『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
吹き抜ける風は、死んだ獣の匂いがした。
赤茶けた土がどこまでも続く荒野。地平線の向こうには、かつて誰かが住んでいたのであろう廃村の残骸が、墓標のように突き出している。
その荒野を、一人の人影が歩いていた。
汚れ、ところどころが裂けた黒いフード付きのマント。足取りは重く、しかし機械的な正確さで一歩ずつ土を噛み締めていく。
「……おい、見ろよ。上玉だぜ」
不意に、岩陰から三人の男たちが現れた。
一様に汚れた革鎧を纏い、腰には安物の短剣や棍棒を下げている。この辺りを塒(ねぐら)にする野盗の類だろう。
「よう、姉ちゃん。こんな荒野を女一人で旅なんて不用心じゃねえか。魔物にでも襲われたらどうするんだ?」
先頭の、黄ばんだ歯を剥き出しにした男が、下卑た笑みを浮かべて距離を詰める。
女は足を止めない。フードの深く被り、顔を伏せたまま歩き続ける。
「無視すんなよ。……へへ、服はボロだが、中々いい身体してやがる。脱がせ甲斐がありそうだ」
二番目の男が、獲物を舐めるような視線を女の胸元から腰へと這わせた。
その瞬間、女の耳の奥で、不快な羽虫の羽音のような「音」が鳴り始めた。
いや、それは音ではない。
彼女の脳に直接響く、悍ましい「劣情」の波動。
「ああ、いいぜ。こりゃ高く売れそうだ。だが、売る前に俺たちがたっぷり楽しませてもらうとするか」
三人の男が、女を囲むように展開する。
彼らが放つのは、明白な害意。そして、吐き気を催すような、ねっとりとした欲望の臭い。
女が、足を止めた。
「……ひどい、臭い」
掠れた、鈴の音のような声が漏れる。
「ああん? 何か言ったか、姉ちゃん――」
男の一人が、女の肩を掴もうと手を伸ばした。
その瞬間。
伏せられていた女の顔が上がり、フードの奥で**「瞳」**が爛々と輝いた。
白磁のような肌に映える、深い闇を湛えた瞳。
だが、その虹彩には、この世のものとは思えぬ禍々しい曼荼羅の紋様が浮かび上がり、高速で回転していた。
彼女の視界の中で、男たちの姿が歪む。
卑しい人間の貌が、緑色の醜悪な、あの小鬼の顔へと重なっていく。
男たちの股間から立ち昇る「劣情」が、毒々しい赤黒い霧となって彼女の鼻を突く。
彼女にとって、目の前の存在は、もはや「人間」ではなかった。
「……ゴブリン、見つけた」
「は? ゴブリ……ッ!?」
男の指先が、彼女の肩に触れる、その寸前。
――ドォォォォォン!!
接触はなかった。
ただ、彼女が突き出した掌から、真空を切り裂くような不可視の衝撃波が放たれた。
「ぎ、あ――」
悲鳴すら完成しなかった。
手を伸ばした男の身体が、巨大な鉄槌に叩かれたかのように「く」の字に折れ曲がり、背後の岩盤まで吹き飛ぶ。
肉が弾け、骨が砕ける。岩に叩きつけられた衝撃で、男の頭部は熟れすぎた果実のように破裂した。
「な、なんだ!? 何をしたぁっ!」
残りの二人が腰を抜かし、尻餅をつく。
女は無機質な瞳を向け、一歩、踏み出した。
彼女の背後から迫ろうとした男の「害意」に反応し、その背中側からも見えない衝撃が爆発する。
「がはっ……!? あ、ああ……」
内臓を粉砕された男が、泥を吐きながら崩れ落ちる。
最後の一人が、失禁しながら這いずって逃げようとするが、女は容赦しなかった。
「来ないで……汚いゴブリン……」
彼女が拒絶を口にするたび、空気そのものが牙を剥き、逃げる男の四肢を一つずつ、すり鉢で挽くように叩き潰していく。
やがて、荒野に静寂が戻った。
三つの肉塊だったものが、地面を汚している。
女の瞳の曼荼羅が、ゆっくりとその回転を止め、光を失っていく。
彼女は、自分が何をしたのか、あるいは何者なのかに興味を示すこともなく、ただ再びフードを深く被り直した。
「……ゴブリンを、殺さなきゃ」
うわ言のようにそう呟き、彼女は血の海を避けることなく、乾いた風の中へと消えていった。
カチャリ、と。
彼女の懐で、持ち主を失った「折れた剣」の破片が、乾いた音を立てた。