『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第34話:第六次戦闘試験―命脈の断絶―(後編)

闘技場は、閃光と轟音、そして舞い上がる砂塵によって視界が遮られていた。

その中心で、女武闘家は絶え間なく放たれる「剛力」「魔導」「神速」の波を、紙一重の『拒絶掌』で凌ぎ続けていた。

 

「――素晴らしい。あの『死神』が、これほどまでに防戦一方に追い込まれるとは」

 

観覧席で身を乗り出した教団幹部が、興奮を隠しきれずに声を上げる。

 

「金等級三名分の暴力が、一つの意志で襲いかかる……。やはりケルベロスの『不死の絆』こそが、教団最強の盾。いかに拒絶の衝撃が強大であろうと、連携という数の暴力の前では、個の力などいずれ摩耗し、潰える運命にある!」

 

しかし、その隣に座る司祭は、微笑みを崩さぬまま、静かに、そして冷酷に断じた。

 

「……否。絆とは、脆いものだよ。一つが欠ければ崩れ、一つに固執すれば全体が止まる。……見ていたまえ。彼女が今、ケルベロスの術式の核を暴こうとしている」

 

――闘技場

 

衝撃波を放つたびに、右腕の術式が熱を帯び、神経を焼き焦がす。

長男を吹き飛ばしても、次男が放つ魔法の影に隠れて一瞬で再生する。

三男の首を跳ねようとしても、長男がその身を盾にして防ぎ、返り血さえ浴びぬ間に肉体が再構成される。

 

(……間違いない。この三人は……個別の生き物じゃないんだ。命そのものを、根源で共有している……。一人ずつ倒しても意味がない)

 

女武闘家の瞳の曼荼羅が、超高速で回転し、対象の「本質」を剥き出しにしていく。

彼女の視界。

三人の少年の胸元から伸びる、どす黒い魔力の糸。それが一本の太い綱となって、闘技場の中心で渦巻いているのが見えた。

 

一方で彼女を激しく攻め立てるケルベロス。

彼等の脳内では、共有された感覚を通じて、音のない「声」が激しく飛び交っていた。脳内では、共有された感覚を通じて、音のない「声」が激しく飛び交っていた。

 

『――あのお姉ちゃん、化け物だよ。僕たち三人の同時攻撃を、一度も当てることすらさせてくれない』

 

次男の念話が、焦燥と共に響く。彼は滞空しながら無詠唱で広域殲滅魔法を連発していたが、その全てが少女の掌の動き一つで霧散させられていた。

 

『僕の速さは、人間が目で追える限界をとうに超えているはずなのに! 踏み込む前から、僕の動線を「拒絶」の壁で塞いでくるんだ!』

 

地上を神速で駆ける三男が、苛立ちを露わに叫ぶ。彼の短剣は、一度として少女の衣服の端を掠めることさえ叶わない。

 

『……冥王のおじさんを破った、あの瞳の力だな。……いや、それ以上だ』

 

巨岩のような拳を構えた長男が、低く唸るような念話を返した。

 

『あの子は「見て」いない。俺たちの魂が放つ「次の一手」を、指針で直接捉えているんだ。……数の利が一切通用しない。三人で一斉に襲いかかっても、あの子にとっては単に「三つの汚れ」が同時に迫っているだけに過ぎないんだ』

 

長男は自らの砕けた腕を、混沌の魔力で強引に再生させながら、弟たちを鼓舞するように意志を飛ばした。

 

『だが、大丈夫だ。怯むな。……俺たちは「ケルベロス」。一人でも生き残れば、何度だって、一瞬で蘇る。命の数は俺たちの方が上だ』

 

三人の感覚が一つに溶け合う。司祭が施した最強の「枷」――共有命脈。

 

『あの子は人間だ。衝撃波を放つたびに、あの華奢な体は削られているはず。……いずれ体力に限界がくる。あるいは、術式の不可に精神が焼き切れる。……それまで、俺たち三人が代わる代わる絶望を叩き込み続けるんだ。三人でいれば、俺たちは絶対に負けないッ!!』

 

長男の号令と共に、三人は再び、死の舞踏を開始した。

剛力が空気を震わせ、魔導が空間を焼き、神速が死角を突く。

彼らは信じていた。自分たちの絆が生んだ「不死の円環」は、いかなる英雄であっても断ち切ることはできないと。

 

しかし。

彼らを見据える女武闘家の瞳――曼荼羅が、これまでになく静かに、そして深く沈み込んだことに、三人は気づけなかった。

 

『――ククク。気づいたようだな、依代よ』

 

【不浄の指針】の声が、三兄弟を「一つの標的」として照準を合わせる。

 

『奴らは三つの器だが、その根底にある「命の糸」は一つに縒り合わされている。……お互いを想い、守り合い、死を分け合う。……なんと醜く、不浄な依存か』

 

指針の紋章が、三人の少年を繋ぐ「どす黒い因果の線」を彼女の視界に映し出した。

 

『奴らは「三人で最強」だと信じている。……ならば、その傲慢な絆ごと、この世界から排斥してやるのが死神の慈悲というもの。……さあ、衝撃を「面」ではなく「理」へ。三つの鼓動を、一つの爆辞で同時に沈めるのだ!』

 

女武闘家は、荒い息を整え、両の掌を天と地へ、水平に広げた。

逃げ場はない。

三位一体の連携という「完成された調和」が、いま、最も純粋な「拒絶」に直面する。

 

「……三人、まとめて……掃除する」

 

―――ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

全方位、360度。

彼女を中心とした空間すべてが、一瞬にして真空へと圧縮され、爆発した。

 

物理的な衝撃ではない。

それは、三人を繋いでいた「共有命脈」の術式そのものを、不浄な不純物として世界から「拒絶」する衝撃波。

 

「……あ……」

 

三兄弟の動きが、同時に止まった。

再生の暇も、悲鳴を上げる隙もない。

三つの肉体は、互いの手を繋ごうとするポーズのまま、灰色の粒子となって空気に溶け、消滅していった。

 

静寂。

闘技場に残されたのは、ただの円形の「虚無」だけだった。

石畳は同心円状に抉れ、そこには先ほどまで「不死」を誇っていた三人の少年の姿は、影一つ残っていなかった。三つの命を繋いでいた「共有命脈」の術式ごと、死神の全方位衝撃が「不浄」として世界から消し去ったのだ。

 

「…………はぁ、はぁ……」

 

女武闘家は、熱を帯びた両掌を力なく下げた。

勝利の悦びなどない。あるのは、自分自身の「人間」としての部分が、また一つ、この衝撃と共に削り取られたという、凍てつくような寒気だけ。

 

「――実に見事だ。ケルベロスをも乗り越えるとはね」

 

静寂を破り、観覧席から司祭がゆっくりと降りてきた。彼は杖を鳴らし、満足げに愛弟子の――いや、最高級の「兵器」の惨状を検分する。

 

「やはり、あの日、雨の河原で君を救い出した私の目に狂いはなかった。君は、歴史上どの聖女も、どの英雄も到達できなかった『拒絶の極致』へと至ったのだ」

 

「…………」

 

彼女は答えず、ただ無機質な瞳で司祭を見つめた。その瞳に浮かぶ曼荼羅が、司祭から放たれる「所有欲」という名の汚れを捉えて微かに震える。

 

「さて。いよいよ君との、あの『約束』を果たそうではないか」

 

「……約束……、とは?」

 

彼女の掠れた声。記憶の底、司祭の調整を受け始めた初期に、一度だけ交わした言葉。司祭は邪悪な笑みを浮かべる

 

「ドラゴンを倒し、英雄になるという夢……。君がかつて病床の父上と、そして洞窟で散ったあの男と誓い合った、輝かしい冒険者としての目標だ」

 

司祭は、闘技場のさらに下層へと続く、固く閉ざされた巨大な鉄門を指し示した。

 

「その夢に、再び挑戦させてあげよう。……君が望んだのは、『守るための力』だったかな? ならば証明したまえ。二十年前に北方軍十二万を蹂躙した、あの伝説の災厄を……君のその衝撃で、ゴミのように掃除して見せるのだ」

 

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