『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第9話:拒絶の衝撃

夜の静寂に、激しい雨音と鉄が擦れ合う音だけが響く。行き止まりの路地、逃げ場を失った「死神」の背中を、一党が完全な包囲網で捉えていた。

 

「――ようやく見つけたわよ、死神さん。街中で好き勝手に暴れて、オルクボルグに罪をなすりつけようなんて、いい度胸ね。その面拝ませてもらうわ!」

 

妖精弓手が、矢を番えたまま鋭い声を浴びせる。その隣で、蜥蜴僧侶が数珠を鳴らし、慈悲を湛えつつも峻厳な眼差しで告げた。

 

「大人しく縄につきなされ。これ以上の殺生は、貴殿の魂を永遠の奈落へ落とすだけにございます」

 

「ふむ……。魔力の残り香もありゃせんが、この空気はどうじゃ。まるで崩落寸前の炭鉱に閉じ込められたような、息の詰まる圧迫感よ」

 

鉱人道士が鼻を鳴らし、杖を構え直す。

 

呼びかけに応じるように、黒いマントを纏った影が、ゆっくりと振り返った。

月光を反射したのは、見慣れた、けれどどこか歪な「鉄兜」。ゴブリンスレイヤーを模して作らせた、あの無機質な仮面だった。

 

「……っ!?」

 

女神官は、その姿を見た瞬間に激しい眩暈を覚えた。

鉄兜に、血の匂い。

それだけを見れば、いつも隣にいる「彼」と同じはずだった。

しかし、その立ち姿から漏れ出す「何か」が、彼女の心臓を直接握りつぶすような苦しさを与える。

 

「貴方は……何者なんですか? 鉄兜のせいで本当の声も、表情も分からない……。でも、どうして……。貴方を見ていると、胸が締め付けられるみたいに痛いんです……っ!」

 

女神官の声は震え、瞳には無意識に涙が溜まっていた。

 

「…………」

 

死神は答えない。

ただ、鉄兜の覗き窓の奥で、曼荼羅の紋様が不気味に、そして悲しげに明滅している。

 

「……そして、違和感を感じているのは、俺と神官だけのようだな」

 

隣に立つ本物のゴブリンスレイヤーが、低く、断定するように呟いた。

妖精弓手たちは「不気味な模倣犯」として彼女を捉えている。

だが、ゴブリンスレイヤーは気づいていた。

彼女から放たれているのは、自分と同じ「小鬼殺しの妄執」であると同時に、自分には決して持ち得ない、剥き出しの「悲鳴」であることを。

 

「お前は、誰だ」

 

その問いに対しても、死神は一言も発しなかった。

ただ、ゆっくりと、祈るように右の掌を一行へと向ける。

 

――ドォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

空気が爆ぜた。

死神の掌から放たれた不可視の重圧は、辛うじて一行の頭上をかすめ、遥か上空へと突き抜けた。その凄まじい衝撃波は、辺境の街を覆っていた厚い雨雲を一瞬で円形に引き裂き、夜空に不自然なほどの月光を呼び戻した。

 

「なっ……何よ今の!? 魔法ですらないじゃない……大気が、悲鳴を上げたわよ!?」

 

妖精弓手が、風圧で乱れた髪を抑えながら叫ぶ。精霊のささやきさえもが、今の衝撃で恐怖に凍りついていた。

 

「《仕事だ仕事だ土精(ノーム)ど……》」

 

鉱人道士が即座に反撃の『石弾(ストーンブラスト)』を放とうとする。だが、呪文が完成するよりも早く、死神が向けた指先の空気がチリチリと震えた。

 

「がはっ……!? 術を練る前から、抑え込まれたというのかッ!」

 

不可視の圧力が鉱人道士を襲い、詠唱を強引に喉奥へと押し戻す。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

女神官の切実な祈りが路地裏に響き、黄金の『聖壁(プロテクション)』が展開された。

間髪入れず、ゴブリンスレイヤーが動く。

 

「火力を集中しろ」

 

スリングから放たれた石弾が空を裂き、その軌道をなぞるように聖壁の内側から妖精弓手の矢が放たれる。さらに、蜥蜴僧侶が投げた触媒から『竜牙兵』が飛び出し、死神へと肉薄した。

 

だが。

 

――ドォォォォォォォォンッ!!!

 

死神が軽く手を払った、ただそれだけだった。

放たれた石も、剛弓の矢も、そして屈強な骨の戦士も。

彼女に触れる数センチ手前で、まるで目に見えない巨大な壁に激突したかのように、木端微塵に粉砕され、ただの塵となって舞い散った。

 

「……ッ!! 全てを……『拒絶』したというのか!」

 

蜥蜴僧侶が戦慄する。

しかし、その凄まじい衝撃の余波は、死神自身にも牙を剥いた。

急造の、そして偽物の鉄兜が、自らが放った異能の圧力に耐えかね、中央からひび割れていく。

 

パリン、という硬質な音と共に、鉄の貌が砕け散った。

 

「…………ぁ」

 

女神官の息が止まった。

月光の下に晒されたのは、あの日、地獄から共に生還したはずの、あの凛々しくも優しい女武闘家の素顔。

だが、その瞳に宿る曼荼羅は、かつての彼女を知る者が見れば、魂を削り取られるほどに禍々しく、悲しい光を放っていた。

 

「……そんな……。どうして……どうして貴方が……!」

 

女神官の杖が、石畳に音を立てて落ちる。

隣で剣を握り直したゴブリンスレイヤーは、驚きも、動揺も見せず、ただ重く、静かに呟いた。

 

「……そうか。お前だったか」

 

鉄兜の奥にある赤い眼光が、かつての自分が救った少女の「成れの果て」を、逃さず捉えていた。

 

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