」
「けっ、あんな事があっても口だけは達者だな」
「──これベート、来て
男が今にも悪態を放つかと思われたその時、先頭にいた巌のようなドワーフが彼を後ろから諌めた。
獣耳がぴくっと揺れるが、目は此方から逸らさずに。
「うるせえジジイ、テメエはひっこんでろ」
「断る、お前は放っておくと普通の客にすら手を上げるからのう。そんな事になれば
「チッ⋯⋯」
男は毒気が抜かれた様子で目線を切る。ドワーフの男は彼の隣に立つと、顎髭を弄りながら山のように穏やかな表情でこちらに視線を浴びせてきた。
頭のてっぺんから爪先に、そこから往復して──最後は目に止まる。自然と目が合う形になった。
年の功とやら感じさせる、温柔で深い理知を宿している眼差し。しかし瞳にはあの猛獣を黙らせるだけの威厳を湛え、その奥には溶岩のような激情が眠っているように感じた。
ベートと呼ばれている男が小規模な噴火を繰り返す活火山であれば、彼は休火山。来る者を拒まぬ雄大な存在だが、間違っても火口を覗くべきではないだろう。
テーブルにつかず繰り広げられるこちらのやり取りに、彼らの仲間達の注目を一斉に集める中、その漢は一度瞬きをして。
「うちの駄犬が悪かったのう、若いの」
「いえ⋯⋯」
「
俺の年齢を一瞬にして看破した事に瞠目するが、すぐに表情を改め、彼に敬意を表すべくその場に起立する。こちらを注視する視線がぐいっと上がった。
「ベル・クラネルと言います。貴方は⋯⋯ロキ・ファミリアのガレス・ランドロックさんでしょうか?」
「ほう、知っておったか」
「以前ギルドのアドバイザーから聞き及んでいました」
「ふむ」
アイズさんの事を知っていたのもこれが理由だ。因みにベートとやらの情報は無い。
ガレスさんは髭を撫でると、続けた。
「それにしても、そうか。昨日アイズとこいつが話しておった、五階層でミノタウロスを食い止めていたという冒険者はおぬしであったか」
「⋯⋯!」
咄嗟にアイズさんの顔を見ると、彼女はこくんと首を縦に振った。耳をそばだてていた団員達も口々に「ああ、あれが噂の」「確かに大した体だな」と感想を漏らす。
ミノタウロスとの一件は、どうやら彼らの間で知れ渡っているらしい。
俺に対する印象の良し悪しは判然としないが、結果が結果なだけに、落ち着かない気分だった。
「聞いていましたか」
「ああ」
チラリと横目で見ると、
いったいどのような言葉であの戦闘を言い表したのだろう──そう思っていると、ガレスさんは口髭の奥に白い歯を見せて。
「剣が叩き折れるまで勇猛果敢に戦った──アイズがそう言っておったぞ」
「えっ⋯⋯」
「この男も口下手なりに褒めておったわ、具体的には⋯⋯」
「──おいッ、黙れ耄碌ジジイ!誰がこの命知らずのバカノッポを褒めたってんだよ!」
「誰が耄碌ジジイじゃ!『負けると分かってる戦いを愉しんでやがった』と言っておったのはお前だろう、若いのにもう忘れおったのか!」
「チッ、面倒臭え!」
電撃のように割って入ってきたベートだったが、ガレスさんの具体的な指摘に、奥歯を噛んでバツが悪そうに悪態をつく。
素直な奴じゃないとは第一印象から思っていたが案の定だな、と内心笑っていると、彼はギンとこちらを睥睨し──ガッ。行先を阻むようにカウンターの角をメタルブーツで踏み付けた。
「勘違いすんじゃねえぞ白髪頭ァ!俺は勇猛と無謀を履き違えてるテメェの事を馬鹿にしただけだ!」
「ふっ⋯⋯はははっ!本当に素直じゃないんだな、お前は!」
「なっ、テメェッ!」
犬歯をギラつかせてとにかく威嚇してくる姿に思わず笑ってしまうと、それが気に障ったのか、彼は一際大きく吠えて──俺の胸倉を掴み、身長差を物ともしない膂力で持ち上げてきた。
「──っ」
「口を閉じてよく聞きやがれ雑魚野郎が、俺達の助けがなければテメェはとっくにミノタウロスのクソになってんだ。それに気付かずのうのうと笑ってる今のテメェを見ると──マジでブチ殺したくなる」
男は先程まで荒ぶっていた語気を潜め、濃密な殺意を込めて冷酷に、そして淡々と語り掛けてくる。
素直じゃないこの男にとって、きっとこれはなんの脚色もない純粋な感情の発露なのだと、その声と表情から
同時に、今の一瞬のうちにそれほどの嫌悪感を覚えたのは、俺が見せた
「──ッ、愚か者が!他人に手を上げるでない!」
「引っ込んでやがれジジイ、コイツは俺に喧嘩を売ったんだ。おいそうだろ、デカブツ」
「⋯⋯お前がそう思うなら、俺が誤解を解くことは出来ないだろうな」
「言葉遊びをしろとは言ってねえ、『はい』か『いいえ』で答えろ。──改めて聞く、お前は自分の立場を理解してんのか」
「ああ、理解している」
毅然とそう言い返すと、彼は胸倉から手を離した。
トン──床に足がつく。
男は何かに諦観したように顔を伏せ、剣呑な感情を整理するように短く溜息を吐く。見逃してくれた、という訳ではないだろう。
俺は目を皿にして彼の一挙手一投足に神経を集中させる。
酒場には極度の緊張感が張り詰め、厨房から聞こえる油の音と街路の活気だけが流れている。シルさんも、ミアさんも、ガレスさんもアイズさんも、この狂犬の主神である彼女すら固唾を呑んでこの静寂を崩さない。
味方をしてくれる人がいない、という訳ではない。
ガレスさんはいつ何が起きても力尽くで止められるよう、この男の事を凝視し、アイズさんは神妙な面持ちで腰に差しているサーベルの柄を指先で触れている。
翡翠の髪のハイエルフは頭を抱えて金髪の
入口正面のカウンター席に腰掛けて頬杖をつく彼らの主神──ロキは、その
ミアさんは横目でこちらを見やりながら、ベートからは見えない所でオタマを握り、シルさんは空いた口が塞がらないまま成り行きを見守る。
それ以外にも沢山居合わせているロキ・ファミリアの団員、店のウェイトレス、他の客達も、各々がこの瞬間に没入する中──
「いっぺん、死ねァッ!!!!」
目にも止まらぬ剛拳が、微塵の躊躇もなく、一欠片の遠慮もなく、
怨敵を確実に死に至らしめんと、俺の顔面に襲いかかった。
「ベルさんっ──!!!」
そこら中から様々な音が聞こえるが、頭が
しかしその中でも、真隣から聞こえるシルさんの悲鳴だけは克明に脳まで届いた。
物理的に近いから?声が大きかったから?この中では彼女が一番交流があるから?
違う、彼女だけが俺の名を叫んだからだ。
男として生まれたからには、女の悲鳴は無視できない。
英雄を目指すからには、女の悲鳴から逃げてはいけない。
だから、俺は──!!!
空気が、震撼する。
不可視の塊が肌を殴り、髪を泳がせる。
「なっ⋯⋯」
目の前を覆う拳の向こうで、あの男の声が漏れた。
それに続いて、山脈のような威厳を放つ
深く息を吸い込み、脳に集中していたエネルギーを全身に隈無く循環させ──眼前の拳を、払い除けた。
一切の抵抗がないまま、握り拳がふわりと宙に踊る。奴は払い除けられた拳を呆然と目で追っている。ありえない、意味が分からない、理解できない、そんな感情を瞳に滲ませて。
俺は心の昂りを鎮めるように呼吸を繰り返し、目の焦点を眼前の男に据える。
時間がゆっくりと流れていき──間もなくして、男と視線が交差した。
「──ッ!?!?」
我に返った男は、呆然のあまりにふらりと後ろに倒れかけていた体を咄嗟に持ち直して拳を構えてくる。
ピクピクと痙攣する目尻には先程までの剣呑さはなく、今の状況への動揺が露わになっているのが見て取れる。
もう一度深呼吸をしていきり立つ心を抑え込むと、俺は眦を決し、口を開いた。
「死の恐怖を笑い飛ばしてこそ、
男は絶句して両の握り拳をだらりと
その表情からは完全に戦意が抜けきっており、こちらを見上げる瞳にはどこか虚ろを宿していた。
俺は一切の瞬きすらせず彼に眼光を照準し続け、己の中に存在する意志を浴びせ続ける。それによってこの男が逃げ出そうが発狂しようが、激昂して殴りかかろうが、決して目を逸らしはしない。
それこそが、心に描いた
「──ピピーッ!!両者そこまでや!」
『!?』
唐突な口笛と、それに続く間の抜けた声が静寂を斬り裂く。
俺やあいつも含めた全員の注目が殺到する中、その女神はにやりと口端を吊り上げて。
「この勝負はリングから退いたベートの負け!罰として今日の打ち上げへの参加は禁止や、さっさと
「なっ──あんだとぉっ!?俺が負けたとか──」
「ええからはよぅ出てかんかい」
ひょうきんな口調にはまるで似合わない凍てつくような声でそう命じられると、ベートは息を呑む。
そして、苛立ちを込めた様子で床を蹴り、そのまま店から飛び出していった。
「⋯⋯ふぅっ」
夜の街を駆け抜けていく音が遠のいていく中、今一度深呼吸をして肩に籠もっていた緊張を
それにしても、あれがロキ・ファミリアのメンバー⋯⋯アイズ・ヴァレンシュタインと肩を並べる存在か。
やはり凄まじいものだ、と感心と共に畏怖を抱く。
なにせ、俺が本能的に死を覚悟したのは、これまでの人生の中であれが初めての事だった。
「──ウチの団員が迷惑をかけたね、ベル・クラネル」
先程まであの男が居た場所から、別の声が上がった。
声変わりすら経ていないような甲高い、しかし深い理知を滲ませている『賢者』の声。
目視せずとも誰がいるかは推測出来る、ロキ・ファミリアの団長を務める
瞬きの後に視線を落とすと、やはりその人物がそこに立っている。
俺は偉大なる
「いえ、今回は売り言葉に買い言葉かと。⋯⋯それに、彼の言い分にも一理あります」
「殺されかけたのにそんな事を言えるとは、大した度量の持ち主だな、君は」
「っ、恐縮です⋯⋯!」
「そう畏まらないでくれ。君はああ言ってくれたが、今回の騒動の発端は元々僕達、ロキ・ファミリアにある」
「と言いますと」
「君が五階層で遭遇したミノタウロスだが、実は我々が中層で遭遇した個体が逃げ出した物なんだ」
「⋯⋯うん?」
首を傾げて一考する。
あの男との騒動の発端は五階層に出現したミノタウロスから助けてもらった事にあるが、その状況を作り出した原因は彼らにある。つまりこれらは意図せぬ形で生じたマッチポンプなのか⋯⋯。
ふと、先程ぶつけられた言葉を反芻する。
──口を閉じてよく聞きやがれ雑魚野郎が、俺達の助けがなければテメェはとっくにミノタウロスのクソになってんだ。
あ、あいつはよくそんな事を言えたな。そりゃあ主神から退場を言い渡される訳だ。
「⋯⋯」
色んな衝撃を受けて思わず絶句していると、フィンさんは俺の心情を察したのか苦笑いを浮かべた。
「はは⋯⋯あー、とにかく本当にすまなかった。お詫びと言ってはなんだが、今晩の君の食事代はこちらが持ち、後日、ミノタウロスとの戦闘で失った武器の代わりを購入させてほしい」
「えっ⋯⋯そんな!?」
「これ、待ていフィン。それではあまりにも少なすぎる」
「そうだな。あの男は本気で彼の事を殺しにかかっていたのに、そんな生半可な物を謝礼とするのは、無礼に過ぎる」
これまで沈黙を守っていた
フィンさんが提示していた条件でも畏れ多いというのに、それ以上の物となると恐縮し過ぎて身長が縮みそうだ。
「⋯⋯お二人のお気持ちは嬉しいのですが、そこまでして頂くのは自分としても心苦しい所が──」
「まあまあ!いいじゃないですか、ベルさんっ!せっかくロキ・ファミリアの方々がそう言ってくださっているんですし、この機会にちゃんとした装備を揃えちゃいましょうっ!」
「し、シルさんも何を言って⋯⋯!?」
他人事だと思って豪胆な事を言ってのけるシルさんに冷や汗を流す。
おいおい逃げ場がどんどん無くなっているぞ、と目線を右往左往させていたら、アイズさんと目が合った。
彼女は此方の内心を察知したのか、こくんと頷くと、フィンさんの肩をとんとん──と叩き。
「フィン、彼の買い物には私が付き添う」
『えっ?』
俺やフィンさんを含めた大勢が一斉に声を漏らす。
「駄目?」
「ああいや、少々驚いただけさ、別に構わないよ。まさか君がそんな事を言い出すなんて思ってもいなかったからね」
「⋯⋯そう?」
「うぅむ、確かにそうじゃのう⋯⋯」
「──そういう訳で、うちの姫様たってのご希望だ、買い物には彼女が同行する。こう見えてアイズの冒険者歴は長いから、目利きは任せるといい」
「は、はい⋯⋯」
大きな力の渦に抗えないまま、自分の体がずるずると呑み込まれていくのが分かった。
その後、注文していたディナーセットが届き──俺は、
という訳で、当初の予定通りベートを店から出ていかせる事に成功しました。
アイズと買い物に行く展開は急に思いついたので次回はまだ何も決まっていません。