『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第23話:第二次戦闘試験―質量の否定―

地下祭壇へと続く長く冷たい回廊。女武闘家は司祭の数歩後ろを、影のように従っていた。

先日の「指針」の言葉が、耳の奥で毒のように残り続けている。司祭の背中を見つめるたび、瞳の中の曼荼羅がチリチリと熱を帯び、彼から立ち昇る「どす黒い独占欲」を執拗に告げていた。

 

(……分かってる。指針の言う通り、この人の言葉は全部、嘘なのかもしれない)

 

司祭の声に温もりがないことも、自分を見る目が道具を値踏みするそれと同じであることも、既に彼女の直感は捉えていた。だが、それ以上に彼女の心を縛っているのは、故郷で味わった、あの凍りつくような「孤独」だった。

 

(……でも、それでも。……もう、あの人以外に、私を「必要だ」と言ってくれる人は……この世界にはもう、一人もいないんだから……)

 

『汚物』、『恥晒し』。

石を投げつけてきた村人たちの顔を思い出すたびに、司祭が与えてくれる「最高傑作」という歪んだ名前が、唯一の救いのように感じられてしまう。

たとえそれが、磨り潰されるための役割だとしても。

 

「――おや、浮かない顔だね。死神」

 

司祭が、影を連れて現れた。彼の声は相変わらず穏やかで、慈悲に満ちているように聞こえる。だが今の彼女には、それが薄氷の上を歩くような危うさを伴って響いていた。

 

「準備はいいかな。次は『獣』の試練だ」

 

その声がした途端、地下の奥底から空気を震わせるほどの地響きが伝わってきた。

 

「かつて君の『武』を否定し、その誇りを物理的な力で粉砕した存在。その上位種を用意したよ」

 

司祭は彼女の肩を、慈しむように、けれど決して逃がさぬように強く掴んだ。

 

「君がその掌で『獣』を掃除した時、君はまた一つ、過去の自分を殺すことができる。……期待しているよ、私の最高傑作」

 

「……はい、司祭様」

 

彼女は、自分の中に渦巻く嫌悪感を「忠誠」という名の重石で無理やり抑え込んだ。

 

(強くならなきゃ。……化け物になって、何も感じなくなれば……きっと、寂しくもなくなるはずだから)

 

彼女は司祭の後に続き、鉄格子が上がる音のする方へと歩み出した。

内なる指針は、主人の愚かな選択を嘲笑うかのように、一段と激しく曼荼羅を回転させていた。

 

――地下闘技場。湿った冷気が漂う中、巨大な鉄格子の向こう側で、獣じみた荒い鼻息が響いた。

地響きと共に現れたのは、全身を分厚い魔鋼のプレートで覆った、三メートルを超える巨躯。

 

「第一師団の懲罰部隊から送られてきた、『鉄甲トロール』ですか。あのような化物、人間の武術でどうにかなる相手ではありませんな」

 

観覧席でモニターを見下ろす教団幹部が、戦慄を隠しきれずに呟いた。対する司祭は、愉悦に瞳を細め、闘技場の中央で小さく震える少女を見つめる。

 

「それでいいのだ。……体格差、そして筋力差。あの日、あの洞窟で、彼女が丹精込めて磨き上げた『武』の技は、ホブゴブリンの圧倒的な暴力の前に塵となって消えた。あの娘の誇りを完膚なきまでにへし折ったのは、この『絶対的な質量の差』なのだよ」

 

司祭の声には、少女の絶望を慈しむような響きがあった。

 

「その絶望を……今、最強の『拒絶』へと書き換える。過去のトラウマを燃料にし、物理法則そのものを焼き切るのだ」

 

闘技場の底。女武闘家は、見上げるような巨壁となって迫るトロールを前に、息を呑んでいた。

鉄甲が擦れ合う耳障りな音。圧倒的な重圧。

彼女の脳裏に、あの日、自分の回し蹴りを片手で受け止め、そのまま地面に叩きつけて嘲笑った、あのホブゴブリンの筋骨隆々とした腕が蘇る。

 

(……勝てない。……私の拳じゃ、届かない。……あんなの、人間が触れていい大きさじゃない……!)

 

足が竦み、かつて父から教わった構えが崩れかける。

その瞬間、瞳の中の曼荼羅――【不浄の指針】が、彼女の網膜を真っ赤に焼き焦がした。

 

『――何を怯える、依代(よりしろ)よ』

 

脳髄に直接響く、悍ましき「自分自身」の声。

 

『あの日の無力さを思い出したか? 己の「技」が通用しなかった恐怖に震えているのか? ……案ずるな。今のお前には、そんな軟弱な技術など必要ない』

 

指針の紋章が猛烈な勢いで回転を始める。

彼女の視界の中で、トロールの放つ殺意と食欲が、ドス黒い汚れとなって一点に集束していく。

 

『我らの「拒絶」の前では、体格も、筋力も、装甲も……何の意味も持たない。不浄な質量など、この世に在ってはならぬゴミに過ぎぬのだ。……さあ、掌を向けろ。お前の内側にある「触れられたくない」という悲鳴を、そのまま衝撃として解き放てッ!!』

 

「――グガァァァァァァッ!!!」

 

トロールが、岩のような拳を振り下ろした。

逃げ場のない一撃。だが、女武闘家は避けなかった。

彼女は震える右掌を、ただ真っ直ぐに、迫りくる鋼鉄の拳へと向けた。

 

「――消えて」

 

――――――――ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

爆音。

激突はなかった。トロールの拳が彼女の肌に触れる数センチ手前。

空間そのものが「拒絶」を叫んだ。

 

トロールの巨大な腕が、肘から先を一瞬で霧散させた。それだけではない。衝撃波は物理的な抵抗を一切無視し、トロールの重装甲を紙細工のように引き千切りながら、その巨躯を内側から爆発させた。

 

三メートルの肉塊が、背後の石壁に「染み」となってぶちまけられるまで、一秒とかからなかった。

 

「…………、はぁ……、はぁ……」

 

静寂。

女武闘家は、返り血一つ浴びていない無垢な掌を見つめた。

あんなに恐ろしかった「質量」が、今はもう、自分の指先一つで消し飛ばせる、ただの不純物にしか見えない。

 

「……私の……勝ち……?」

 

『然り。……お前の拳は、もはや「戦う」ためのものではない。不浄をこの世から「消去」するための神の御手だ』

 

指針の賞賛を受け、彼女の心から「武人」としての矜持が、音もなく剥がれ落ちていった。

代わりに宿ったのは、より深く、冷たい、無機質な万能感。

 

「素晴らしい……」

 

司祭が立ち上がり、狂おしい拍手を送る。

「トロールの装甲ごと存在を否定したか。……さあ、次は『理』だ。どんな加護も、どんな法則も通用しないことを、君の魂に刻み込んであげよう」

 

第二段階、終了。

一人の少女を繋ぎ止めていた「誇り」は、今、最強の「拒絶」へと完全に上書きされた。

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