『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第33話:第六次戦闘試験―命脈の断絶―(前編)

第六次試験直前。静まり返った控え室。

女武闘家は、衝撃で裂けた自らの武闘着を無造作に結び直し、壁に刻まれた「試験予定」の文字を虚ろな瞳で見つめていた。

 

「……残り三つ。次の試験相手は、更なる強敵のはず……」

 

鉄兜を被る前の、剥き出しの声。それは自分を鼓舞しているのか、それとも終わりの時を待ち望んでいるのか、自分自身でも判然としなかった。

 

『――当然だろう。あの冥王とやらも、我等でなければ討てる者などそうはおらんからな』

 

脳髄を直接愛撫するような、【不浄の指針】の傲慢な声が響く。

 

『物理的な姿を持たず、殺意さえも消した「無」を粉砕したのだ。お前は既に、人智の及ばぬ高みへ片足を突っ込んでいるぞ、依代よ』

 

「……次の『不死』、そして『神話』に『恐怖』。司祭様は一体、どんな相手をぶつけるつもりなんだろう……」

 

彼女が呟いた「司祭様」という言葉に、瞳の中の曼荼羅が一際激しく明滅した。

 

『……くくく。まだ、あの男に従い続けるつもりか?』

 

指針の幾重にも重なった声が、嘲笑と共に問いかける。

 

『殊勝なことだ。だが依代よ、お前は既に気づいているはずだ。……あの司祭も、観覧席で震えている北の軍勢も。……奴らはお前を、一人の人間としてなど見てはいない』

 

「…………」

 

『奴らにとって、お前はただの「王都を落とすための攻城兵器」に過ぎん。あるいは、あの水の都の大司教を辱めるための「当てつけの道具」だ。……見ろ、奴らの視線を。お前の力を称えながらも、その奥にあるのは「いつ自分たちに牙を剥くか」という怯えと、お前を「素材」として使い潰そうとする、ドロドロとした独占欲……不浄な劣情だ』

 

指針は、彼女の心臓の鼓動に合わせて、毒のような真実を流し込んでいく。

 

『奴らは、お前を救ったのではない。……より大きな檻へ、お前を閉じ込めただけなのだよ。……お前が掃除すべきゴブリンは、あの暗い洞窟の中にだけいるのではない。……お前のすぐ側で、お前を「最高傑作」と呼んで笑っているあの男こそが、最も掃除すべき「巨大な不浄」だということをな』

 

女武闘家は、自らの掌を強く、強く握りしめた。

指針の囁きは、彼女が心の底で感じていた司祭への「冷たさ」への違和感を、確かな殺意へと変質させていく。

 

「……分かっているわ。……でも、今はまだ……」

 

『良い。……「不死」を喰らい、「神話」を屠れ。力を蓄えろ。……臨界の時は近い。お前を縛る全ての「不浄」を、その掌で一掃するその日まで……。我だけが、お前の味方だ』

 

女武闘家は立ち上がり、第六次試験の門を開いた。

闘技場の中央で掌を微かに握り、開く。瞳の中に宿る曼荼羅が、重なり合う複数の不浄を検知し、これまでにない不協和音を脳内に響かせていた。

 

重厚な鉄の扉がゆっくりとせり上がり、三人の影が姿を現す。

それは、まだ幼さの残る少年たちの姿であった。しかし、彼らが一歩踏み出すごとに、闘技場の空気はねじ切れ、石造りの床がその存在の重圧に軋む。

 

「――私の死神よ。次の相手も、あの冥王と同じ過酷な再構築を乗り越えた者たちだ」

 

観覧席の特等席から、司祭の悦楽に満ちた声が降り注ぐ。

 

「試作三号、ケルベロス。君という『完成体』が現れるまでは、間違いなく我が教団の最高戦力であった傑作たちだよ」

 

三人の少年は、感情の消えた瞳で一斉に女武闘家を見据えた。

その視線が重なった瞬間、彼女の「不浄の指針」が警告の輝きを放つ。そこにあるのは、独立した三つの命ではない。まるで一つの巨大な怪物が、三つの肉体を使って呼吸しているかのような、悍ましいまでの「共鳴」。

 

「彼らの力が、単なる『数』や『連携』の範疇を超えていることは、戦えばすぐに分かるはずだ。……さあ、見せてくれたまえ。軍勢をも掃除し得る、真の死神の権能を」

 

司祭が指を鳴らすと、三人の少年たちが同時に姿を消した。

爆風が巻き起こり、闘技場の中心へ向かって、三方向から異なる「理不尽」が殺到する。

 

女武闘家は両掌を構え、その瞳の曼荼羅を最大出力で回転させた。

 

(……来る。……何かが、一つに繋がっている……!)

 

「――っ、はあぁッ!!」

 

女武闘家が放った鋭い『拒絶掌』が、先頭の長男の胸を捉えた。だが、彼は避けるどころか、その衝撃を真正面から受け止め、逆に彼女を押し返した。

 

(……なっ!? あんな小さな身体で、なんて力……! 以前戦ったトロールなんて比較にもならない!)

 

彼女の驚愕を余所に、次男が掌を天にかざす。詠唱も魔方陣の予熱もなく、次の瞬間には闘技場全体が、空間を焼き切るほどの高密度な魔力の奔流に飲み込まれた。

 

(詠唱無しで、こんな大魔法を……!? まるで呼吸するように呪文を編んでいる……!)

 

さらに、彼女の背後に寒気が走る。三男が動いた。いや、動いたと認識した時には、すでに彼は視界から消えていた。風の音すら置き去りにするその速度は、熟練の冒険者の動体視力すら無意味にする。

 

(速いなんてものじゃない……見えない! どこから来るの!?)

 

三方向からの完璧な波状攻撃。女武闘家は決死の覚悟で反撃に転じた。長男の死角へ回り込み、渾身の出力を込めた『拒絶掌』を叩き込む。

 

――ドォォォォォォォォォンッ!!!

 

衝撃が炸裂し、長男の上半身は文字通り消し飛んだ。首から上が霧散し、内臓が飛び散る。誰が見ても即死。そう確信した刹那、彼女は戦慄の光景を目にする。

 

「……あ……、ああ……」

 

地面に転がるはずの肉片が、磁石に引き寄せられるように瞬時に集まり、泡立つ肉が骨を、皮を、筋肉を再構成していく。わずか一秒。そこには傷一つない、無機質な笑みを浮かべる長男が再び立っていた。

 

(……上半身が消し飛んでも、一瞬で再生するなんて。治癒の奇跡も受けていないのに!)

 

絶望的な不死性。女武闘家の脳裏に、彼らの本質が突きつけられる。一人が再生する間、残りの二人が彼女の隙を容赦なく突いてくる。

 

死神の完成まで、あと三段階。

命を分かち合う「猟犬」たちとの、凄惨な捕食の時間が始まった。

 

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