『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
裏路地での死闘から数刻。冒険者ギルドの一室には、言葉にするのも憚られるような、重苦しい沈黙が満ちていた。
割れた鉄兜から覗いた、かつての仲間の素顔。その衝撃は、雨に濡れた一行の身体を芯から凍りつかせていた。
「……そんな。……街を騒がす『死神』の正体が、あの日救い出した、あの武闘家の子だなんて」
受付嬢が、震える手で自身の口元を覆った。彼女の記憶の中にあるのは、ボロボロになりながらも、どこか凛とした気高さを持っていた少女の姿だった。
「私も、信じられません……。信じたくないです……っ!」
女神官は椅子に座り込み、拳を強く握りしめていた。
「あの子は……誰よりも優しくて、あの日だって私を逃がすために……。そんな子が、どうして人を、あんな酷い殺し方で……」
「……正直、私たちはあの子のことを詳しくは知らないけれど」
妖精弓手が、やるせなそうに弓の弦を弾く。
「でも、神官ちゃんがあんなにボロボロになって泣くほどの子が、ただの快楽殺人鬼になったなんて思えないわよ。絶対に、何か理由があるはず」
「左様。あの瞳、あの異能……。あれはもはや、個人の修練で辿り着ける領域ではありませぬ」
蜥蜴僧侶が、数珠をゆっくりと回しながら重厚な声を響かせる。
「魂の深奥を何かに書き換えられ、拒絶という名の法理(理)に囚われているように見えましたな。……救い出したはずの命が、これほどの闇を纏うとは」
「術の組み方が不浄すぎるわい」
鉱人道士が、不快そうに顎鬚をひねった。
「ありゃあ、本人の意志ですらない。絶望を無理やり濾して、爆発的な破壊力に転化させとる。誰かがあの娘を『兵器』として仕立て直した証拠じゃ」
一党の議論が加熱する中、窓の外を見つめていたゴブリンスレイヤーが、静かに振り返った。
「……受付嬢」
「は、はい、何でしょう」
「……彼女が、療養のために故郷へ帰った後の経緯を、詳しく調べて欲しい」
鉄兜の奥から響く声は、冷徹なまでに事務的だった。だが、その言葉に込められた意図を、受付嬢は瞬時に察した。
「彼女が村へ帰った後、何があったのか。……何が、彼女を『死神』へと変えたのか。……拾った奴らがいるはずだ。その足跡を辿らなければ、彼女を止めることはできない」
「……分かりました。ギルドの伝令と、王都の調査員にも連絡を入れます」
受付嬢は、決意を込めた眼差しで頷いた。
「辺境の小さな村のことです。聞き込みと事実確認を含め……三日程、時間をいただけますか。必ず、彼女の空白の一年を埋めてみせます」
「……頼む」
ゴブリンスレイヤーはそれだけ言うと、再び夜の闇へと視線を戻した。
ギルドが真実を求めて動き出したその時、街外れの湿った森に佇む、半ば崩れかけた廃屋の奥深く。
そこには、降りしきる雨音に紛れて、呪詛のような毒々しい独白を吐き出す一人の影があった。
「……クソッ! あの恩知らずの、不良品めが……ッ!!」
漆黒の法衣を纏ったその男は、自らの右半身を抱えるようにして喘いでいた。
衣服の隙間からは、本来あるべき肉体の代わりに、脈動するドロドロとした黒い魔力の塊と、無理やり繋ぎ合わされた機械のパーツが覗いている。
「 誰のおかげで、あの泥沼から這い上がり、今こうして望み通りゴブリンを殺せていると思っているのだ……ッ!」
震える左手で、彼はひび割れた魔導水晶を起動させた。そこに映し出されているのは、臨界点へ向けて加速する「死神」の魂の数値。
「後たった十日間しかない……。手遅れになる前に『枷』を嵌め直さねば……この四方世界は終わりだ。王都も、王国も、混沌の軍勢も、私の野望さえも、すべてが塵となって掃除される」
男の瞳に、焦燥を上回る狂気的な執着が宿る。
「……北方軍との連絡を回復させねばならん。奴らの精鋭を動かし、時間を稼がせ……その隙に、探り出すのだ。奴の瞳……あらゆる害意を暴くあの【不浄の指針】にさえ映らぬ『空白』の持ち主を。私の術式をあの娘へ届かせるための『切り札』をな」
彼は、十年前から自分を拒み続けてきた「光」の残像を思い描いた。
「お前は……あの忌々しい聖女を、その存在の根底から否定するために産み落とされたのだ。光に縋って生き長らえたあの不良品を、絶望の力で踏みにじるための、私の神なのだ。……こんなところで、私から逃げ切れると思うなよ……」
廃屋に響く、男の乾いた笑い声。
それは雨音にかき消され、誰の耳に届くこともなかった。
第二章 死神誕生編へ続く