『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第108話:不浄なる美学―絶望の要塞―

脈動する巨大な肉の山、その深奥から第四呪詛旅団長の増幅された声が、幾千もの亡霊の囁きを伴って響き渡る。彼は勇者に対し陶酔しきった声で自らの歪んだ軍事哲学を語り始めた。

 

「――貴様は究極の兵器とは何か、考えたことはあるかね?」

 

屍肉の要塞の表面に浮かび上がった無数の口が、一斉に旅団長の言葉を復唱するように動く。

 

「白金等級の貴様には到底理解できんだろうが……。たとえ百戦錬磨の冒険者や兵士であっても、人は些細なミス、一瞬の油断から、あまりにも理不尽な死に至る。……ゴブリンのような弱者による、ただの不意打ち一つで、命を落とす危険性が消えることは決してないのだ」

 

「……何が言いたいの?」

 

勇者が聖剣を低く構え、嫌悪を露わに問う。

 

「簡単なことだ。古今東西、あらゆる兵器の基本理念とは、『自らの犠牲や危険はなく、一方的に敵対者を殲滅できる力』を指すのだよ。戦士の意地だの、英雄の自己犠牲だの、そんなものは弱者の自己満足に過ぎん」

 

ズゥゥゥゥゥゥンッ……!!

 

五千の術師を糧とし、数万のアンデッドを外装とした、全高数十メートルの屍肉の要塞が、ついにその全貌を現した。

 

「これこそが、我が死霊術の粋を集めた決戦兵器……【ゴルゴタ】だ。……どうだね、勇者よ。かつての神話に登場する『巨大ゴーレム』のようで、勇ましいとは思わんか?」

 

そのあまりにも卑屈で、独善的な「無敵」の定義。

戦士としての誇りを何よりも重んじる妖精弓手が、吐き気を催すように言い放った。

 

「……最低の発想ね。他人の命を肉壁にして、自分だけは痛くない場所で高笑い? 誇りも何もない、ただの臆病な寄生虫じゃない」

 

その隣で静かに「敵」を観察していた鉄兜の男は、その異形の要塞を冷徹に分析していた。

 

「…………ゴブリンも使う、肉の盾の延長だな」

 

ゴブリンスレイヤーの声は、高熱を帯びた戦場において、氷のように冷たく響いた。

 

「奴らも自分の身が危うくなれば、捕らえた女を盾にして矢を防ぐ。……規模を大きくしたところで、やっていることは同じだ」

 

「ククク……! 捕虜の女を弾除けにする程度の、あの下等な獣共の浅知恵と一緒にしてもらっては困るな、小鬼殺しよ!」

 

ゴルゴタが激しく脈動し、全方位に向けて怨嗟の魔力が膨れ上がる。

 

「これは理を積み上げた完璧な軍事魔導の結晶なのだよ。……さあ、無力さを知るがいい、英雄たちよ!」

 

「――ならば、断つまで!」

 

剣聖が疾風となって地を蹴った。彼女の放つ一閃は、北方の空で第三師団長を愛竜ごと一刀両断した、空さえも断つ神速の抜刀術

 

――――――パキィィィィィィィィンッ!!!

 

高い、乾いた破壊音が静寂を切り裂いた。

 

「なっ……!? 刀が……折れた……!?」

 

剣聖が驚愕に目を見開く。彼女の愛刀は、ゴルゴタの表面にわずかにめり込んだ瞬間、その「肉」の粘性に絡め取られ、逃げ場を失った衝撃が根元から刀身を叩き折ったのだ。

 

「そんな……! 第三師団長をやっつけた。あの技でも……斬れないの!?」

 

勇者が叫ぶ。彼女の聖剣も、肉の壁に触れるたびに、手応えのない泥の中に吸い込まれるような奇妙な感覚に襲われていた。

 

続いて賢者が幾重もの攻撃魔法を展開するが、それらはゴルゴタに触れる前に、霧散して消えた。

 

「……魔法も効きません! 術式が、着弾の瞬間に霧散させられている……!」

 

「無駄だ、無駄だッ!! クハハハハッ!!」

 

旅団長の高笑いが、数万の死者の口から同時に響き渡る。

 

「このゴルゴタを構成する死肉の凝集体は、あらゆる衝撃をゴムのように吸収し、分散させる! さらには、体内に巡る高濃度の腐食毒が、触れた武器の切っ先を瞬時に取り込み、分解するのだ! いかなる神剣、魔剣を以てしても、この『肉の城壁』を切断することはできん!」

 

ゴルゴタの全身に浮かび上がった数万の「口」が、一斉に嘲笑うように不協和音を奏でる。

 

「そして魔法は、全身の口が奏でる対抗詠唱が自動的に封殺する! 理屈で編み上げた術式など、この万の怨嗟にかかればただの雑音に過ぎん!」

 

ゴルゴタの巨大な拳が、風を切り裂きながら勇者たちへと振り下ろされた。

 

「しかも……私には苦痛など一欠片も伝わらない! 私の身体は、この数万の死体の中に溶け込んでいるのだからな。死体が痛みを感じるわけがないだろう? 貴様らがどれほどこの肉を削ろうと、それは私の髪の毛一本を切るのにも等しい無意味な努力だ!!」

 

平原が爆辞と共に消滅し、巨大なクレーターが穿たれる。勇者と剣聖は紙一重で跳躍し回避するが、その余波だけで背後の森が根こそぎなぎ倒された。

 

「……一撃一撃が竜のブレス並みだよ……っ!」

 

「クハハハハッ!! ゴルゴダの恐怖は防御だけではないぞ! 数万の死者の『肺』が奏でる、絶望の合唱を聴くがいい!!」

 

中枢に潜む第四呪詛旅団長の狂気に満ちた叫びと共にゴルゴダの巨躯に異変が起きた。表面を埋め尽くす数万の「口」が、一斉に大きく開かれたのだ。

 

――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!!!

 

凄まじい吸気音。

周囲の大気が強引に吸い込まれ、真空の渦が発生する。

 

「……! 全身の口が、空気を吸い込んでいく……!?」

 

勇者が聖剣を構え直し、その異様な予兆に戦慄した。大気が希薄になり、真空に近い圧力が一党を襲う。

 

「来るぞ! 全員、伏せろォッ!!」

 

剣聖が鋭く叫び、隣の賢者を地面に押し倒した。

 

直後。

ゴルゴタの全身から、物理的な破壊を伴う「音」が解き放たれた。

 

――――――――――――ドドドドドドドドォォォォォンッッッ!!!

 

それは咆哮ではなく、圧縮された数万人の「悲鳴」が放つ衝撃波。

黄金の光さえも一瞬でかき消すほどの黒い音波が、丘の斜面を削り取り、岩壁を粉塵へと変えて吹き飛ばした。

 

「……っ、うあぁ……! なんて、破壊力……っ!」

 

防護魔法の残光の中で、賢者が顔を上げ、言葉を失った。

目の前に広がっていたなだらかな丘は、たった一撃で、えぐり取られたような無残な断崖へと姿を変えていた。

 

――丘の上、静止した聖域。

 

「……そんな。あの勇者様たちが、防戦一方なんて……」

 

受付嬢が、震える手で祈るように胸元を握りしめる。王都を救った英雄たちが、今まさに肉の塊に呑み込まれようとしている。

 

「あんな大きな……山が動いているみたい。どうすれば……どうすればあの子を守れるの……?」

 

牛飼娘が、隣に立つ鉄兜の男の腕に縋りつく。その視界の先では、丘の麓が肉の壁によって完全に蹂躙されていた。

 

「……腐りきっておるが、死霊術師としては間違いなく『怪物』じゃよ、あやつは。数万の死体の質量を、これほど精密に制御しおるとはな」

 

鉱人道士が、愛用の杖を強く握りしめ、苦々しく髭を揺らした。

 

「左様。あれは最早、生物でも兵器でもありませぬ。……この世の全ての『未練』と『醜悪』を形にした、歩く地獄にございますな」

 

蜥蜴僧侶が数珠を鳴らし、静かに目を閉じる。

 

「…………」

ゴブリンスレイヤーは、飛来する肉片を盾で払いながら、鉄兜の覗き窓をゴルゴダの「心臓部」――肉の層が最も厚い中央部へと固定していた。

 

「唯一の弱点は、あの肉の中枢で高笑いしている術師……旅団長本人を直接叩くことだが。……あの肉の壁を貫く手段がない」

 

彼は自らの短剣を見つめた。

物理も魔導も通用しない、死者の肉による絶対防御。

勇者たちの奮戦をもってしても、その「中枢」へ至る道は、あまりにも遠く、不浄な肉の層によって固く閉ざされていた。

 

黄金の剣閃が肉の壁を削り、賢者の雷光が表面を焼き焦がす。だが、どれほど凄まじい攻撃を受けても、屍肉の要塞の進撃は止まらない。それどころか、傷口からは新たな肉が泡立ち、一瞬で修復されていった。

 

「クク……愉快、実に愉快だ。勇者の聖剣、剣聖の斬撃、賢者の魔術……。これほどまでの波状攻撃を浴びていながら、私には微塵の苦痛もない」

 

ゴルゴタの表面に浮かぶ数万の顔が、同時に嘲笑を浮かべる。

 

「だが、認めざるを得んな。……やはりこのゴルゴタは不完全だ。五千の部下を生贄に捧げ、数万の死体を縫い合わせ……建材集めや儀式の下準備にこれほどの手間がかかるようでは、兵器としての効率が悪すぎる」

 

旅団長は、自らの神経と繋がった肉の触手を愛おしそうに動かし、丘の上の墓標――女武闘家の遺体を見つめた。

 

「やはり、私の理想たる究極の兵器は、あの死神の『拒絶』なのだよ。他者からの一切の接触を、物理的な衝撃として自動的に排除するあの権能……! 下準備も、生贄の山もいらん。ただそこに在るだけで、指一本触れさせず、一方的に不浄を粉砕できる。……あれさえ手に入れば、私は永久に無痛の安寧の中でこの世界を弄ぶことができるのだ!!」

 

「…………黙れ」

 

丘の上から、低く、震える声が響いた。

女神官が、腕の中の友を抱きしめる手に力を込め、顔を上げた。その瞳からは、静かな、けれど烈火のような怒りが溢れ出していた。

 

「……黙りなさいッ!! 自分のことばかり……! 自分の痛みや手間のことばかり……!!」

 

女神官の叫びが、死霊の不協和音を突き破る。

 

「貴方は、あの子が……武闘家さんが、その力を手に入れるために、どれほど痛くて、怖い思いをしてきたか……考えたことさえないんでしょう!? 誰にも触れられたくない、近づいてほしくないという、あの日からずっと消えない『悲鳴』が、あの衝撃の正体だったのに……!」

 

「…………」

 

「あの子は、無敵の死神になんてなりたくなかった! ただ……ただ、誰かに助けてほしくて、抱きしめてほしくて泣いていたのに……! 貴方はその悲しみを、ただの『便利な道具』として奪い取ろうというのですか!!」

 

女神官の涙が、女武闘家の白い頬に落ちる。

司祭が絶望を燃料にし、旅団長が死を建材にした。その全ての「不浄」が、いま女神官の言葉によって暴き立てられていく。

 

「……クク、ハハハハハッ!! 感情論か! 実に美しい。だが、死者に言葉は届かんよ、神官の娘! さあ勇者よ、その無力な叫びと共に、この肉の海に沈めッ!!」

 

ゴルゴタが、文字通り「数万の絶望」を乗せた一撃を振り下ろそうとした、その時。

 

「――させない」

 

その瞬間、勇者が聖剣を地面に突き立てた。

 

「……あんたの理想、ボクが壊してあげる。……あの子が最後に、一人の女の子として眠りについたこと……あんたみたいな外道に、否定させたりさせない!!」

 

勇者の聖剣が、太陽を凌駕するほどの輝きを放った。

白金等級の真髄。

それは、いかなる肉の壁も、いかなる呪いも無視して、相手の「心臓」に直接届く、理不尽なまでの『人の意志』の輝きであった

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