『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第31話:三頭の猟犬

辺境の荒野にある教団の秘密拠点は、かつてない血の匂いに包まれていた。王都が教団の不穏な動きを察知し、密かに派遣した精鋭――金等級の冒険者一党が、そこにいた。

 

だが、王国最高峰の戦力であるはずの彼らは今、信じがたい「理不尽」を前に瓦解していた。

 

「――がはっ!? ば、馬鹿な……! 心臓を貫いたはずだぞ! なぜ、なぜ死なないッ!!」

 

血反吐を吐きながら叫んだのは、重厚な魔鋼鎧に身を包んだ重装騎士だった。彼の槍は、確かに三兄弟の一人の胸を深く抉ったはずだった。しかし、目の前の少年は痛みを感じている様子もなく、無機質な笑みを浮かべて立ち続けている。

 

「……死にたくない、っていう『執着』が足りないよ。おじさん」

 

長男が、丸太のような太い腕を振り上げた。

騎士は咄嗟に、至高神の加護が刻まれた大盾を構える。金等級の防御術。本来ならオーガの一撃さえ耐えうるはずのその防壁が――。

 

――パキンッ!!

 

硝子細工のように容易く砕け散った。

盾ごと騎士の胸部が陥没し、鋼鉄の破片と共にその巨躯が後方の岩壁まで吹き飛ぶ。

 

「《……灰になれ》」

 

その背後で、王立魔導学院の教授も務める老魔術師が多重障壁を展開しようとした。だが、それよりも速く、次男が指先を向けた。

詠唱も、魔力の集束もない。文字通りゼロ秒で放たれた広域火炎魔法が、老魔術師を術式ごと飲み込み、一瞬で一塊の炭へと変えた。

 

「ひっ……、あ、あああああっ!!」

 

仲間の瞬く間の全滅を目の当たりにし、腰を抜かした斥候が、なりふり構わず闇の中へ走り出した。風の精霊の加護を受け、地を滑るような速度で逃走を諮る。

 

「逃げ足だけは速いね。でも――」

 

耳元で、鈴の鳴るような声がした。

逃げていたはずの斥候の目の前に、三男が立っていた。いつの間に、どのような軌道で先回りしたのか。理解する間もなかった。

 

「……僕のかけっこに、追いつけるわけないでしょ?」

 

銀色の閃光。

三男が振るった短剣が、斥候の首を空中に躍らせた。

胴体が地面に倒れる前に、三男は返り血を避けながら、軽やかな足取りで兄弟たちの元へ戻った。

 

王都が誇る金等級の一党が、わずか数分のうちに、一度の連携も見せられぬまま全滅した。

 

「相変わらず見事な仕事ぶりだ、ケルベロス。金等級の1党すらこうも容易く噛み殺すとはな」

 

暗がりから、教団幹部が数人の護衛を連れて現れた。その顔には、最高戦力への信頼と、それ以上に冷酷な「次の予定」が張り付いていた。

 

「だが、勝利の余韻に浸っている暇はないぞ。閣下より新たな任務……否、『通達』だ」

 

「新しい仕事? どこの街の不浄を掃除すればいいの?」

長男が問いかける。だが、幹部から返ってきた言葉は、少年たちの背筋を凍らせるものだった。

 

「……第5次戦闘試験が終了した。死神は『冥王』を葬り去った」

 

「なっ……!?」

 

三兄弟の間に、初めて戦慄の表情が走った。

 

「……お、おじさんが……!? あの、誰にも触れられなかった冥王のおじさんが、負けたっていうのか?」

 

長男の声が、初めて動揺に震えた。彼らにとって、冥王は唯一自分たちが「追いつけない」と感じていた、恐怖と敬意の対象だったからだ。

 

「……信じられない。あの『無』に触れられる奴なんて、この世界には誰もいないと思ってたのに」

 

次男が呆然と呟く。彼が極めた無詠唱魔導ですら、冥王の座標を捉えることは不可能だった。

 

「あのお姉ちゃん……そんなに、そんなに強くなってたんだね……」

 

三男が冷や汗を流しながら、自らの震える脚を抑えた。

 

「そうだ。彼女の『不浄の指針』は、もはや理屈ではない。冥王の隠密すらも『汚れ』として暴き出し、粉砕した。……そして、閣下はさらなる進化を望まれている」

 

幹部は、死の宣告を告げるように冷徹に言い放った。

 

「第六次戦闘試験の相手は、お前たち三人だ。」

 

「…………俺たちが?」

 

長男は、震える弟たちの肩を抱き寄せた。

これまで数多の冒険者を「掃除」してきた彼らが、いまや自分たちが掃除される側の「不浄」として、神々の盤面の上に並べられたことを悟った。

 

「……お前たちの『不死の絆』と、あの娘の『絶望の拒絶』。どちらが上回るか、閣下は楽しみにされているぞ。精々、我らの期待を裏切らぬことだ」

 

幹部はそう言い残すと、闇に溶けるようにその場を立ち去った。残されたのは、血の臭いと、冷たい夜風にさらされる三兄弟だけ。

 

「……兄ちゃん」

 

一番小さな三男が、震える手で長男の袖を掴んだ。神速を誇り、数多の戦士を翻弄してきた彼の瞳には、隠しきれない怯えの色が浮かんでいた。

 

「僕たち……勝てるのかな。あの『冥王』のおじさんですら、一瞬で消されちゃったんだよ。あのお姉ちゃんは、僕たちが見えないものを視て、僕たちが触れられない距離から全てを壊しちゃうんだ」

 

「…………分からない」

 

空中に浮遊したまま、次男が力なく呟いた。

 

「理屈で言えば、僕たちの『共有命脈』は無敵だ。誰か一人でも生きていれば、何度でも蘇る。でも……。あのお姉ちゃんの衝撃波は、理屈そのものを壊している気がするんだ……」

 

「大丈夫だ!!」

 

絶望に近い予感が弟たちを包み込もうとしたその時。

長男が、二人を力強く引き寄せ、その肩を抱きしめた。

 

「弱気になるな! 忘れんなよ、俺たちは3人揃えば最強なんだ。ゴブリンに家を焼かれたあの日、誓い合っただろ? 3人で一緒にいれば、どんな地獄だって乗り越えられるって!」

 

長男は、弟たちの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「あのお姉ちゃんがどれだけ強くても、あの子はたった一人だ。……分かち合う痛みも、背中を預ける仲間もいない。ただ孤独に、全てを拒んで立っているだけだ」

 

長男の言葉に、次男と三男は縋るように頷いた。

 

「俺たちには、分かち合える命がある。助け合える絆がある。……一人の絶望が、三人の絆に勝てるわけがないんだ。いいか、絶対に離れるな。俺たちが一つである限り、死神だって俺たちを殺せやしない」

 

「……うん、兄ちゃん」

「そうだね。僕たち三人で、最強だもんね」

 

月光の下、身を寄せ合う三人の影は、一つの巨大な獣のように見えた。

彼らが信じる「絆」という名の不死。

三つの鼓動。三つの絶望。

それらが一つに重なり、断罪の舞台へと向かって歩き出した。

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