『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第11話:不浄ならざる眼差し

女神官は必死に錫杖を掲げ、黄金の障壁を展開する。だが、かつて人喰い鬼(オーガ)が放った爆炎の火球さえ防ぎきった彼女の『聖壁』が、いま、目の前でガラス細工のように脆く軋んでいた。

 

「《いと慈悲深き地母神よ……どうか、もう一度だけ!》」

 

女神官は唇を噛み締め、残った精神力を全て絞り出す。障壁の上にさらに障壁を重ね、幾重にも重なる「光の盾」を構築する。かつて、死の淵で仲間を守り抜いたあの時と同じ、捨て身の祈り。

 

だが。

 

――パリン、ッ!!!

 

無慈悲な音が響いた。

重ねがけされたはずの『聖壁』は、女武闘家がただ一歩踏み出し、掌を突き出しただけで、抵抗の余地もなく粉々に砕け散った。

 

「っ、あ……!!」

 

反動で女神官が地面に叩きつけられる。錫杖は手から離れ、冷たい泥の中に転がった。

 

「神官ちゃん!」

「……おのれ、これほどの業を……!」

 

妖精弓手と蜥蜴僧侶が割って入ろうとするが、女武闘家の周囲に渦巻く不可視の圧力が、近づくことさえ許さない。鉱人道士も術を使い果たし、荒い息をついて膝をついている。

 

一党の盾となり、前衛で踏みとどまっていたゴブリンスレイヤーの盾も、いまや原形を留めぬほどにひしゃげ、彼の腕は衝撃の負荷で感覚を失っていた。

 

「……奇跡が、もう……出ない……」

 

女神官は、震える手で自身の聖印を握りしめた。だが、祈りに応える光はもう灯らない。一日に許された奇跡を、彼女は今の防戦ですべて使い果たしてしまったのだ。

 

完全な無防備。

最強の『拒絶』を前に、銀等級の一党は、なす術もなく路地の隅へと追い詰められた。

 

女武闘家が、ゆっくりと、機械的な動作で女神官へと近づく。

鉄兜の砕けたその素顔。かつては仲間を想って優しく微笑んでいたその瞳は、いまや禍々しい曼荼羅に塗り潰されていた。

 

「ゴブリン……。……みんな、ゴブリン。……掃除、しなきゃ……」

 

死神の右掌が、無慈悲に女神官の胸元へと向けられる。

絶体絶命。

死の衝撃が放たれようとした、その刹那。

 

女神官は、恐怖で目を背ける代わりに、真っ直ぐに、その曼荼羅に汚されたかつての仲間の瞳を見つめ返した。

 

その瞬間。異変が起きた。

 

指針が映し出す「不浄」の色彩。本来なら、目の前の存在は醜悪なゴブリンとして処理されるはずだった。だが、女神官が向ける眼差しは、害意でも、恐怖でもなく、純粋な「慈愛」と「悲しみ」に満ちていた。

 

その光が、羅針の演算を狂わせる。

黒い霧に侵された彼女の視界に、一瞬だけ、あの日自分を抱きしめて泣いてくれた少女の姿が重なった。

 

「あ……、あ……っ!?」

 

不浄を検知するための羅針盤が、正反対の「光」を突きつけられ、狂ったように激しく明滅を始める。

脳内に響く拒絶の術式と、女神官の温かな眼差しが衝突し、凄まじい精神的苦痛が彼女を襲った。

 

「う、ああああああああっ!!」

 

女武闘家は突然、頭を抱えてその場に蹲った。

「不浄」として処理できない感情に、彼女の精神が、そして混沌の呪いが悲鳴を上げている。

 

「武闘家さん!」

 

「……神官、ちゃん……」

 

女武闘家の瞳に一瞬だけ、かつての光が戻った。

だが、術式の中心核が、異質な「光」の侵入を拒もうとして暴走を始める。

 

「う、ああああああああっ!!!」

 

死神は頭を抱え、獣のような悲鳴を上げた。

悪意しか捉えられない呪いの瞳は、あまりにも純粋な愛に晒され、自壊の一歩手前まで追い詰められていた。

 

「……痛い、頭が、痛い……ッ!!」

 

彼女は女神官から逃げるように大きく跳躍し、雨に煙る屋根の上へと消えていった。

路地裏に残されたのは、削られた石畳と、友の魂に触れかけた女神官の、震える祈りだけだった。

 

「……ひとまず、命拾いしたようじゃな」

 

鉱人道士が、大きく息を吐き出した。

もしあのまま戦いが続いていれば、間違いなく自分達は全滅していた。

 

「かたじけない、神官殿。貴殿の勇気ある行動がなければ、拙僧らは骸と化しておりました」

 

蜥蜴僧侶も、法輪を収めて深く一礼した。銀等級の彼らですら、あの「拒絶」の力の前には防戦一方だったのだ。

 

「彼女……貴方を見て、酷く動揺していたわね。あんなに苦しそうに……」

 

妖精弓手が、女神官の肩にそっと手を置く。女神官は、彼女が去った闇を見つめたまま、動けずにいた。

 

「……ギルドに戻るぞ」

 

ゴブリンスレイヤーが、壊れた盾を拾い上げながら言った。

 

「死神の正体の報告。そして、彼女が故郷に戻った後に何があったのかを確かめる。……何かが、彼女を『作り変えた』のだ」

 

鉄兜の奥で、彼の冷徹な分析が続く。

だが、その声の端には、かつて自分が救い出したはずの命が、再び地獄に堕ちていたことへの、彼なりの重い沈黙が混ざっていた。

 

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