『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
北方軍司令部、戦略観測室。
魔法投影機が映し出すのは、直径数メートルにわたるクレーターと、かつて鉄甲トロールであったものの飛沫がこびりついた石壁。北方軍司令は、その惨状を冷徹な眼差しで見つめていた。
「……鉄甲トロールを一撃で粉砕したか。物理的な『質量』という理が、少女の細い掌一つに敗北したわけだ」
司令の声には、感嘆よりも「計算外の事象」に対する警戒が混じり始めていた。
「第一次試験の時とは、明らかに衝撃の密度が違います」
第四師団長が手元の羊皮紙に目を落とす。
「対象への拒絶が深まるほど、出力が跳ね上がっている。……恐怖が、そのまま物理的な破壊力に変換されている証拠です」
「ホブゴブリンへのトラウマから力を出し切れぬかとも思いましたが……無用な心配だったようですな。むしろ、かつての恐怖が拒絶の純度を研ぎ澄ませている」
第二師団長が、歪んだ悦びを隠そうともせずに喉を鳴らした。その傍らで、自軍の誇る巨兵を無惨に「掃除」された第一師団長は、太い腕を組み、地の底から響くような声で呟いた。
「……技も、力も、装甲も関係ない。あれはもはや戦いではない。そこに在ることを許さぬという、世界の意志による強制的な『排斥』だ。トロールという質量そのものが、彼女の瞳には不純物として映ったのだな」
「……フン。まだわからんぞ」
第三師団長が挑発的に肩をすくめる。
「トロールを単騎で屠ることのできる冒険者など、銀等級以上ならざらにいる。まぐれ当たりの一撃かもしれん。……これを以て『王都攻略の要』と呼ぶには、いささか早計ではないか?」
司令は、地図上の駒を一つ進めた。
「質量は攻略した。……次は?」
「傭兵として雇った、闇人の剣士です」
第四師団長が、次の標的の特性を淡々と述べる
「彼には、混沌の神が授けた『矢避けの加護』を持つ呪具を装備させております。飛来する全ての物理的な衝撃を、意志に関わらず自動的に逸らす絶対の理」
「……拒絶掌。確かあの娘の唯一の攻撃手段は、掌から放たれる衝撃波という名の『飛来打撃』のみだったな」
司令の言葉に、第二師団長が不敵に微笑んだ。
「左様。彼女は小鬼に蹂躙されたあの日以来、生身の肉体に触れること、触れられることを極限まで恐れている。接触恐怖症……。武闘家でありながら肉弾戦が出来なくなった彼女にとって、拒絶掌は唯一の牙です」
第二師団長は、魔法投影機に映る女武闘家の震える指先を指し示した。
「もし、唯一の牙である衝撃波が、加護の理によって全て無効化されたなら……。彼女は触れることも、打つことも出来ず、ただ敵が迫る恐怖に再び晒されることになる。……司祭殿は、この試験で彼女の『定義』を試し、同時に精神の限界を測るつもりのようですな」
「理の衝突、か。……良いだろう」
司令は、暗闇の中で赤い眼光を細めた。
「衝撃は『矢』として逸らされるか。それとも、彼女の絶望が『世界の理』そのものを上書きするか。……三番目の試験、始めさせろ」
北方の風が窓を叩く。
死神の完成を阻む、見えない「壁」との戦いが始まろうとしていた。