『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第19話:偽りの揺籃

邪教団の地下深く、青白い魔光だけが灯る調整室。

実験台から半身を起こした女武闘家の肌には、混沌の術式が刻まれた生々しい手術痕が赤く脈動していた。激痛が全身を走るが、彼女の瞳に宿る曼荼羅の模様――【不浄の指針】は、静かに、そして確かに彼女の脳に「新たな秩序」を刻み込んでいた。

 

「……あ、あ……」

 

震える手で自らの掌を見つめる。

村で石を投げられ、泥を啜ったあの時の無力感はない。指先一つ動かすだけで、周囲の空気が重圧となって震えるのが分かった。

 

「……あの人は、私に居場所をくれた。……死ぬことさえ許されなかった私に、世界を拒むための『力』をくれた……」

 

彼女の呟きは、絶望の淵で差し伸べられた「蜘蛛の糸」に縋るような、歪んだ感謝に満ちていた。

 

「その恩返しは……しなきゃいけない。私が……あの人の、最高傑作にならなきゃ……」

 

「――気分はどうかな? 私の可愛い死神よ」

 

重厚な石の扉が開き、司祭が穏やかな笑みを浮かべて入室してきた。彼は父親が娘を労うような手つきで、彼女の額に浮かんだ汗を拭う。

 

「よく、この過酷な施術に耐え抜いてくれたね。……これまでにこの再構築を乗り越えられた者は、我が教団の長い歴史でも、僅か5人しかいなかった。……やはり君は、誰よりも辛抱強く、そして美しい」

 

「…………」

 

「痛みはあるかね? 術式が神経に馴染むまでは、地獄の業火に焼かれるような苦しみだろうが……」

 

「……平気、です」

 

女武闘家は、感情の消えかかった瞳で司祭を見上げた。

 

「……あの洞窟で……ゴブリンにされたことに比べれば。……これくらいの痛み……なんて……」

 

司祭は満足げに目を細め、彼女の肩を優しく、けれど強く掴んだ。

 

「その意気だ。……いいかい、君が苦しんでいるのは、君が弱いからではない。……間違っているのは、ゴブリンを野放しにし、君の悲鳴に無関心だったこの世界なのだよ。……君を汚物と呼び、追い出した村人。君を利用しようとする冒険者。彼らこそが、真の不浄だ」

 

司祭の声が、毒のように彼女の耳に溶け込んでいく。

 

「私の元にいれば……いずれ、君が失った『夢』ドラゴンをも屠り、人々を守る英雄としての道にも、再び挑戦させてあげよう。」

 

「……夢……。ドラゴン……」

 

彼女の脳裏に、かつて青年剣士と交わした約束の断片が過った。

人を守るための拳。

いま、その拳は司祭の野望を叶えるための「拒絶の武器」へと作り替えられようとしていた。

 

「……ありがとうございます、司祭様。私は……貴方の、道具になります……」

 

「クク……。良い子だ。さあ、調整を続けよう。……世界が、君の産声を待っているよ」

 

調整室の重厚な扉が閉まり、女武闘家の震える吐息が遮断される。通路を歩く司祭の口元には、先ほど少女に向けた「慈悲」の残滓が、醜悪な悦楽となってこびりついていた。

 

彼が向かったのは、教団の中枢、澱んだ魔力が渦巻く作戦会議室である。そこには教団の幹部たちが、一人の少女を「概念」へと造り変えるための、あまりにも冒涜的な工程表を広げて待っていた。

 

「……閣下、お待ちしておりました。こちらが最終調整を終えた『断罪試験』のカリキュラムです」

 

教団幹部が、冷や汗を拭いながら羊皮紙を指し示した。

 

「第一次から第四次試験まで……ここまでは『技』や『魔』の範疇。高位の冒険者や王国軍の精鋭であれば、あるいは攻略は可能でしょう。……しかし、第五次以降はもはや人界の理を超えています。これほどの試練、神々に選ばれた『勇者』でもない限り、踏破など不可能かと」

 

「それでいいのだよ」

 

司祭は、愉悦に瞳を細めて水晶球を撫でた。

 

「彼女には『冒険者』という枠組みを、自らの絶望で食い破ってもらわねばならんからな。既存の英雄が辿り着ける程度の場所では、あの大司教の欺瞞を暴くことはできん」

 

「……しかし、第七次試験。こればかりは危うすぎます」

 

幹部の声が、本能的な恐怖で震える。

 

「あの封印から解き放たれた『災厄』が再び牙を剥けば、彼女が死ぬだけでは済みません。下手をすればこの世界すべてが、あの化け物の餌場になりますぞ。二十年前の二の舞になりかねない」

 

「案ずるな。北方軍の第四師団、そして私が用意した『保険』がある。奴が檻を突き破ろうとした瞬間に、時空ごと隔離する準備は整えてある」

 

司祭は冷淡に言い放ち、最後の一行に目を落とした。

 

「……ところで、閣下。一点、どうしても理解に苦しむのは、この『最終試験』です。何故、最後に『奴ら』をぶつけるのですか? 第七次までの対戦相手に比べれば、あまりにも卑小で、取るに足らない雑魚ではありませんか」

 

司祭は立ち上がり、窓の外、王都の方角を呪うように見据えた。

 

「ククク……。お前は何も分かっていないな。……あの不良品が乗り越えられたのは、魔神王という名の『神話』までだった。彼女は世界を救う英雄として祭り上げられながら、その足元で蠢く『奴ら』の影に、今なお震え、支配され続けている」

 

司祭の瞳に、病的な執着が宿る。

 

「死神は、あの女が一生をかけても越えられなかった壁――『根源的な恐怖』を蹂躙して完成する。神話の怪物を殺す力など、ただの暴力だ。だが、自分を壊した『恐怖』そのものを不浄として平らげてこそ、私の死神はあの『光の欺瞞』を完全に凌駕するのだ」

 

司祭は、最後の一ページに「100」という数字を書き込んだ。

 

「百の絶望を、一瞬の拒絶で掃除して見せろ。……その時、世界は知ることになる。聖女が蓋をした暗闇の中にこそ、真実の神が居たことをな」

 

地獄のカリキュラムが確定した。

一人の少女を「救いようのない虚無」へと追い込むための、冷徹な秒読みが始まった。

 

 

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