『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第8話:断罪の波動

鍛冶職人の工房を後にした一党は、夜の帳が下り始めた裏通りを歩いていた。雨は小降りになっていたが、湿った空気は重く、街のあちこちに不穏な気配が沈殿している。

 

その時、路地裏の突き当たりから、切迫した叫び声が響いた。

 

「――離してくださいッ!!」

 

一党が角を曲がると、そこでは数人の男たちが一人の町娘を壁際に追い詰めていた。男たちは一応、冒険者の体をなしているが、その瞳に宿るのは功名心ではなく、濁った欲望だ。

 

「いいじゃねえか、姉ちゃん。俺たちはこれから北の戦場へ行く『英雄様』だぜ? 出陣前の景気づけだ。少しぐらい付き合えよ。これも世のため人のためだろ?」

 

男が下卑た笑いを浮かべ、町娘の腕を強引に掴む。北方の戦火を免罪符にして、欲望を正当化しようとする醜悪な振る舞い。

 

「……最低ね。ゴブリンと同じじゃない」

 

妖精弓手が怒りに眉を吊り上げ、背負った弓に手をかけた、その瞬間。

 

「お待ちくだされ、野伏殿! ――何かが、来ます!」

 

蜥蜴僧侶が鋭い牙を剥き、周囲の「空気の変化」を敏感に察知した。

温度が急激に下がり、大気が震えるような、物理的な重圧が一党を襲う。

 

路地の奥、深い闇の中から、カラン、カランと規則正しい鉄の音が近づいてきた。

 

「不浄の臭い……。また、見つけた。ここにも、不浄なゴブリンが……」

 

闇を裂いて現れたのは、ボロボロの黒いフードを纏った人影。

そして、その頭部に戴いているのは、使い古された、けれど見紛うはずのない「鉄の貌」。

 

「……かみきり丸と同じ兜に、黒いフード。間違いない、噂の『死神』じゃ」

 

鉱人道士が低く構え、その異質な姿を注視した。

一見すれば、隣に立つゴブリンスレイヤーの鏡像。だが、そこから放たれているのは、守護のための殺気ではなく、万物を塵に変えんとする「絶対的な拒絶」の波動。

 

町娘を掴んでいた男たちが、その不気味な姿に怯え、腕を離した。

 

「な、なんだてめえ……。その格好、さては噂の殺人鬼か!?」

 

死神の瞳の中で、曼荼羅の紋様が狂おしく回転を始めた。

彼女の視界。

そこに立つ「英雄」を自称する男たちの姿が歪み、緑色の醜悪な小鬼たちの顔へと書き換えられていく。

 

冒険者崩れの男が、腰の剣を引き抜こうとした――その刹那だった。

死神の右掌が、無造作に、払うように動く。

 

――ドォォォォォォォォォンッ!!!

 

爆音。衝撃波は物理的な風となって路地を駆け抜け、男たちの身体を背後の石壁ごと「粉砕」した。悲鳴すら上がらない。そこにあったのは、もはや「死体」ですらなく、ただ壁を汚す赤い飛沫と、ひしゃげた鉄屑だけだった。

 

「……掃除、完了」

 

鉄兜の奥で呟き、黒い影は一党に一瞥(いちべつ)もくれず、驚異的な跳躍で建物の屋根へと飛び上がった。

 

「っ……! 待ちなさい!!」

 

妖精弓手が叫び、即座に矢を放つ。だが、放たれた矢は死神が空中で軽く手を振っただけで、見えない壁に弾かれるように軌道を逸らされ、夜の闇に消えた。

 

「追うぞ」

 

ゴブリンスレイヤーの短い号令。彼は迷うことなく、泥濘の路地を蹴って走り出した。

 

「あれだけの衝撃を放っておきながら、足音が全くしませんぞ! まるで幽霊を追っているようだ!」

蜥蜴僧侶が巨躯を揺らし、壁を蹴って屋根の上を並走する。

 

「おまけに魔力の残り香も、精霊のささやきも聞こえやしねえ。あんな出鱈目な業、どんな理屈で動いとるんじゃ!」

鉱人道士が短い脚を必死に動かし、一行に食らいつく。

 

追跡劇は、入り組んだ第三街区の迷路へと流れ込んだ。

死神は屋根から屋根へと、鳥のような軽やかさで跳び移っていく。その後ろを、ゴブリンスレイヤーが街の構造を熟知した最短ルートで追い詰める。

 

(……待って。待ってください……!)

 

最後尾を走る女神官は、心臓が破裂しそうなほどの鼓動を感じていた。

その背中。

黒いマントを翻して逃げる、あの「死神」の背中。

なぜだろう。

恐ろしいはずなのに。街の人を殺している、許されない殺人鬼のはずなのに。

その背中が、泣いているように見えて仕方がない。

 

「……そこだッ!!」

 

ゴブリンスレイヤーがスリングから石を放つ。それは死神を狙ったものではなく、彼女が次に着地しようとした煙突の根元を砕くための一撃。

足場を失い、死神のバランスがわずかに崩れる。

 

「逃がさないわよッ!!」

 

妖精弓手が三射同時に矢を放ち、逃げ道を塞ぐ。

着地の勢いを殺し、行き止まりの路地へと降り立った死神。

そこへ、一党が壁を背にして包囲を完了した。

 

激しい雨が再び降り始める中、二つの「鉄兜」が、街の深淵で真っ向から対峙した。

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