『ゴブリンスレイヤー』外伝SS【拒絶の死神編】   作:いっかず

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第2話:嵐の前の足跡

薄暗い夕暮れの森。

「――いや、来ないで! 助けてッ!!」

 

悲鳴が湿った空気を引き裂く。村娘は泥に足を取られながらも必死に走ったが、背後から伸びた緑色の醜悪な手に髪を掴まれ、無残に地面へと引き倒された。

 

「ギギッ! ギガァッ!!」

下卑た笑い声を上げ、ゴブリンたちが娘を取り囲む。その瞳に宿る剥き出しの劣情と、獲物をなぶり殺そうとする害意。

 

その光景を、数十メートル離れた大樹の枝の上から、黒い影が微動だにせず見下ろしていた。

鉄兜の覗き窓の奥、曼荼羅の紋様が不気味に回転する。

 

(……ああ。まただ。ゴブリンが、溢れてる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山道の麓。雨に煙る小さな村に、五人の影が降り立った。

家々の戸は固く閉ざされ、村人たちは怯えた瞳で窓の隙間から外を覗いている。村長と思われる老人が、泥にまみれた手でゴブリンスレイヤーの甲冑に縋(すが)りついた。

 

「お、お早いお着きで……! お願いです、先程奴らに娘が一人攫われました! 今すぐ追えば、まだ間に合うかもしれません……!」

 

「早く助けてあげないと……!」

 

女神官が悲痛な声を上げ、山の方角を見つめる。彼女の脳裏には、攫われた女性たちが辿る地獄のような末路が、嫌応なしに浮かんでいた。

 

「……トーテムはあったのか?」

 

ゴブリンスレイヤーは感情を交えず、淡々と問いかけた。

 

「は、はい。村の入り口に、獣の骨と奇妙な羽を組み合わせた杭が打ち立てられておりました……」

 

「ならば、彼奴らの術師がいる。統制された群れという証拠ですな」

 

蜥蜴僧侶が重厚な法輪を鳴らし、低く呻く。単なる野良の小鬼ではない、知性と呪術を備えた指導者が背後にいることを示唆していた。

 

「それに見て、この足跡の深さ。泥を深く抉っているわ……。重装備のホブか、あるいはそれ以上の『大物』が混じっているに違いないわね」

 

妖精弓手が鋭い観察眼でぬかるみを指差す。その足跡は、並の小鬼よりも遥かに巨大で重い、暴力の塊がそこを通ったことを暗示していた。

 

「……ふむ。これだけの土を捏ねくり回すとは、並の数じゃあないわい。土が泣いておる。奥にどっしりと構えとる『王』の気配がするわ」

 

鉱人道士が地面に手を触れ、髭を震わせながら毒づいた。

 

「……かなり大規模な群れのはずだ」

 

ゴブリンスレイヤーは短く告げると、迷いなく山道へと踏み出した。

 

「本来ならばな。……行くぞ」

 

その呟きは雨音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

大規模な群れ、統制された組織、強力な上位種。

本来ならば銀等級の一党ですら死闘を余儀なくされるはずのその場所へ、彼らは足を踏み入れようとしていた。

 

その先に待っているのが、小鬼たちの断末魔さえも消え失せた、絶対的な「拒絶」の静寂であるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

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