『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

12 / 107
第10話:死神の指針

月明かりの下、対峙する一行と、かつての仲間。

女武闘家の瞳に浮かぶ曼荼羅が不気味に回転し、周囲の空気が彼女の「拒絶」に呼応して震えている。

 

「……かみきり丸。お主、あの娘を知っておるのか? 神官娘の様子が尋常ではないぞ」

 

鉱人道士が、杖を握り直しながら低く問う。女神官は膝をつきそうなほどに震え、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 

「ただならぬ因縁……。拙僧の目にも、彼女の魂から立ち昇る悲痛な業が見えますな」

 

蜥蜴僧侶もまた、そのただならぬ空気に戦慄いていた。

問いかけに答えたのは、絞り出すような、女神官の震える声だった。

 

「……私の、最初の仲間だった人です」

 

言葉が、嗚咽と共にこぼれ落ちる。

「あの日……初めての依頼でゴブリン退治に行って……。暗い洞窟の中で、背後から奇襲されて……。彼女は、私を逃がすために、必死に戦って……。でも、力尽きて捕まって……!」

 

フラッシュバックする地獄の光景。蹂躙される仲間たちの悲鳴。

「身体も、心もボロボロになって……やっと救い出せたはずだったのに。私は……っ、私は、彼女が故郷で幸せに暮らしているって、そう信じたかったんです!」

 

「……あ」

 

妖精弓手が絶句し、番えていた矢をわずかに緩めた。

以前、王都で昔の仲間の墓参りをしていた女神官が寂しげに語っていたことを思い出したからだ。

『今でも怖くて、会いに行く勇気が出ない仲間がいるんです』と。

 

「……前に王都で言っていた、会う勇気が出ない仲間って、彼女のことだったのね……」

 

あまりにも残酷な再会。

だが、その感傷を断ち切るように、ゴブリンスレイヤーの鉄兜の奥から、冷徹なまでの現実が告げられた。

 

「……あれはもう、お前の知っている仲間ではない」

 

「ゴブリンスレイヤーさん……っ?」

 

「瞳を見ろ」

 

彼の指し示す先――女武闘家の瞳。

そこにはもはや、優しさも、正義感も、人間らしい光も残っていない。

あるのは、向けてくる者の感情を「不浄」と断じ、自動的に排除しようとする破壊の術式のみ。

 

「今の彼女を動かしているのは、トラウマそのものだ。近付く者すべてをゴブリンと見なし、拒絶する……。心そのものが、あの洞窟に囚われたままだ」

 

ゴブリンスレイヤーは剣を引き抜き、盾を構えた。

その視線の先で、女武闘家がゆっくりと掌を突き出す。

 

「……ゴブリン、殺す……。近寄るな……汚い……死ね……ッ!」

 

女神官が必死に維持していた黄金の輝きが、ついに限界を迎え、砂のようにさらさらと崩れ落ちた。

 

「聖壁(プロテクション)が……消えた……!?」

 

守りの要を失った瞬間、死神の曼荼羅が歓喜するように赤く明滅した。一党の間に走る絶望的な空白。それを埋めるように、ゴブリンスレイヤーが即座に動く。

 

「……下がれ。煙幕を使う」

 

彼は腰のポーチから数個の煙幕弾を地面に叩きつけた。シュアアアッ! という激しい音と共に、視界を完全に遮る濃密な灰色の煙が路地を埋め尽くす。

冒険者の定石。視界を奪い、その隙に距離を取る――。

 

だが、その灰色の闇を、無慈悲な衝撃波が正確に貫いた。

 

――ドォォォォォォォォォンッ!!!

 

「がはっ……!?」

 

煙の向こう側、退避しようとしていたゴブリンスレイヤーの盾を、見えない打撃が正確に捉えた。さらに、左右に散ろうとした蜥蜴僧侶と妖精弓手の足元へも、間髪入れずに衝撃が叩き込まれる。

 

「おかしいわ! なんで場所がわかるのよ!?」

 

妖精弓手が、煙の中で必死に身を翻しながら叫ぶ。彼女の五感をもってしても、この視界で狙いを定めるのは不可能だ。

 

蜥蜴僧侶が痺れた腕を抑え、荒い息をつきながら呻いた。

「あの衝撃波も脅威ですが、それ以上に……早すぎます。拙僧が踏み込もうとした瞬間、すでにそこへ衝撃が置かれている。我らが動こうとする先を、既に見透かしている!」

 

「そうなのよ……! 狙いを定めて、指をかける前……攻撃動作に入る『前』から、もう掌がこっちを向いている……!」

 

妖精弓手が冷や汗を流しながら、番えることすらできない弓を握りしめる。

 

「あの娘。後に目でも付いておるのか!? 死角からの牽制ですら、一分の迷いもなく弾き飛ばしおったわい」

 

鉱人道士が荒い息を吐きながら毒づく。

その問いに、煙の中から立ち上がったゴブリンスレイヤーが、低く冷徹な声で答えた。

 

「……見ているのではない。心を読まれている」

「えっ……?」

「正確には、こちらの『意図』だ。殺意、敵意、警戒……あるいは『逃げよう』とする焦燥。それらが放たれる瞬間の気配を、あの瞳で感知している。だから先読みができる」

 

煙幕という「物理的な目隠し」など、魂の汚れを検知する死神の前では、ただの虚飾に過ぎなかった。

 

一行の退路は完全に断たれた。

死神は一歩ずつ死の宣告を刻みながら歩み寄ってくる。

かつての仲間は、もはや言葉の届かない、歩く天災へと成り果てていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。