『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第32話:支配者の傲慢

第六次戦闘試験、開始直前。邪教団の奥深くに設えられた観測室にて。

室内を照らしているのは、巨大な魔導水晶が放つ青白い残光だけだった。そこには、水の街の事件の終盤、神殿の奥で一人の女が鉄兜の男に縋り、涙ながらに己の深淵を吐露する光景が映し出されていた。

 

至高神の大司教、剣の乙女。

かつて魔神王を討った英雄が、一人の銀等級の冒険者に愛を乞う無様な姿。

 

「――クク、ハハハハハッ!! 見ろ。諸君、これが英雄の成れの果てだ」

 

司祭は、水晶に映る彼女の泣き顔を指差し、耐えかねたように爆笑した。傍らに控える教団幹部は、その狂気に当てられ、一歩身を引く。

 

「己の浅ましい自尊心を守るために、魔神王の残党が関与したという真相を隠蔽し、何も知らぬ冒険者の命を盾にした。その挙げ句がこれだ。……格下の銀等級に自らの弱さを晒し、救いを求め、愛を乞うている。滑稽だとは思わんかね? 十年前、魔神王を討った光の象徴が、未だに自分一人では夜の闇すら越えられんのだよ」

 

司祭は冷酷な眼差しで、画面の中の聖女を睨みつけた。

 

「あの女は克服などしていない。ただ、恐怖を別の依存先ですり替えただけだ。至高神という名の光に逃げ、小鬼殺しという名の男に逃げ、欺瞞のベールで自分を包み込んでいる。……あれは英雄ではない。ただの『壊れた人形』だ」

 

司祭は杖を強く床に突き立て、呪詛のように言葉を吐き捨てた。

 

「こんな欠陥品を崇める至高神の底も知れるというものよ。光に縋る者は、いつまでも『泥』から逃げ続ける。だが、私の死神は違う」

 

司祭は、次の試験を待つ女武闘家のバイタルデータへと視線を移した。そこには、一切の愛着も、依存も、温もりも拒絶し、孤独な殺意だけを研ぎ澄ませた「完成品」の波形があった。

 

「あの女が、あの男に悪夢を押し付けることで夜を越えるというのなら。……この娘には、近づく者すべてを肉片に変えることで、夜そのものを消し去らせよう」

 

司祭の瞳に、狂信的な確信が宿る。

 

「依存という名の『不純物』を捨てた時、絶望は神の奇跡すらも踏み潰す。……さあ、第六次試験を始めよう。……ケルベロスを放て。絆などという甘い幻想が、純粋な拒絶の前にいかに無力か、証明してやるのだ」

 

大司教の失態を嘲笑う司祭の哄笑が、会議室の石壁にこびりついているかのような重苦しい空気の中。一人の魔術師の部下が、息を切らして扉を蹴るように入り込んできた。その手には、最新の精神波形が記録された羊皮紙が握りしめられている。

 

「――失礼いたします、閣下ッ!!」

 

「騒々しいな。……第六次試験の最終調整の最中だぞ。何事だ」

 

常に女武闘家のバイタルを監視してきた魔術師の部下が、震える指で観測データを机に叩きつける。

 

「不浄の指針の観測値が異常です!あれはもはや、我々が当初設計した索敵術式ではありません。彼女自身の怨念を核とした『未知の自律思考』へと変質しています。……そして、何より恐ろしいのは彼女の視線です。冥王を屠った直後、彼女は一瞬、この観測ブースを……閣下を、明確な意志を持って見上げました」

 

部下は冷や汗を拭い、声を一段と低くする。

 

「彼女は、自分が単なる救済者ではなく、閣下の野望を叶えるための『道具』としてしか見られていないことに、既に気づいているはずです。このまま試験を続ければ、彼女の『拒絶』の矛先が……」

 

「――ククク。今更気づいたところで、何が変わるというのだね?」

 

中央の椅子に踏ん反り返った司祭は、愉悦を隠そうともせずに笑った。彼は自らの左手首に埋め込まれた制御用銀環を見せつける。

 

「この【死神の枷】がある限り、彼女は私に抗うことなどできんよ。心臓を、脳を、神経系を混沌の術式で直接繋ぎ止めている。我らへの反逆……その『思考』が芽生えた瞬間に、枷が彼女に耐え難い苦痛を与え、意識を強制的に混濁させる。反抗することすら、彼女の自由にはならんのだ」

 

「しかし、術式への負荷が臨界点を超えれば……」

 

「それにだ」

司祭は立ち上がり、暗い窓の外、雨の降りしきる闇を見つめた。

 

「我が教団以外に、最早彼女に『居場所』など存在しないのだよ。……忘れたか? 彼女を汚物として捨て、石を投げた故郷の連中を。彼女の悲鳴に背を向け、ゴブリンに敗れたことを『よくある話』と切り捨てたギルドを。……世界そのものが、彼女の存在を拒んでいるのだ」

 

司祭は、冷酷な勝利者の眼差しで部下を射抜いた。

 

「彼女に残された道は、私に従い、不浄を掃除し続けることだけだ。たとえ私を憎もうと、彼女は私の元に跪くしかないのだ。……それが、絶望という名の絶対的な救済なのだよ……さあ、余計な心配はやめて、第六次試験の準備をせよ。ケルベロスに死神の本当の『鋭さ』を教えてやるのだ

 

「…………はっ。失礼いたしました」

 

魔術師の部下は力なく頭を垂れ、部屋を去った。

司祭が信じている「枷」と「孤独」という名の檻。

だが、彼には見えていた。観測データの中に、司祭の言葉さえも不純なノイズとして拒絶しようとする、どす黒い波紋が広がっているのを。

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