『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第15話:汚れの帰還

かつて、この村を旅立った日は、眩しいほどの朝陽が二人を照らしていたはずだった。

「行ってきます!」と叫んだ青年剣士の背中と、それを見送る村人たちの期待に満ちた笑顔。女武闘家の胸には、誇りと希望しかなかった。

 

だが、数ヶ月ぶりに潜った村の門は、あまりにも冷たく、重かった。

 

泥を跳ね上げながら歩く彼女の背中に、突き刺さるような視線が注がれる。それはかつての温かな歓迎ではなく、道端に転がる腐肉を避けるような、露骨な「嫌悪」と「忌避」だった。

 

「……見て。帰ってきたわよ、あの娘」

「ゴブリンに捕まって、玩具にされたって噂は本当だったのね」

「汚らわしい。よくもまあ、平気な顔をして村の土を踏めるものだわ」

 

ひそひそという囁きが、雨音よりも大きく耳に届く。彼女は顔を伏せ、震える手で包みを抱きしめた。中にあるのは、あの洞窟で命を落とした、青年剣士の折れた剣だ。

 

彼女は、村の端にある彼の実家へと辿り着いた。何度も遊びに行き、家族のように迎え入れてくれたあの家。だが、扉を叩く指先は、恐怖で感覚がなかった。

 

扉が開き、出てきたのは、白髪の混じった彼の父親だった。

 

「……おじさん。これ……」

 

彼女は震える声で、遺品の包みを差し出した。父親は無言でそれを受け取り、中にある無惨に折れ曲がった剣を一瞥した。その瞬間、彼の瞳に宿ったのは、悲しみではなく、煮え繰り返るような憎悪だった。

 

「…………これだけか」

 

「え……?」

 

「我が息子は、お前を守るために死んだと聞いたぞ。お前を逃がすために、なぶり殺しにされたとな」

 

父親の声は、地を這うように低く、冷たかった。背後からは、彼の母親の、獣のような啜り泣きが聞こえてくる。

 

「息子は死んで、英雄にもなれず、ただの小鬼の餌になった。……なのにお前は、小鬼どもに散々汚されながら、よくもお前だけ、おめおめと帰ってこれたな!」

 

「ち、違うんです……私は、私は……っ」

 

「消えろ! 汚らわしい!」

 

父親は、彼女の手から包みを奪い取ると、そのまま彼女を突き飛ばした。

 

「お前を見ているだけで、息子が死ぬ瞬間の悲鳴が聞こえてくるようだ! 村の恥さらしめ! なぜ、お前が死んで息子が生き残らなかった! なぜ、お前だけが生きているんだ!!」

 

バタン、と。

凄まじい音を立てて扉が閉ざされた。

 

泥の中に倒れ込んだ女武闘家は、言葉を失ったまま、閉ざされた扉を見つめていた。

手のひらにこびりついた泥。雨に濡れた体。

神殿で何度洗っても落ちなかった「汚れ」の感覚が、今、村人たちの言葉によって、彼女の魂に、二度と剥がれない「焼き印」として固定された。

 

(……ああ。そうだ。私は、死ぬべきだったんだ)

 

周囲を見渡せば、遠巻きに彼女を眺める村人たちの目が、すべて小鬼の冷酷な瞳に見えた。

自分を蔑む視線。自分を汚物と断じる言葉。

それらが今、彼女の中で一つの巨大な「拒絶」へと形を変えていく。

 

「……ごめんなさい……。ごめんなさい……」

 

彼女は、這いずるようにしてその場を離れた。

かつての仲間を守りたかったその拳が、悔しさで白くなるほど握りしめられる。

 

故郷はもう、安らぎの場所ではない。

世界すべてが、自分を壊そうとする「不浄な巣穴」にしか見えなくなっていた。

 

 

 

 

帰郷から5日後

 

「――かたじけない。これほど質の良い北方産の品々を、こんなに安価に提供してくださるとは。おかげで今年の冬は越せそうだ」

 

村長は、届けられた香辛料や防寒用の毛皮を満足げに検分しながら、口元を緩ませた。行商人の男は帽子を少し上げ、丁寧な仕草で応える。

 

「お気になさらず。辺境の皆様の暮らしを支えるのも、行商人の務めですから。……ところでお聞きしたいのですが、あちらの水場にいらっしゃるお嬢さんはどうされたのですか? 先ほどから、随分と元気が無いようにお見受けしますが……」

 

男が視線を向けた先では、影に沈んだ水場で、一人の少女――女武闘家が、泥などついていないはずの両腕を、赤く腫れ上がるほど必死にこすり洗っていた。

 

「ああ、あれか」

 

村長は一瞬だけ忌々しげに彼女を視界に入れ、吐き捨てるように鼻を鳴らした。

 

「気にするな。あれは村の恥さらしだ。……冒険者になると言って街へ出たものの、あろうことかゴブリン如きに負けて、仲間をなぶり殺しにさせ、自分だけのこのこと戻ってきおったのよ。玩具にされた汚れを一生懸命洗っておるのだろうが、村中にあの汚物の臭いが移りそうで堪らんわ」

 

「……それは、おいたわしい」

 

「まあ、この辺境では『よくある話』だ。若者が夢を見て、小鬼に壊されて帰ってくる。貴方が気にするほどのことではないよ」

 

村長はそれ以上語る価値もないとばかりに背を向け、家に品物を運び込み始めた。

 

村長の家を後にした行商人は、馬車の御者台に腰掛け、沈みゆく夕日を見つめた。

背後の村から漂うのは、清らかな田舎の空気などではない。他人への無関心と、弱者への冷酷な拒絶が混じった、ヘドロのような悪臭だった。

 

「ククク……。私が言うのも何だが、無慈悲な連中だ。北方軍の連中の方が、まだ戦友としての情があるぞ」

 

行商人は懐から魔水晶を取り出し、水場で震える少女の「絶望の純度」を測定した。

 

「『よくある話』、か。……素晴らしい。ゴブリンに敗れた冒険者など、誰もが無関心だ。汚物として遠ざけ、その心がどう壊れようと知ったことではない。……おかげで、我々は助かるがね。世界が彼女を捨てるほど、私の『救済』は深く刺さる」

 

行商人の瞳に、獲物の熟成を待つ猟師の悦楽が宿る。

 

「……心が完全に絶望に染まり、自ら命を絶とうとするまで、あと三日といったところか。神も、人も、誰も彼女を救おうとはしない。……その瞬間に、私が絶望ごと救い上げてやろう」

 

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