『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】 作:いっかず
第四次戦闘試験にて深淵の監視者をただの不純物として霧散させた数日後。
北方軍の最高幹部たちが再び地下深奥に集った。魔法投影機には、塵一つ残っていない更地となった試験場の光景が映し出されている。
「……第四次試験までの成果を見させてもらった」
北方軍司令が、重々しく口を開いた。彼の瞳には、かつてない戦慄と、それを上回る冷徹な野心が宿っていた。
「認めざるを得んな。これまでのどの試作体をもあの娘は凌駕している。物理的な破壊、概念の壁、魔導の理。それら全てを、ただの一振りで『無』に帰すとは」
「ククク……。まさに天啓ですよ、司令閣下」
司祭が、悦に入った様子で自らの顎をなぞる。
「絶望の純度が高まれば、理などただの紙切れに過ぎません。彼女はもはや、神々の遊戯における『異物』そのものなのです」
「……認めよう」
第一師団長が、不快そうに腕を組んだ。
「我が師団の誇る鉄甲トロールを赤子の手をひねるように粉砕したその力。もはや重装甲など、彼女の前では薄紙一枚の価値もない」
「同感ですな。ビホルダーの邪眼すら無効化したのは、魔導の歴史を根底から覆す事態だ」
第二師団長が、冷や汗を拭いながら手元の資料を捲る。
「彼女の放つ衝撃は、魔力で構成されていない。ただの『拒絶』という意志が、物理的な質量を持って顕現している……。防ぐ手立てなど、この世のどこにも存在しません」
「……我が師団の翼も、あの一撃を受ければ塵になるだけだ」
第三師団長が、忌々しげに吐き捨てる。
「速さも、高度も関係ない。彼女の視界に入る事自体が死に直結する。恐るべき効率だ」
司祭は師団長たちの言葉を満足げに聞き届けると、司令へ向けて次なる段階を提案した。
「試験もいよいよ後半戦。……そろそろ、あの『冥王』をぶつけてもよい頃合いかと考えますが?」
その名が出た瞬間、第四師団長の周囲に渦巻く影が、激しく波打った。
「…………司祭殿。貴殿は、我が師団が十余年かけて磨き上げた『最強の影』を、あの娘の進化のための踏み台にせよと言うのか?」
「クク……。それ以上の使い道があるかね? 技の頂点である冥王が、彼女の『指針』を出し抜けるのか。あるいは、影の深淵ごと掃除されるのか。……これこそが、彼女を『例外』へと引き上げるための、最高の試金石となる」
第四師団長は、自らの首筋をなぞった。かつて冥王という部下を自ら捕らえた際の、冷たい記憶。
彼は沈黙を守る司令へと視線を向けた。
「…………構わん」
司令の断を、重苦しい静寂が受け止める。
「あの男は既に、五年前に軍法会議で処刑されたことになっている。死人が死神の糧になろうと、軍に不都合はない。……むしろ、奴の『不可視の死』すらも掃除して見せるというのなら、この計画の勝利は確定する」
「御意に……それでは、早速準備に取りかかります。……絶望の拒絶と不可視の死。どちらが神々の遊戯版の上に生き残るか、実に楽しみですな」
司祭は慇懃無礼に一礼すると、影を這わせるような足取りで会議室を去った。残された北方軍司令部の面々の間には、暖炉の火さえも凍りつかせるような重苦しい沈黙が流れた。
「……正気か。本当に、あの小娘が『冥王』を殺せるとでも?」
第一師団長は自らの太い腕を組み、信じがたいものを見る目で空を睨んだ。
「質量を粉砕し、理を貫いたのは認めよう。だが認識することすらできぬ『死』に対し、どうやって立ち向かうというのだ?。敵がどこにいるかも分からぬまま、心臓を止められるのが関の山だぞ」
「……無理もありませんな」
影の中から第四師団長が沈痛な声で言葉を継ぐ。
「冥王は、かつて我が師団の中で最も暗殺術に長け、たった一人で幾度も戦況を覆してきた男。その技量は我ら隠密の誇りでもあった」
「……全くだ。あやつが脱走した際、居場所を突き止めるために、我が師団の魔眼鳥がどれだけ無駄死にしたと思っている」
第三師団長が、忌々しげに翼竜の鞭を鳴らした。
「数千の眼による空からの監視すら、奴の歩み一つ捉えることはできなかった」
「さらに今は、司祭の禁忌の術式が組み込まれている……」
第二師団長が、手元の極秘資料を震える指でなぞる。
「光を屈折させるだけでなく、熱も、音も、匂いさえも世界から完全に消失させる『完全透明化』。高位の探知魔術ですら、そこには『無』があることしか判別できん。そして、あの右腕……指先が標的に触れただけで呪毒が心臓を駆け巡り、一瞬で鼓動を停止させる『冥王の右手』。……あれはもはや歩く『死』そのものだ」
中央に座す北方軍司令は、深く椅子に腰掛けたまま、自らの古傷をさすった。
「……私が知る限り、あの『不可視の死』から逃れられる者は、この四方世界に二人のみ」
司令の眼光が、かつての戦友であった男を葬る覚悟を宿して鋭くなる。
「一点の影も許さぬ太陽の如き光を纏う勇者。そして、魂の不協和音を直接聞き届ける大司教――剣の乙女。……それ以外の者が奴に狙われれば、死んだことすら気づかずに冥府へ送られる」
「……司祭は、それを利用しようとしているわけですな」
第四師団長が、残酷な結論を口にした。
「あの娘の瞳、【不浄の指針】の真価を測るつもりなのです。視覚、聴覚、嗅覚……それら肉体の感覚をすべて欺く冥王に対し、あの娘が抱える後ろを取られることへの根源的な恐怖が果たして『無』を捉えることができるのか。もし、あの娘がこの試練を乗り越えれば……」
「……三番目の、例外となるわけか」
司令の言葉と共に、地下の試験場へ向けて魔導ベルが鳴り響いた。
最強の隠密と、最強の拒絶。
「無」と「嫌悪」が交差する、人知を超えた処刑劇の幕が上がろうとしていた。